エンタメ超獣コンビ・とんねるずのプロレスイズム~ | ジャスト日本のプロレス考察日誌

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私がプロレスを好きになるきっかけのひとつとなったがお笑いコンビ・とんねるずさんの影響である。








フジテレビの人気番組「とんねるずのみなさんのおかげです」でのコントで、石橋貴明さん(貴さん)が木梨憲武さん(憲さん)に「三沢のエルボー」「川田のキック」と言いながら、エルボーやキックを放ち、それに対して憲さんが「ドリー・ファンク(ジュニア)のエルボー」と返すシーンがあった。

物心つく頃からとんねるずにハマっていた私にとって「三沢」「川田」「ドリー」という単語がとにかく気になって仕方なくなり、その三人は当時全日本プロレスのプロレスラーだと知り、そこから彼らの試合が見るために深夜に放送されていた「全日本プロレス中継」を録画することにしたのである。

またたまに学校帰りに見ていた当時毎週金曜日夕方4時(関西地区)に放映されていた新日本プロレス中継「ワールドプロレスリング」が日曜日深夜に放送時間を引っ越したので、この番組を録画することにした。

全日本と新日本のテレビ中継を録画してストックしていくのを決めた時、プロレス雑誌を買うことにした。こうして私はプロレスファンになった。1992年4月のことである。

そこから28年が経ち、今でもプロレスを愛するプロレス者となった私は地方にいながらサラリーマンとして働きつつも、いつの間にかプロレスブログを運営し、電子書籍を出し、イベントをやったり、単行本を出したり、一般化ウェブメディアで記事を執筆したり、連載を持つ立場になっていた。叶わない夢だと諦めていたライター業が少しできそうなところまでなんとかたどり着いた。

今振り替えると私はとんねるずさんに出逢わなければこんな人生を歩んでなかったのかもしれない。改めて感謝しかない。

さて、私はふとあることを考えたことがある。

「なぜ、あの時にプロレスを用いたコントをしたのだろう」


思えばとんねるずの貴さんと憲さんは帝京高校時代に野球とサッカーに打ち込んだスポーツマンだった。だから貴さんは野球、憲さんはサッカーを絡めたテレビ企画が多かった。

貴さんはプロ野球選手と野球対決したりとか、ホームランで打つための特訓を積む企画だったりとか、憲さんはプロサッカー選手とPK対決やサッカー対決したりとか。


でも彼らの芸風というものを考えてみたときに、野球やサッカーというスポーツのバックボーンを彩ったり、エッセンスとして加わっていたりしているのが案外プロレスなのかなと思ったりしている。貴さんがやや悪ぶったり、ワイルドに振る舞うヒントはプロレスラーの絵になるアティチュードにあるのではないかと。

とんねるずの頭脳である貴さん。とんねるずの冠番組においても製作サイドでも数々の企画を生み出してきたアイデアマンである貴さんは元々プロレスファンだった。 

そしてよくよく考えてみると、彼らのパフォーマンスにはどこかプロレスっぽい部分を感じてしまう。


テレビでアントニオ猪木さんの物真似をやったり、ハルク・ホーガンみたいなパフォーマンスやったり、夕焼けニャンニャンで、腕相撲コーナーで舎弟ロッキー潮田やマネージャーのボブ市川のセコンドとして暴れる貴さんはまさしく悪役マネージャーのようで、勝った時に「ベルトがほしかったらテキサスまで取りに来い!」と挑発するのが恒例だった。

スタジオや舞台に現れた時に時折やっている他の演者を蹴散らしながら入場する様はスタン・ハンセン、タイガー・ジェット・シン辺りを連想させる。

また、貴さんに負けじと憲さんからもどこかしらプロレスというものを感じてしまう。

憲さんの場合は内面的な部分のプロレスラー的振る舞いといえばいいのだろうか。

どんな仕事でもその才能でなんなくこなしてしまう器用さ、場を収拾してしまう職人気質、でもその一方でハチャメチャに暴れてしまうクレイジーさ。

貴さんが憲さんを「関東ナンバーワン芸人」と称しているが、本当に天才である。


そして彼らのパフォーマンスはどこか予定調和を崩して面白いものをぶちあげるんだという気概を感じてしまう。

思えば、「みなさんのおかげです」の一コーナーだったもじもじ君の卓球対決をさまざまな伏線やドラマを構成することで、日本武道館で行うまでの人気企画にまで持ち込んだ。とんねるずとTHE ALFEEの卓球対決は、タイトルマッチとして組まれた。これもプロレスにおける前哨戦からのタイトルマッチというストーリーラインから用いられている。

チェッカーズとのコントで、最終的に互いに組み合ってプロレスしてしまうのもまた痛快だった。とにかく演者が楽しそうに、取りつかれたかのようにプロレスしているのが堪らなく面白かった。個人的には藤井尚之さんがなぜか武藤敬司ばりのスペース・ローリング・エルボーを繰り出したシーンが印象的である。


また「めちゃイケ」で矢島美容室として爆裂お父さんでゲスト出演した時の回なんて最高だった。加藤浩次さん扮するお父さんは、番宣やCD販促で来たゲスト(主にアイドル)に何かといちゃもんをつけてジャイアントスイングで回し、その回っている時間だけCDの曲がかかるというのが定番なのだが、とんねるずさんにはその定番が通用しない。



いつも以上に緊張している加藤さん。取っ掛かりを見つけて貴さんをジャイアントスイングで投げる機会を見つけたのだが、貴さんはそれに応戦。なぜかプロレスの試合のような展開に。貴さん、アリキックやっているんですよ(笑)

そこで登場するのはなんと憲さん!!加藤さんの背後から延髄斬りを見舞い、ダウンを奪う。すかさず貴さんがチョークスリーパーで絞め上げてしまう。

ここから貴さん、なんと「みなさんのおかげてした」のディレクターであるマッコイ斉藤さんを呼んで加藤さんをジャイアントスイングで回させたのだった。

「お前らの思うようにはいかないよ!さらに面白くてしてやるよ!」という貴さんからの強烈なメッセージ。そこから実は友達同士でもある加藤さんとマッコイさんの取っ組み合いに突入、貴さんや憲さん、岡村隆史さんまで加わった大乱闘。ドロップキックが飛び交うわ、憲さんはなぜか障子を突き破って場外に出てしまうわ、加藤さんはマッコイさんをジャイアントスイングで回すわ、とにかくめちゃくちゃなのだ。でもこれこそがフジテレビがかつて掲げていた「楽しくなければテレビじゃない」を象徴している名シーンだと思う。

「笑っていいとも」のグランドフィナーレ。豪快ゲストが登場する最後の祭典。タモリさんと明石家さんまさんが二人トークしているところに、ダウンタウンさんとウッチャンナンチャンさんが「長いわ!」と乱入する。ここまでは段取り通りだったと思われる。

だがそこでダウンタウンの松本人志さんが「とんねるずが出てきたらネットが荒れる」と吹っ掛けた。とんねるずさんとダウンタウンさんの共演はこれまでほとんどなかった。つまり禁断の関係。ちなみにとんねるずさんは爆笑問題ですさんと共に後半から出てくる予定だった。

だが松本さんの一言がきっかけで、「よし、行ってやる!」と楽屋から立ち上がり、とんねるずさんはステージに上がり、想定外である夢のマッチアップがここに実現してしまった。そこで貴さんは松本さんへのアンサーとして「ネットでキーマンは石橋貴明だって書いてあったんだよ!」と返したのが最高だった。




私はこの歴史的名場面を見て、2001年3月のゼロワン旗揚げ戦を思い出していた。プロレス界のスーパースターたちが大挙、メインイベント終了後に集結したハチャメチャな番外編。

松本さんの「とんねるずが出るとネットが荒れる」は小川直也の「三沢、受けてもらおうじゃないか!」とマイクで挑発したのにダブっていて、それに対する貴さんの行動が小川の挑発にエルボーで応じた三沢光晴にダブってみえた。

そういえばあの時、三沢は珍しくマイクでこう叫んでいる。

「お前らの思う通りにはしねぇよ!絶対!」



これって、近年のテレビ業界、エンタメ業界、お笑い業界における一部大手事務所が牛耳っている現状に対する貴さんの心境だったりするのかなと、妙にシンクロさせていた。


お笑いだけではなく、ミュージシャン、テレビタレント、俳優とありとあらゆる分野で成功を収めたとんねるずさんは最高のエンターテイナーだと私は思っている。

そんなとんねるずさんの暴走って、1980年代に最強コンビの名をほしいままにしたスタン・ハンセンとブルーザー・ブロディの超獣コンビ(ミラクルパワーコンビ)を彷彿とさせるものだった。超獣コンビはやりたい放題に暴れて、圧倒的な力を見せつけてプロレス界に無敵だった。その強さは即座に伝説となった。







とんねるずさんはお笑い、いや日本のエンタメ界の伝説。そんなエンタメ超獣コンビの根底には「どんな状態でも最終的に最高の娯楽を提供する」というプロレスイズムがあるのだ。





かつて苗場で開催したとんねるずさんのコント講演。そこにはジャイアント馬場とアントニオ猪木に扮したとんねるずさんがいた。







ここからもとんねるずさんに流れるプロレスイズムを感じてしまった。

とんねるずさんとプロレス…今後はどのようにリンクしていくのだろうか。