•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ5
①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場、③四国八十八箇所 2巡目、④坂東三十三箇所 観音霊場 に続くへんろ旅シリーズ5は、⑤四国八十八箇所 3巡目(逆打ち)
です。
⑤ 四国八十八箇所 3巡目、逆打ち・区切り打ち
・1995年に始めた四国八十八箇所 1巡目の最終回、結願の大窪寺・完結の霊山寺・満願の高野山に続けて歩いた熊野古道の那智大社・青岸渡寺から続けて始めた西国三十三箇所観音霊場巡礼は2005年に結願しました。同じ年に始めた四国2巡目は別格札所二十カ寺を含め計108カ寺を完全徒歩で回り2013年初めに完了ました。四国2巡目と並行して2006年から2007年には自身が住む関東地方の坂東三十三箇所を日帰りを繰り返して回りました。
西国、坂東、四国2巡目の後、やり遂げた感はありましたが、四国八十八箇所を逆打ちにておへんろしてようやく人生のへんろ旅は完結すると考えました。
- 3回目 2016年(平成28年) 12月24日~2017年(平成29年) 1月2日 六十六番 雲辺寺から五十四番 延命寺
・12月23日、60歳の定年を迎え再雇用になってから最初のへんろ旅です。週1回のジョギングのおかげで体力の衰えは感じていませんので今まで通りのペースで歩きます。バスタ新宿から夜行高速バス ドリーム高松号にて出発です。
・12月24日、観音寺駅に8時半に着き、1年前に打ち止めた萩原寺へはタクシーで向かいます。前回打ち止めた地点で同じ風景を見ていても、あの時の安堵感から、またきつい歩き旅が始まるという緊張感に180度変わってしまうのは毎度のことです。特に3巡目は逆打ち、順打ち向けの道標やへんろマークを見失って行きつ戻りつするのはままありましたが、これまでは大きな時間ロスにはなりませんで。しかし、今回、雲辺寺登りの取付きで道を探し回ったことで1時間以上のロスとなってしまいました。
まず萩原寺から林道までの山道を数回間違い、林道からの登山道入口を見つけるため行きつ戻りつし、結局一度入り込んで戻った廃道の1メートル隣に正解の山道があった、ということで、最初の最初で大きな時間と体力と気力のロスを被ったということになってしまいました。
正しい道を発見したらロスを取り戻すためできるだけペースアップして登ります。そこからは順調に登り切りましたが、六十六番 雲辺寺 到着は12時過ぎとなってしまいました。1年ぶりの般若心経ですが、山の上はどんより曇って冷えた汗が寒いです。箸蔵寺まではまだ遠い、池田への道を駆けるように下り、吉野川沿いの道を急ぎ、山道と長い境内の石段を登って息も絶え絶えに、別格十五番 箸蔵寺 納経所に辿り着いたのは17時3分前でした。暗い中息を整えつつお経を読み終えて下りますが、宿まではまだ長い、もうロープウェイは終了していたのでスマホライトで足元を照らしながら恐る恐る山道を下ります。池田の市街地まで歩く体力も気力も残っていなかったので、箸蔵駅から阿波池田駅まで二駅列車に乗り、駅近くのふくや旅館に泊まりました。
・12月25日、昨日は大苦戦でしたが、2日目は快晴、体力も問題なく順調に国道192号線を進み、境目トンネルを抜けて愛媛県に入り、穏やかな集落に穏やかに佇む 別格十四番常福寺椿堂に着きます。前回もそうだったのですが、この札所の柔らかさにほっとする気分でした。春のような景色を歩き、堀切トンネルを越えても前回のような冬の寒々感もなく、建物は豪壮だが今回感じる雰囲気は穏やかな、別格十三番仙龍寺、大好きな札所で、靴を脱いで上がる本堂、大師堂での般若心経も心地よいです。前回の雪道でなく春の陽気の堀切峠を越えてゆるやかに下って、六十五番 三角寺 に到着、夕闇が濃くなって街の灯が見下ろせる時間になってしまいましたが、ゆっくり納経できてありがたい気分です。宿に向かって伊予三島の街に下りていきますが、ホテルの案内地図を南北逆さまにみてしまい見当違いの場所を探し回ったりして、ホテルリブマックス伊予三島に着いたのは19時でした。
・12月26日、雨の中ポンチョをかぶって歩き始めます。国道11号に並行したへんろ道をひたすら西に向かって歩き、別格十二番延命寺、雨はやみましたが地味な札所です。更に西に進み、国道に合流して新居浜市に入り、また離れて旧道のようなへんろ道を延々歩いて、本降りの雨の中の辛い国道歩きを続けて西条市にようやく入りました。国道を外れて西条市街を目指し、駅近くのエクストールイン西条駅前にようやく着いてゆっくり休みました。
・12月27日、出発時には降っていた雨もようやく止んで青空が見えてきました。ほどなく、六十四番 前神寺、壮麗な本堂の札所です。40分で、六十三番 吉祥寺、1巡目の何回目かに打ち止めた伊予氷見駅に近く、街中の庶民的な札所です。国道を20分歩き伊予小松駅近くの、六十二番 宝寿寺、本堂と大師堂が寄り添うこじんまりとした札所でした。そしてすぐ近くの今晩の宿、ビジネス旅館小松にザックを置かせてもらい、軽装になって横峰寺登りに向かいます。高速道路をくぐり自動車道から山道を登り、尾根筋に上がって香園寺からの道と合流して更に登り、車道に合流してしばらく行くと、山上の寒々した空気に覆われた、六十番 横峰寺に着きました。北風が冷たくてゆっくりする余裕もなく下り始めます。2時間で、六十一番 香園寺、鉄筋コンクリートの本堂に圧倒されます。17時過ぎに宿に入りますが、ここでもアクシデント、夕食後に左足の指を置物にぶつけてしまい、歩けるか不安になるほど痛くて湿布して寝ました。
・12月28日、左足を引きずりながらの歩き出し、でもまあまあのペースで歩けましたのでとりあえずほっとしました。国道11号から大頭の交差点を右折して石鎚橋を渡って丹原の町をしばらく行くと、別格十一番正善寺生木地蔵です。小高い丘の麓、こじんまりとした札所です。ここからは徐々に登りになって最後は階段を登り切って山の立派なお寺、別格十番 西山興隆寺、歩きのバランスが悪く登りがつらいのでやっと辿り着きました。坂を下って進みますが、歩みが遅いため予約した仙遊寺宿坊まで行く自信がないため残念ですがキャンセルして、手前の宿に予約しなおしました。次の日も予定した伊予北条までは進めないので、今治市内の宿を予約して一安心、きつくても辛抱して歩みを進めれば必ず着く、五十九番 国分寺 です。曇って夕方の寒々とした空気の中、清潔な佇まいのお寺でお参りして、宿までもう少しと踏ん張って国道196号沿いのホテルバリイン、17時25分に着きました。
・12月29日、足指の痛みはだいぶ良くなりましたが、気力が衰えたのか、予定では30日に松山市内まで進む計画を一日短縮して本日までの歩きと決めたので、ゆったり気分でスタートできました。穏やかで風もない朝、けっこう登って、五十八番 仙遊寺、眺めの良い貫禄のあるお寺です。瀬戸内海や今治や西条の街がよく見えて気持ちよい雰囲気に囲まれて、前日ここまで登って宿坊に泊まりたかった、との思いは消せませんでした。今治市内に向けて山を下り、五十七番 栄福寺、雨がぽつぽつ降ってきましたが、このお寺、前回からきれいになったな、と感じました。45分くらいで、ちょうど12時、五十六番 泰山寺、道路わきの清潔なお寺です。建物が立ち並ぶ市内を進み、今治駅前の今晩の宿に荷物を預けてほどなく、大山祇(おおやまずみ)神社の広い境内に佇む、五十五番 南光坊、に着きます。こちらも立派なお寺です。そしてここからまた逆打ちの苦労を味わいました。まず途中にある霊園の入り口を間違えて引き返し、その先の田舎道も道標を振り返ったり人に聞いたりして、時間ロスこそ大きくなかったものの、ようやく、五十四番 延命寺 に辿り着きました。今回の区切り打ちのへんろ旅最後の札所なので、一層力を入れて般若心経を唱えました。この先は打ち止め地点をJR予讃線の駅にして次回の再開に好都合にしたいので、夕焼けと通り雨の目まぐるしい天気の中、少しでも先まで進みたいとけっこう早足で、列車時刻を睨みながら線路沿いの国道196号線を進んで、17時15分、伊予亀岡駅で打ち止めとしました。夕暮れの寂しい無人駅が今回の終点ですが、いつもながらの安堵感と満足感をもって、短い時間ですが列車を楽しんで今治駅に戻り、ホテルクラウンヒルズ今治にチェックインしました。駅のチラシで目を付けたお店で今治名物B級グルメ焼豚玉子飯を堪能しました。
・12月30日、おへんろを終え、この後の3日間、旅を楽しみます。18きっぷを使って今治駅から予讃線に乗って苦労した歩きへんろ道を巻き戻すように、観音寺駅から坂出駅、瀬戸大橋をマリンライナーで渡って岡山駅です。そして山陽本線を福山、糸崎と乗り継いで広島に15時半に着いて少し歩いて、ホテルヴィアイン広島銀山町にチェックイン、すぐに出て夕景の原爆ドーム、平和記念公園を回り祈りをささげました。広島を訪れるのは、40年近く前、会社に入って間もないころ出張で来て以来なのでほとんど初めてです。当然ながら厳粛な思いになります。
・12月31日、市電一日乗車券を駆使して広島を回り倒します。先ずは広電宮島口まで乗車してフェリーで宮島にわたり、厳島神社を参拝します。そして大元公園から弥山に登り瀬戸内海と本土の家並の眺めを堪能し市内に戻りました。2日連続で名物お好み焼を味わいました。
・1月1日、旅先での年明けは毎度のこと、2017年の新年は広島、ということになり、広島護国神社で初詣、広島城から平和記念公園へ歩き資料館を見学しました。沖縄、長崎に続いて広島をしっかり見つめることができて良かった、という思いでした。そのあとはテーマは忘れたけどブラタモリの足跡をたどり、ホテルで荷物を受け取って広島駅、18キップで糸崎、姫路、米原、大垣からはムーンライトながらで東京を目指します。
1月2日、早朝5時5分に東京に着いて、そのまま群馬の実家に向かい正月を過ごしました。 - 4回目 2017年(平成29年) 12月23日~12月30日 五十三番 円明寺から別格七番 金山出石寺
・12月23日、池袋から横浜を通り小田原からムーンライトながら西に向かいます。
・12月24日、大垣から米原、相生、岡山、坂出、多度津、観音寺と乗り継いで前回打ち止めた伊予亀岡駅には15時11分ようやくの到着です。さあ歩くぞ、という意欲を削ぐには充分な雨と薄暗さ、でも頑張って、菊間、浅海、鎌大師と歩いて伊予北条の街に入り、初日の宿、太田屋旅館でゆっくり休みました。
・12月25日、伊予北条の賑やかな道から瀬戸内海沿いの北風吹くへんろ道を進み、堀江の街に入っていきます。伊予和気駅近くの家々が立ち並ぶなかにこじんまりとした、五十三番 円明寺 にお参りします。その後は30分ちょっとで木々に囲まれた立派な造りの、五十二番 太山寺 を打ちます。お寺の入り口からお堂まで結構登り汗をかきました。お参りした後、少し戻って池の脇を登って小さな峠を越えて行くと松山市街に入っていきます。JR三津浜駅近くを通って広い道を東向きにひたすら歩き、道後温泉を過ぎて、五十一番 石手寺、ここは久しぶりの観光のお寺で賑やかでした。門前の店を過ぎて石手川を渡ると近郊の住宅街を進んで、静かな、五十番 繫多寺、30分ですぐに、四十九番 浄土寺、山門を出てクルマ通りが激しい道と伊予鉄の線路を渡ると、住宅街から大病院が立つ郊外の道を歩いて、四十八番 西林寺、落ち着いた清潔な札所だが、今日も到着は納経終了直前の16時55分、暗くて寒い。松山市内の6ヵ寺を回り終えて疲労感たっぷり、早く宿で休みたいと思い近くのリハビリ病院へ急ぐ道筋がさらに暗くて寒い。バスで伊予鉄久米駅、伊予鉄で松山市駅まで戻りました。宿がうまく確保できず、カプセルホテルニコーグランドに泊まりました。清潔で快適ですがシャワー、ゆっくり入れる風呂がなくがっかりでした。
・12月26日、6時に宿を出てすぐ前の松山市駅から久米駅、バスで西林寺近くの高井局バス停で降りたのは7時10分、どんより曇り空、おへんろ再開です。西林寺は前日に納経したので重信川を南に渡って進むと、1時間弱で、別格九番 文殊院 を打ちます。10分で、四十七番 八坂寺、風の音だけ、静かなお寺です。さらに30分で、味のある個性的な札所、四十六番 浄瑠璃寺、こちらも鳥の声と時折強く吹く北の風、お接待にミカンとアメをいただきました。ありがとうございます。いよいよ松山市域の札所群を打ち終わって久万高原に向けての三坂峠越えに向かいます。これまで2巡は下りでしたが、今回は逆打ちだから登り、舗装道路を緩やかに登ってから山道を急登して2時間ちょっとで三坂峠を越えました。冷たい風に吹かれて車道を下り、国道33号に合流して順調に進んで、と言いたいのですが、疲労に襲われて、眠いような意識朦朧とした歩みに陥りました。岩屋寺には今日中に行きたかったのですが諦めて、四十四番 大宝寺 に辿り着きます。前回は大雪、今回も寒々、久万の街に戻り、15時といつもと違う早い時間に今日の宿、ガーデンタイムに入りました。畳の部屋で快適、ゆっくり風呂に浸かり美味しいごはんで満腹。疲れたら早めに宿に入って癒される、無理に頑張るより良いことです。
・12月27日、岩屋寺往復が今日になったので急ピッチで歩いて、古岩屋経由の車道を2時間で、四十五番 岩屋寺、日が出て暖かくて穏やかです。帰りは八丁坂を登って山道を快適に進んで12時半、久万に戻りスーパー内で昼食、宿で荷物を受け取って13時、二つの峠越えに挑みます。緩やかに登って鴇田(ひわた)峠、緩やかに下って登って下坂場峠、山道を下って車道に降り立ちます。2つの峠は難なく越えましたが、これからが長かった、落合でへんろ道を外れて砥部町総津のえびす旅館に16時半に着きました。古めの日本旅館、落ち着いた部屋と品数豊富な仕出し屋のような夕食、大満足でした。
・12月28日、ご主人夫妻の自宅は別のようで、朝は誰もいない、前夜にいただいていたお弁当で朝食を済ませて、誰もいない宿を出発しました。10分くらいの落合でへんろ道に出て国道を進み、突合で真弓トンネルからの道と合流して順調に歩き内子の街に出ました。観光の街ですが観光客の姿は少なく、内子駅から運動公園を過ぎ少し山道を歩いて、五十崎駅近くで国道56号に合流して進みます。大洲市郊外の大型店立ち並ぶ賑やかな道のすぐ脇、別格八番 十夜が橋、クルマで騒がしい札所です。最後の頑張り、16時前に大洲市のビジネスホテルオオタに入りました。すぐに市内のフジスーパーで夕食、朝食を買い込んでゆっくり過ごしました。
・12月29日、元々はこの日に出石寺を往復して30日に宇和島までおへんろして打ち止め、31日は四国内の鉄道乗りをする計画でしたが、30日から1月1日まで妻との箱根旅行へ行くことにしたので、1日早く打ち止め、2日早く帰ることにしました。
7時半過ぎに空身で宿を出発しましたが、大洲城わきを通り阿蔵での住宅地からの登り口で道標が折れ曲がっていて見落として数10分のロスとなりましたが、その後は車道と山道を順調に登って11時過ぎ、別格七番 金山出石寺、山頂に立つ豪壮で大規模なお寺、冬の雲と風、前回と同じ空気感です。別格十三番仙龍寺と並んで冬が似合う冷厳な、簡単に人を寄せ付けない、でも苦労して辿り着く価値のあるお寺、本当に魅力的な札所です。帰りは途中から分かれて、前回よりも歩きやすくなった伊予平野駅経由の道を進んで15時前に宿に辿り着いてザックを受け取って大洲駅で打ち止めとしました。
15時35分発の予讃線海線回りの鈍行列車、青春18キップのポスターで有名な下灘駅で海を眺めて17時10分松山駅着、夕食と伊予鉄大手町駅の十字クロス見学で時間をつぶして、19時20分、夜行高速バスドリーム松山号で帰宅の途につきました。おへんろの苦労の後の解放された時間を味わう余裕のないまま、帰るのは残念なことでした。
・12月30日、6時15分、45分の早着でバスタ新宿到着、帰宅しました。