•1995年に始まった人生へんろ旅、シリーズ7
①四国八十八箇所 1巡目、②西国三十三箇所観音霊場、③四国八十八箇所 2巡目、④坂東三十三箇所 観音霊場、⑤四国八十八箇所 3巡目(逆打ち)、⑥秩父三十四箇所 と続いてきたへんろ旅は、⑤四国八十八箇所 3巡目(逆打ち) の6回目【2019年(令和元年) 12月21日~28日(三十七番 岩本寺から二十四番 最御崎寺)】で未完になっていたので、その続きを記します。

 
⑤ 四国八十八箇所 3巡目、逆打ち・区切り打ち

 ・2015年に3巡目の逆打ちを始めて、徳島、香川、愛媛、高知と左回りに歩き二十四番最御崎寺を打ち室戸岬を回って徳島県に向かったところでコロナ禍などの理由で中断していました。1年空けて2021年12月に7回目ができました。

  • 7回目 2021年(令和3年) 12月5日~12日 別格四番 鯖大師から別格二番 童学寺
    ・この年の9月に65歳になって、42年間勤めた会社を退職しました。”毎日が日曜日の無職” は心身ともに納まりが悪いので、パートタイムで働ける職探しをしていますがうまくいかない毎日です。そんな鬱屈の日々だからこそ、恒例の年末年始休暇を待つ必要がないこのタイミングで2年ぶりのお遍路に出ました。
    12月5日、混み混みのバスタ新宿から、21時55分のドリーム阿南徳島1号で出発。

    12月6日、淡路島の室津PAに着くまでしっかり眠れて徳島駅には5分遅れで到着しました。阿南駅でのJR牟岐線乗り継ぎ時間が少ないので、国道55号の渋滞にやきもきしましたが、結局20分遅れの発車6分前に阿南駅に到着して、無事牟岐行列車に乗れました。これに遅れると2時間以上のロスになるので冷汗をかきましたが、高校生で一杯の車内で一息ついて、これから歩くへんろ道沿いの牟岐線を辿ります。牟岐駅では50分弱の待ちでバスに乗り換え、ここからもへんろ道を逆に辿り、10時20分に甲浦白浜バス停に到着です。
    前回の打ち止めが佐喜浜なので、更に室戸行バスに乗り継ぐべきなのですが、12時24分までの2時間待ちは耐えられないので、不本意ですが順打ち方向の歩きで佐喜浜を目指します。前回もうひと頑張りして甲浦まで来ていれば、と後悔しきりですが、3回目の室戸岬目指しの国道55号歩き、今回も天候に恵まれていて、晴れて暖かく穏やかな、太陽に向かっての太平洋岸独りぼっち、空と海の青、波の白、木々の緑だけが目に入る中、4時間ノンストップで14時15分、佐喜浜支所前バス停到着しました。2年前の見慣れた街並み、同じスーパーでおにぎりを買って一休み、14時54分、甲浦に戻るバスに乗り、あっという間の15時20分、甲浦河内バス停で降りると、目の前をDMVの試運転車両が通り過ぎていきました。前回、甲浦駅で線路から道路に下りるスロープを作っていたのを思い出します。ここから本来の逆打ち歩きが始まって、1時間もかからずに16時5分、宍喰の民宿ぬしまに入ります。古いけれども親切で快適な宿でした。

    12月7日、7時20分出発、宍喰海岸で雲の上に昇る朝日を見て、今日も暖かい歩きを進めます。海部から浅川は国道を外れてこれまでと違う道を歩き、国道に合流してしばらく進むと、別格四番 鯖大師、今回最初の札所、こじんまりとした親しみやすいお寺です。コロナ禍もあってお遍路さんは少ないと思っていたら、入れ違いに団体さんが到着して少しびっくりでした。トンネル点在の国道歩きを1時間で前日に列車を下りた牟岐駅前を過ぎて、長い長い日和佐への緩やか登りが始まります。ひたすら歩いて峠を越えて美波町(日和佐町)に入っても国道歩きはまだまだ続きます。日和佐トンネルを過ぎるともう少し、という気分になって元気が出て、薬王寺の塔を目指し一気ににぎやかな街並みを過ぎて、14時45分、二十三番札所 薬王寺に着きました。階段を登ってお参りして散り残りの紅葉と日和佐の街を見下ろして納経して、今宵の宿に向かいます。すぐに街中のさくら庵という古民家を改造したというゲストハウスに着きました。古民家好きならうれしいでしょうが、長い距離を歩いたおへんろにとって、風呂が(テレビも)ない宿は辛いものがあります。薬王寺の立ち寄り湯は休み、うどん屋も休み、結局コンビニ飯とシャワーで我慢しましたが、部屋は快適でした。

    12月8日、風が強くてガタガタ鳴る音で目覚めて、コンビニ飯で朝食、7時20分、晴天の出発、光溢れる朝の大浜海岸道を快適に進みます。今回も逆打ちの洗礼で山座峠の登り口を見つけられずに時間ロスしかかりましたが、おばあさんに教えてもらって事なきを得ました。木岐や田井ノ浜の昼の海の美しさに目を見張り、由岐からは緑濃い山に向かって登っていきます。由岐坂峠を越えてしばらく行くと国道55号に合流してトンネルをいくつか越えると、左に分かれて山中の細い車道に入っていきます。薄暗い道を進むと明るい農村に飛び出したところに月夜御水大師、広い農道を進むと山を背に南面する、二十二番札所 平等寺に12時25分に着きました。ひたすら光が溢れて暖かいお寺です。大根峠は歩きやすい登り道に変わっていてあっさりと阿瀬比に着きました。ここまでくれば宿は近い、安心気分で緩やかに下る車道を進み、14時45分、太龍寺登り口の龍雅荘に着いてほっとしました。でも誰もいない、開いていたので中に入ってソファに座り寒い中、帰ってくるのを待ちましたが誰も来ません。1時間くらいして電話したがらちが明かない、困っていたところ、16時くらいに私の予約電話を受けたという人がようやく来ました。その人が言うに、この宿は閉鎖して売るので予約は断ったつもりでいた、と驚きの言い分でした。でもさすがに悪いと思ってくれて、鷲敷の宿に電話して泊まれる手配をしてくれ、車で送ってくれて16時45分、2時間を無駄にして道の宿そわか に入れました。食事は途中で買った2日連続のコンビニ飯ですが、ゆっくりと風呂に入って快適な部屋でくつろぐことができ、結果オーライということです。

    12月9日、快晴の朝、昨日の人が迎えに来てくれて、クルマで龍雅荘へ、送り迎えまでやってくれて感謝の気持ちを持つことができました。7時45分、太龍寺へクルマ道を登り始め、順調に進んで8時50分、二十一番札所 太龍寺に着きます。立体的で立派なお寺、陽の光が満ち溢れていて心が晴れ晴れ、空気は冷たいが暖かい。下りのへんろ道も歩きやすく、山道から川沿いの快適な道を進み、清らかな水と清潔な河原が鮮烈な那賀川を素朴な造りの水井橋で渡ります。川の風景が心に沁みます。しかし、鶴林寺の登りは気が休まる緩みのないひたすら急登が続く、印象として四国遍路逆打ちで最もつらいへんろ道と感じました。汗をかいて、思ったより時間を使って、11時20分、二十番札所 鶴林寺に着きました。太龍寺とは一転して狭い素朴なお寺です。今日中に慈眼寺を往復したいので気持ちは焦っているのに、こんな時に限って横瀬橋へ下りるへんろ道がわからずに生名へ下りてしまい、遠回りとなって時間と体力ロスとなってしまいました。急がなければならないと、横瀬橋から坂本への道を我慢してひたすら歩きます。14時5分、ようやく今宵の宿、ふれあいの里さかもとに着きました。でもこれから明るいうちに慈眼寺を打って戻らなければなりません。荷物を預けて10分ですぐに出発です。2度目なので道はわかりますが、さかもとで貰った地図を見ながらどこまで進んだか、あとどのくらいか、を考えながら急ぎます。じめじめとした暗い山道は、帰りに日が落ちてしまったらどうしよう、と不安を抱えて進みます。1時間以上かかって、15時25分、別格三番 慈眼寺に着きました。でもこの札所はこれでは終わらない、15分更に登って穴禅定脇の本堂に着きます。また下って大師堂をお参りして納経したら完了です。16時を回って西日の中、宿を目指して下り始めますが、途中日は落ちてしまいますが、森の中の山道はどうにか足元が見えるのですっすっと進み、宿着は17時15分、空は濃い青から黒に変わろうとしていました。この日は太龍寺、鶴林寺、慈眼寺を登って下って大変な一日でした。この宿は食事も風呂も部屋も最高、何度でも泊まりたい宿です。

    12月10日、美味しい朝食をいただいて、7時40分出発。頑張った日の次の日はのんびりと楽に歩きたいのですが、疲れが取れていないようで、途中から意識がもうろう気味となり歩くのがつらくなりましたが、での進むしかない、長い道のりを辿って11時20分、十九番札所 立江寺に着きました。街中の大伽藍の立派なお寺、薄曇りの穏やかな空気感です。町を過ぎて山を越えるへんろ道に難儀して、時間がかかって12時50分、十八番札所 恩山寺、1回目のおへんろでここから納経を始めた思い出深い札所ですが、もうふらふら、でも鮮やかなイチョウの黄葉と鳥の声だけの静けさ、いいお寺です。行ける所まで行こうと歩き始めて、国道55号に合流したあたりで少し元気になって、予定通りに地蔵越えをして鮎喰駅まで行こうと考えましたが、無理無理と徳島市内を目指し国道を進みましたが、やっぱりやめてよかった、すぐに散歩のようなペースに落ち込んで、4車線の大幹線国道を時間は遅くないので気持ちはゆったりと歩みを進め、15時45分、ホテルたいよう農園県庁前に着いて一安心。夕食はバイキングの食べ放題、で清潔なビジネスホテル、2回目の宿泊、泊まりたかった宿です。

    12月11日、おへんろは前日で打ち止めて、この日は観光の1日として歩いて鳴門に行く計画にしていましたが、もう1日おへんろを続けて、童学寺まで歩くことにしました。朝食もバイキングで美味しく大満足です。
    7時50分出発、この日泊まる徳島駅近くの宿に寄って荷物を預かってもらい身軽になって徳島市内の国道を井戸寺目指して進みます。この日は歩き距離が短いので、札所密集地域を緊張感なく楽しくおへんろする心づもりでしたが、とんでもない1日になってしまいました。朝から1日酷い下痢で、荷物を預けた宿、途中の徳島大学や鉄工所、もちろん札所毎にトイレに駆け込んで、数えたところ計8回、歩きは順調でもとんでもないへんろ歩きになってしまいました。
    天気は快晴、今回は暖かすぎるくらいの良い天候に恵まれてありがたい旅でした。10時20分、十七番札所 井戸寺、お葬式をやっていて四国札所も当然ながら地元密着の生きているお寺であることを実感しました。府中の街を歩いて、11時15分、十六番札所 観音寺、道路わきの地味な札所ですがお遍路さんがちらほら見えます。徳島近郊の広々とした一帯を歩き。12時20分、十五番札所 国分寺、この日は土曜日、コロナが落ち着いてきたからなのか、この札所もお遍路さんは多いです。親しみが少なく形だけの威厳を感じる札所です。住宅地をゆったりと歩いて、12時45分、十四番札所 常楽寺、岩が波打つ、森を背景に整った良いお寺です。鮎喰川を一宮橋で渡って、都市近郊からひなびた農村に変化した風景の中、14時50分、十三番札所 大日寺、ダンプカーが通る県道わきの落ち着かない札所です。次は今回最後の札所を目指してこの日にしては長い距離を歩きます。鮎喰川を渡って西へすっすっと歩いて合流して北へ登って新童学寺トンネルを越えて下って、下りすぎて少し戻って西に入ると、池の脇に立つ、別格二番 童学寺に16時に着きました。6日間のへんろ旅の最後の札所、この日思いがけず6ヵ寺の札所を打つことができて満足です。
    夕暮れの都市近郊の賑やか風景に戻ってきたなという実感をもって、列車時間を意識して急いで歩き16時55分、JR石井駅に着きました。これで歩きも完了、後は帰るだけ、といういつもの感慨を持てましたが、これまでと違うのは家に帰っても仕事はない、休み明けに行く会社はない、という寂しさに浸りました。無職だからおそらく結願となる次回へんろ旅も行きやすく、再開ポイントはこの駅となるんだな、と夕方の無人駅で考えたりもしたものです。
    17時6分の列車で徳島駅に戻り、王将で夕食を済ませて、18時15分、Hostel PAQ徳島にチェックイン、安いところにし過ぎてドミトリーの部屋は快適とは程遠く、最後は後悔の一夜となりました。
    12月12日、油断して昨夜夕食を食べたのが悪かったのか、夜中に3回下痢してろくに眠れませんでした。楽しみにしていた青春18キップを使っての鈍行乗り継ぎ旅なので、トイレが不安で朝から一日何も口にせずに電車に乗ることにして、5時47分、暗いうちの徳島駅始発の高松行で出発します。高松からはマリンライナーで岡山駅、赤穂線回りで播州赤穂、姫路からは新快速で米原、大垣から新快速で豊橋、掛川、静岡、熱海、大船から池袋、17時間の列車旅はさすがに疲れましたが、昨日の体調不良がなければもっとお遍路後の旅を工夫して楽しめたのに、と残念でした。