手離したお店のこと | 人生色々あったとさ

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第1部2014年書きはじめました。 結婚後の自叙伝です
第2部は義姉交通事故に遭い脳挫傷で失語症介護記録です。
その後は老いて思うことを書いています。

お店の家賃は繁華街の場所だけに高額だった。


意識回復してからも何故か彼女の許可なしで

決めて良いものか私たちはすぐには解約出来なかった。



そんな時例の昔からの知人(売り掛けの多い人)から

話がきた。


お店を欲しい人がいるとのこと。

義姉が復帰できないのは誰が見ても分かる。


今なら彼の申し込みも断り慎重にことを運んだと思う。


彼もまさか帳簿まで見ているとは思わなかったでしょう。


私も夫も経理には詳しかった。


でも、でもなんです。

夫はその人に全て任せたのです。


あの頃は私たちには大阪の知り合いもなく

長いお付き合いの人を信用するしかなかった。


居抜きという言葉を知ったのもその時でした。


家賃を払わなくても良いということはあの現状では

とても助かることでした。


お店はビルの7階ぐらいだったかな。(記憶あいまい)


手離す際には権利金の問題があります。


その場所は繁華街の中なので高額だったそうです。


先ほどの居抜きだとなんにも用意しなくても

すぐ商売が出来るということです。


買ったばかりの製氷機もありました。


言われるままの金額で私たちは義姉の大事な

お店を彼に渡したのですあせる


その金額が安いのか高かったのか知るよしもない。


彼女のことを思うとただただ悔しくて無念でした。


結婚もせず守ってきた一番大事な宝ものを

自分の知らないところで勝手に売買されている。


これも定めなのでしょうか。


でも今私たちと一緒にいて元気な明るい姿を

みているとやはりこうなったのも運命だったのかと

納得しています。!!



お店の片付けには義弟も来ました。

お酒類は片付けるよう言われていました。


飲み残しを捨てる作業には参りました。(ノ_・。)


私はアルコールには弱いのでその匂いで

酔ってしまいフラフラしながら捨てていました。

お酒がもっと嫌いになりました。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。


お店は義姉のお店の名前をそのまま使用して

開業したそうです。


きっと今もお店があるのかなと思いながら義姉と一度

訪ねてみようかなと思っています。


記憶がよみがえるかな。


でもそれがはたして彼女にとっていいことなのか

私にはまだ分からない。


知らなくて良いこともあるような気もします。