尊敬する人
松下幸之助,ノーベル,

好きな言葉
感謝 人事を尽くして天命を待つ
松下幸之助の名言
「どんなに悔いても過去は変わらない。
どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。
いま、現在に最善を尽くすことである。」などなど。

嫌いな言葉
勝てば官軍

投資における最重要原則は分散投資。

しかし,現状で知識が伴わないし保守的な日本人にそれぞれの家計のお金を投資に回すのはいくら経済ビジネス書が売れても無理がある。


そもそも,日本には低リスクの投資先を金融機関が十分に提供していない。


よって,企業に対するリスクマネーは必要ではあるが,そのリスクを家計が直接負うべきではない。


結果,私みたいな一般人に投資を行う場合に金融リテラシーを説くなら次の2つ。

1.減って困るお金は絶対に投資に回さない

2.断る勇気を持ち続ける


官僚主義を打破しようと頑張っておられる渡辺喜美元行革担当大臣が2008年12月24日,民主党提出の衆議院解散要求決議案に与党としてただ1人賛成し,党議拘束に造反した。



渡辺氏が閉塞するこの現状を動かすために自民党で一人で造反した意味は大きい。


政府が金融危機を乗り越えるため「安心してください,これで乗り切れます」と言いながら補助金をばら撒いても,逆に国民の不安を煽る結果となる。特に定額給付金は社会問題を何一つとして解決しないまま国民全員に各個人の口座にお金を振り込むという,まさに愚の骨頂。歴史的な失策になる可能性が高い。撤回する勇気が麻生首相に果たしてあるのか…。


100年に一度と言われる経済危機が日本を襲っている今こそ選挙を行い,正統性のある内閣の下、持続不可能なばら撒き政策を止め,日本の技術力を高め、国を作り直すような大胆かつ適切な改革を実行すれば,むしろ国民は安心し,お金の循環も良くなるに違いない。

解散することで閉塞感も薄れる。解散は日本にとって絶対にプラスになる。


アメリカではハーバード、カルフォルニアなど有名大の大学生が就職先に選ぶ所として非営利のNPOがトップ10に2つ入っている。

今、若者の中に閉塞する世界を変えるために自分もその変化を起こす一員になろうとする動きが広がりつつある。貧困で満足に勉強できない子供たちに、満足のいく教育を受けさせるために活動しているNPO で教師として働くというものだ。年収は280万円。しかし、彼らはその道を選ぶ。また、マイクロソフト元幹部で、現在世界中の子供たちに本を提供するNPOを運営している社会企業家は、以前より収入は激減したが前よりずっと幸せであるという。

長年、成果主義、拝金主義できた世の中が世界金融危機を契機として、一度しかない人生を社会のために費やしたいという考え方、人生観が広まってきている表れである。

オバマ氏がアメリカで次期大統領に選ばれたのも、世界中のほとんどの国でオバマ氏への支持が一番高かったのも世界中に広がっている閉塞感を「CHANGE」の掛け声の下、打破しようという流れではないか。

今の自分ができることは限られているというよりもないに等しい。何もできない自分がすごく腹立たしい。しかし、来年から社会人として一歩一歩彼らと同じ方向を歩いて行く。

今やってるACTION


----------------------------------------------


日本


買春割合13%


HIV検査率0.1%


---------------------------------------------


HIV→エイズ


怖いですね…


買春率1割以上とは…


以前から知ってますが改めて恥ずべき数字です








中国とインドの成長によって世界の穀物価格は上昇し、食糧危機を招いている。


中国の食文化が戦後の日本と同様、多量の飼料を必要とする牛肉などを食べるように変わってきことも経済成長以外の点で見逃せない。


インドの場合、牛を神聖な動物として崇拝するヒンドゥー教を信仰している人が多いため牛肉を食べないし、イスラム教徒も豚肉を食べない。こうしたことから、飼育に牛や豚と比べ少ない飼料で済む鶏肉、羊、ヤギ肉を使うことが多いため、食文化が急激に変わることはないと考えられる。


さて、世間では世界の食糧 危機を受けて、食料自給率を上げようとする運気が高まっている。


確かに自給率を上げることは国防上必要である。しかし、日本の食料自給率で一番問題となるのは豊かになった食文化だろう。


戦後、日本の食文化は外国から様々な食料を輸入することで豊かになった。食料自給率はカロリーベースで40%であるものの、生産額ベースの自給率なるものを作って見てみると、約70%である。食料自給率を上げたければ米を食べればよいだけである。ただ今さら食文化を見直せと言われても急には無理だろう。


「戦争になったら、外国から食糧を買えなくなる、もしくは売ってくれなくなる」という主張も、日本の食料の大半はアメリカ、カナダ、オーストラリアから輸入しているので、それらの国と日本が近い将来交戦状態になるとは考えにくい。


もし、自給率を目安にするなら原油や電気なあらゆる経済活動に影響を与えるエネルギー自給率が一番重要となる。日本のエネルギー自給率はわずか4%である。戦争が起きて問題となるのは食料ではなくエネルギーだということを強く意識して国策を立てて欲しい。


次にそのエネルギーについて環境と並行して見ていこう。


現在の日本のエネルギー、世界のエネルギーは化石燃料に依存している。


そして化石燃料の使用に伴い二酸化炭素は増加し、環境問題として取り上げられてりう温暖化の要因の一つになっている。


環境問題には解決可能なものと不可能なものがある。


大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、オゾン層の破壊、などの公害問題は人為的要因によって起きた環境問題であって何か対策を立てることで解決が可能だった。


解決できないものとしては台風、地震、噴火がある。しかし、これらは人為的要因によって引き起こされるわけではないし、人はコントロールができないので環境問題とは言わずに自然災害という。


温暖化はどうであろうか。人為的要因ではあるが削減可能であろうか。結論は不可能である。なぜなら、例え日本が、先進国が化石燃料をできる限り消費しないようにしても、最も利用が容易な石油は他の国がなくなるまで消費し続けるからである。


そもそも、環境問題を解決する目的、さらに言えば世界全体の社会の目的はは「人類の福祉に貢献すること」が究極の目的であるはずである。


それなのに、京都議定書に縛られ、年間1兆円以上の血税が二酸化炭素排出削減のために使われている。


日本はその1兆円があればエネルギー自給率を上げるため、化石燃料に依存しない新エネルギーの開発を進めることができるはずである。


また、医療や福祉、教育、雇用に力を注ぐことも可能である。



世界の人口は67億人を超え、石油はあと10年でピークアウトすると言われている中で、日本および世界が採り得る戦略は、代替エネルギーの開発に成功し最低でも現在の60%は賄えるようになるか、人口を削減するかのどちらかしかない。


中国で1979年に始まった一人っ子政策はかなりの効果を生み出した。もし、この政策を行っていなかったら現在の中国の人口は20億人近くになっていただろう。しかし、現在の中国でもまだ人口は多い。現時点で日本の人口と同程度の1億2千万人が失業していると言われている。これからされに工業化が進み、人口が増加すると考えられる中国は失業者が膨らみさらなる社会問題を引き起こすことは目に見えている。


人口が多いために生存環境がきびしく食料が不足しがちな土地などでは、堕胎や嬰児殺しといった文化も生まれた。しかし、それは今の世界ではどこでも容認することはできない。


だとすれば世界的に人口を抑制するには、中国の一人っ子政策の様に子供を多く生むことを規制することも世界的に必要だとも言える。ただ、人権の問題もあるのでそれをできるとは考えられない。


人口を抑制にするためにはどの地域、文化でも、一人一人の尊厳を高め、女性の地位向上及び社会進出を進めていくしか方法はないだろう。


とにかくこのまま、人口抑制政策を行わなければ人類に先はない。




















日本は未だに官僚主導、中央集権体制、統制型システムなど1940年頃に戦争遂行のために確立された政権体制が続いている。


特に問題なのが官僚主義をどう打破するかである。


保身主義

官僚主義の一般的な弊害は、法や規制が専横などを防ぐため個人的な裁量を排除し、その一方で規則や前例、建前を根拠にすることで責任の所在をあいまいにしてしまうことである。結果として責任を追及されることを避けるため、国を良くするために働くのではなく、官僚が自らの保身のために動いてしまう。


--------------------------------------------------------------------------------

問題先送り主義
官僚は保身に走る人が多いため、問題が存在していても認めようとせず、問題の認識それ自体を拒絶し、もしくは過小評価し、先送りしようとすることが多くなる。先送りすれば、仮に問題が放置され、それによって被害が拡大しても、それは民間の被害の拡大であって、自分達官僚の被害ではない為、このような対応を取る。民間企業ならば、問題の放置は売り上げの低下を生み、企業の倒産や給料のカット、解雇という形で個人の責任追及が起こるが、官僚の世界では倒産や解雇に当たるものがあまり存在しない。


手続き主義
官僚にとっては、官僚による法の執行による社会の結果という現象は、あくまでも民間の世界の変化であって、官僚の世界の変化では必ずしもない。その為、結果よりも、手続きが決められた手順通りに行われているかどうかが重要視される。手続きが整っていれば、手続きの正確さを確認する官僚にとっては、責任を問われる事態には発展しない。手続きを行った結果、間違った結果が出て、民間に何かの被害が生まれても、官僚にとっては、手続き通りにおこなった結果の責任は、その履行者の責任であって、手続きの確認をした自分の責任は無く、従って被害の責任は、その手続きの履行者か、その被害を我慢しない民間人のわがままである、と考える。
間違った法律や、間違った手続きを作り出した自らの責任については、彼らは理解しようとしない。

本来手続きとは、よりよい結果を出すための手段に過ぎず、結果が悪ければ、手続きを改めるのが当然なのだが、官僚の世界では、手続きの手順自体の変更が大変な労力を伴う為、心理的にこれを行いたがらない。

つまり、結果を出すための手段の方が、官僚主義においては重視され、結果は全く考慮されないという、本末転倒が起こる。

そしてそのような官僚が、権限を握っているため、民間としては、権限を持つ官僚が何も行わないため、よりよい結果が出ず、結果として損害を受けるという問題に膨らむ。

 参照 http://blogs.yahoo.co.jp/ymuwbvfrfruopsk/21234637.html

---------------------------------------------------------------------------------------------


上記の弊害などから官製談合や天下りなどの様々な問題が出てくる。


衆議院議員(自民党)で安倍政権、福田政権で行革大臣を務めた渡辺喜美によれば、公務員制度改革を妨げようとする官僚の手口は「リーク、悪口、サボタージュ」だという。


官僚たちは、情報を記者に漏らし、記事にして既成事実を作ったり、改革派の人の悪口やスキャンダルを探したり、わざと連絡を遅らせたりするのは当たり前らしい。


中には官房長官と補佐官の中を引き裂いたりしたものもある。


安倍政権が公務員改革に本気だとわかると社保庁の様々な不祥事をリークし、「自爆テロ攻撃」とも言われた。


官僚主義は絶対に打破しなければこの国は良くならない。


衆参ねじれ状態の中、与野党を超えて修正協議が整い、国家公務員制度改革基本法が成立したことは官僚主義打破のために画期的な一歩だ。


国家公務員制度改革基本法は

①官僚主導から政治主導への転換

②各省縄張り意識の打破

③キャリア制度の廃止

を三本柱とし、幹部人事の内閣一元管理などを掲げている。


私はもちろん公務員制度改革が進み官僚主義を打破しなければならないと思っている。


ただ、すべての官僚が保守的では決してない。


官僚の中には能力はもちろんのこと、人格的にも優れた人はたくさんいるはずである。


今の行政改革は中からではできないと思い、公務員を辞めてNPOなどを立ち上げる元官僚もいる。



私は官僚に一番欠けているものは「誇り」ではないかと思う。


これは今の日本人全体に欠けているものでもあると思う。


国をより良くするために第一線で働いているという誇りがあれば、天下りや民間との癒着、公務員制度改革の妨害といったことは起こらないはずである。おそらく防衛省元事務次官の守屋被告など利己的に様々な問題を不祥事を引き起こした多くの公務員にあったのは「誇り」ではjなく「驕り(おごり)」であろう。


今の公務員試験では学力的には優れた人が集まったとしても、国を良くするために働きたいという人が集まりにくい。国を良くするのだという「志」がない。官僚に限ったことではないが…。しかし、官僚は本来、誰よりも国を想って働かなければいけない役職の中の一つのはずだ。自分が国を動かしているという「誇り」と「自覚」があれば、下の人からどう見られるかを意識して、ゴルフの接待を200回も受けることはないはずだ。


そういった点では、論文?が村上k談話と一致していないことが問題とされ更迭されしまった田母神俊雄元航空幕僚長は、癒着や天下りなど多くの公務員批判と性質を別にするものである。むしろ国防ためを思って働いていた田母神氏は他の利己主義に走る官僚が見習う点がいっぱいあるのではないだろうか。


公務員でも様々である。地域のため1月以上、夜勤を含めて休みなしで働いている人もいる。

少なくとも国のトップ官僚達は、下で一生懸命働いている公務員をが納得できる人格を備え、十分な働きをしなければ全体としてより良くしていくことはできないだろう。


政治家ではないが、例えば故松下幸之助が国のトップに立てば政策立案能力、実務能力は別としても、その下についた人達は松下幸之助を慕い、自分の仕事に励むだろう。他には第一回WBCで王貞治氏が監督を務めたことは、王監督に恥をかかせてはいけないという思いが選手達にはあっただろう。


人格的に優れた人をトップに置けば全て結果は上手くいくというわけではない。しかし、トップが良くなければ絶対にその下に着く人達の働きは良くならない。


そういった点で、官僚主義打破のために、まず国のトップである首相が官僚の手本となるような人でなければならないと思うのだが、現首相の麻生総理は………。
































皆さんがご存知の通り只今金融危機にあります。


アメリカの低所得者向けの住宅ローン、サブプライム・ローンに端を発した金融危機は世界的な大不況を招きつつある。


これはたんなる金融機関の破たんや金融制度の混乱では終わらない。

借り手を創造することで赤字の垂れ流しを打ち消すペーパーマネー構造の終わりを意味するし、机上の利益率を重視した株主のためのROE経営(純利益/株主資本)の終わりを告げるものである。


本来、会社とは社会の発展や文化の向上に寄与するものを提供し、その対価としてお金をもらい、そのお金で社員が満足できる人生を送れるものであるはずである。


会社は株主のものではない。確かに企業を発展させていく上で、誰からも投資を受けられる株は非常に、いや20世紀最大の発明のうちのひとつに数えれるかもしれない。その点では異論はない。しかし行き過ぎた資本主義は利益のみを追求し、社会に貢献するという理念をなくしてしまった。


人類の生活は技術の発展によって形を変えより良いものとなってきた。技術の発展は生活を変え、政治制度を変え、社会を変える。今、世界が抱える様々な問題も技術発展のみ根本的な解決の道があると言えよう。技術革新が進むには、金融・政治・社会の仕組みが時間のかかる技術革新を育てることができるものとなることが重要であろう。


それなのに、欲望に駆られ、短期利益を追求し、結果的に世界不況を巻き起こしている金融業のトップが信じられない額を貰っていた。それらの人が稼いだおけねの分だけ社会に寄与していれば文句はない。

しかし、その人たちは稼いだお金の分だけ社会に貢献したのだろうか。人の幸福に貢献したのだろうか。


絶対にそんなことはない。


お金をもらうということは、そのもらうお金の分だけ人に貢献する必要があると私は思う。


そもそも無修正の資本主義は昔の重商主義と同様、格差を拡大させる仕組みである。今回の金融危機でそれが明確になったと思う。規制を和らげた方が経済の発展は上手くいくという立場の人もいて、利益のみを追求すれば確かにその部分はあるかもしれないと思うこともある。しかし、過度の経済発展は弱者を生み、一部のもののみがいい思いをすることになってしまう。


また、拝金主義者は経済が文化・伝統といったものより優れたものである前提があるように思う。お金が文化・伝統に劣るのか?そんなことはない。


これから数年間は世界的に不安定な経済が続くと思う。


しかし、派遣切り捨てが問題となる日本は今こそあらゆる社会問題を解決するよう、社会問題を解決ができるところに雇用を創出し、世界金融危機と並行して問題の解決を図っていって欲しい。






福祉・医療、年金、財政、食料、エネルギー、環境など日本には様々な問題が蓄積している。


私がそれらの問題を見ていて一番思うことは、必要のない所に人・お金が多く供給され(無駄とは言いませんが)、必要のある所に人・お金が供給されていないこと。


これからの日本をより多くの人が幸せを感じることができ、世界での日本の地位を上げ、役割を果たしていくためには、必要な所に人がいくように政府が職業構成数を調整する必要があると思う。

ナント、ナント、ブログを開設してしまった( ̄▽+ ̄*)


まぁ、日記みたいなもんかな?


ヒマがあれば書いていきますクローバー