2018年11月、彩図社さんと合意して単行本製作に向けて動くことになった私は第二章で詳しく言及したあの件もあり、SNS活動を控えて静養していた。
私には取材経験がない。
どうするべきか。
静養中に色々な本を読むことにした。取材をしたことがない私は池田園子さんに相談。すると池田さんから勧められて購入したのがこの本である。
今後、物書きとして生きていきたい私からすると結構勉強になった本である。本当に池田さんにはお世話になりっぱなしである。
また編集者のGさんからもアドバイスをいただいた。どうやらGさんは自分からこうしてほしいというスタンスではなく、私が動く方向に付き添い、最終的には相互合意しながら、自分の意向に進めていくという人身掌握術がある方だと感じた。とにかくこの人との会話は柔らかく、刺々しくがない。ふんわりしているのだ。
でもそのふんわり感が取材初心者であり、初の単行本に挑む私には適任だった。
本当に感謝である。
取材は基本的に大阪でやることにして、時と場合によっては東京にまで出向いてするという方針となった。
さてこの単行本、まずは誰から取材するのか。いきなりベテランレスラーではハードルが上がってしまう。でも曲者レスラーでもなかなか閉口してしまう。
そこで2018年7月新宿開催の大プロレス飲み会でゲストに来てくださった阿部史典選手(プロレスリングBASARA)がいいのではなのかと感じていた。
なぜ彼を選出したのか。それは1990年代生まれで今のインディーの最前線で活躍しているレスラーが彼ではないのかと考えたからである。しかも私にとって思い入れが深い澤宗紀さんを彷彿とさせる選手というのも大きかった。
彼は若手かもしれないが、プロレスIQに優れている。さらに人懐っこく接しやすい人柄もある。初めて取材する私からすると彼が最初の取材対象ならば入りやすいと思ったのだ。
Gさんから許可をもらい、阿部選手に交渉すると快く了承していただき、2019年1月のZERO1大阪大会の試合後に取材させていただくことになった。
ここからが初体験のレスラーへの取材に向けて私は準備をしていった。取材場所が大阪のため、Gさんが立ち会うことができない。そこでGさんに事前に阿部選手への質問リストを作成してチェックしてもらうことにした。
質問内容もよかったということでこの質問内容で行くことにした。またこの取材のためにボイスレコーダーも購入。質問のリハーサルも自宅で行ったり、阿部選手のデータも集めて資料としてまとめた。準備は整いあとは取材当日を迎えるのを待つだけである。
そして人生初取材となった2019年1月27日。私は所用があり、当日試合観戦することができず、夜9時頃にZERO1が開催された大阪府立体育会館近くまで行くことにした。
そして夜9時40分頃に阿部選手と合流し、近くのスペインバルで取材させていただくことになった。Gさんからは取材するなら喫茶店とか静かなところがいいですよとのことだったので、この選択が後々大変なことになることをこの時の私は知るよしもない。
取材はスムーズに展開されていく。阿部選手の口も滑らかになっていく。ボイスレコーダーで録音はされているが、所々はノートにメモを取りながら、色々な話を聞くことができた。
70分間の取材を終えて、阿部選手が「もう少しふざけて言うべきだった。真面目に語りすぎた」と言っていた。真面目とおふざけをシフトチェンジすることができるのが阿部選手の特性なのだ。
さて自宅に戻った私はボイスレコーダーにある録音データを聞いてみることにした。すると周囲の雑音が目立って、阿部選手の声が聞き取りにくい箇所もあった。Gさんが言っていたことがよくわかった。取材は静かなところに限る。
そして今回単行本製作の際に必要となったのが録音データの文字起こしである。
ブログ記事や電子書籍で出してきた作品に関してはまずは書籍や雑誌、映像といった資料を集めて、それを吟味しながら文章を書いていったのだが、今回は選手自身に取材をしているため。資料集めと文字起こしをした録音データが必要なのだ。
さてこの文字起こしに私は苦戦した。1分の文字起こしでも5分くらいかかる。一言一句聞き逃さないようにしようと何度も再生と停止を繰り返すとどうしてもそれくらいかかってしまう。しかも録音環境もよくないデータを文字起こしなので、本当に気が滅入りそうだった。でもどんな手法がいいのか分からず忍耐でガムシャラに文字起こしをするしかない。自動で文字起こしをするにはかなりの金額を払ってソフトを購入しないといけないし、現実的じゃない。ちなみにこの件でも私は池田さんに相談している。どこまで私は頼っているのだろう。
よくプロレス興業で選手のコメントを試合当日にサイトにアップされていたりする。時には英語も和訳されたものだってある。本当に凄いことだと思う。尊敬してしまう。あの作業を仕事とはいえ、長年やるのは本当にしんどいはずだ。しかも少し間違っただけでネットで指摘される時代。でも実際にやってほしい。文字起こし、コメント起こしは本当に大変なのだ。もっと報われてほしいと強く願うし、縁の下の力持ちである彼らには今後も頑張ってほしいと思う。
さて、なんとか取材した阿部選手の文字起こしが終わり資料が揃い、文章を書くことになる。最初にGさんに提出してみた。Gさんからの返事は大体こんな感じだ。
「悪くはないですね。いいと思います。でも○○のところをもっと分かりやすく書くといいと思います」
いつもGさんの返事はこんな感じで、最初から貶すことや否定することはない。恐らく労力を使って書いている作者へのリスペクトがあるのだろう。だからまずは誉める。そこから課題や問題点を指摘するのだ。
私はもう一度見直して阿部選手の原稿を仕上げることにして、再提出。するとGさんから「これで仮でOKにしておきましょう。また原稿が揃ってきてから見直していきましょう!」という返事があった。
とりあえず阿部選手の原稿を書くことに成功した。
さて次に取材するレスラーである。ここで登場するのが2018年11月のイベントで登壇していただき何かとお世話になった吉田綾斗選手(2AW)。
なぜ彼を選出したのか。それは11月のイベントでお会いした時に思った以上にしっかりとしたプロレス感をもっているなと関心したからである。そして人格もファンサービスも素晴らしく絵にかいたような好青年なのだ。またインディーでありながら、メジャーに通用する潜在能力を持つ大器である彼のレスラー人生をきちんと綴ってみたいなと考えたからである。
綾斗選手と団体サイドからは取材許可は下りた。だが綾斗選手のスケジュールが合わない。その頃、綾斗選手が所属するKAIENTAI DOJOは2AWに名称変更し、何かと忙しかった時期。大阪出身の綾斗選手なのだが、なかなか大阪には帰ってこれなかったのだ。
これではいつまでたっても取材ができない。そこで吉田選手に関しては電話取材をすることになった。
阿部選手の取材から4ヶ月後の2019年5月に、私は綾斗選手を電話取材したのだ。
人生二回目の取材が電話取材。なかなか貴重な体験である。
綾斗選手はひとつひとつの質問に誠実に答えてくれた。ある程度は聞きたいことは聞けたのだが、電話ということもあり、どうも手応えが微妙である。これは綾斗選手というより、取材者である私の力量の問題である。
そしてここから電話で会話を録音するスマホアプリがあり、このアプリを活用してスマホからパソコンに転送して、録音データを聞いてみることにしたのだが、これが阿部選手の時よりもひどい録音状況。なんと綾斗選手の声より聞き手の私の声の方がめちゃくちゃ大きいのだ。
自分の声が嫌いな私はとにかく恥ずかしくなった。しかもやけに甲高い。また自宅で録音したため、子供たちがはしゃぐ音声まで入っている代物に(笑)。文字起こしする音声データとしてはかなりよくないものとなった。それでも文字起こしをするしかないので、なんとか文字起こしを完了。
そこから原稿作成に取りかかる。書き上げてGさんに提出するも、どうも反応が鈍い。どうやら内容にもう少し深みがほしいとのことだった。Gさんは見抜いていた。綾斗選手に対する私の質問が綾斗選手のいい話をあまり聞き出せていないことを。
この状態もまた作成してもいい作品ができない。そこでGさんに指摘いただいた部分と私の追加質問を綾斗選手にメールでさせていただくことにした。綾斗選手はこちら側からの依頼にもきちんと答えてくれた。本当に彼は好青年である。
その追加質問を加えて原稿作成すると、原稿のクオリティーが見違えるほど上がり、GさんからもOKをもらい、吉田選手の回はクリアとなった。
阿部選手、吉田選手。本当にありがとうございました!不馴れな私の取材に最後まで付き合っていただき本当に感謝しかありません!
さて、二人の若武者を取材した私は、単行本製作がこの先がどうなるのかあまり読めない状況だった。
この頃、大阪でひとり語りのトークイベントをなんば紅鶴さんでやらせていただくことになり、単行本製作をして、ブログ更新もしながら、自分自身のトークスキルを磨くという新たな挑戦をしていた。
単行本の今後はどうなるのかと考えていたところにGさんから連絡があった。
どうやら今回の単行本製作において、私がどうしても取り上げてほしいと思っていたあるレジェンドレスラーとのコンタクトに成功したとのことだった。
私にはにわかに信じられなかったが、現実は静かに動き出していた。
(第三章・完)

