俺達のプロレスラーDX
第13回 諦めなければ必ず報われる/大谷晋二郎
ある日、一人のレスラーに大きな試練が訪れる。
試合当日の朝に母親が交通事故で亡くなったのだ。
彼は動揺するが、それでも試合会場にいき最後まで激しいプロレスを行い観客を魅了した。
試合後、彼はこう語った。
「プロレスラーが暗い顔して誰がプロレスを好きになるんだよ!めちゃくちゃ辛ぇけど、辛くなんかねぇよ!オレの大事な人、お天道様から見守っていて くれ!必ずプロレス界の頂点に立つからよ!」
男の名は大谷晋二郎。
彼は母親の死に対してプロを貫き、そして控室で泣きながら激しく吠えた。
その姿になんとメモをとる記者たちも泣いていた…
これは異例である。
男はいつだって自分の生き様をさらけ出してきた…
大谷は1992年に新日本プロレス入門。
この年にデビューしたのは中西学、永田裕志、石澤常光、高岩竜一と当たり年で花の92年組と呼ばれた。
デビューしてからわずか1年でスーパーJrに出場し脚光を浴びた。
また1993年のG1CLIMAX期間中に五番勝負も戦った。
大谷が最初に成し遂げた大仕事は、Jrの象徴・獣神サンダー・ライガーが怪我で欠場した
スーパーJrタッグリーグ戦でワイルド・ペガサスとのコンビで優勝である。
しかもスカイハイ・フランケンシュタイナーの失敗により意識が飛んだ中で
ドラゴン・スープレックスホールドを決めての勝利だった。
その後、22歳でUWA世界Jrヘビー級王座を獲得。
エリート街道を歩むがそれでもひたむきガムシャラさは消えることはなかった。
いつだって男は自分をさらけ出していた。
最後まで諦めないから結果もついてきていた。
1997年にはJr7冠王座を獲得し、念願のIWGPを巻いた。
2000年イギリス&カナダ遠征を果たし肉体改造しヘビー級に転向。
新日本エースとしての道を歩いているかに見えたが、2001年新日本を離脱する。
大谷は、橋本真也率いるZERO-ONEに入団する。
旗揚げ戦での村上一成、第2戦のショーン・とマッコリーに連敗し、
暗中模索の中で当時FMWを離脱し、フリーでプロレス界を暴れていた田中将斗とのシングルマッチで勝利する。
大谷は橋本とは違う独自路線を歩む。
田中やバトラーツ勢などの熱い男達を集めて、熱い男の頂点を決める「火祭り」の開催する。
しかし火祭りは暗礁に乗り上げた。
当時総合格闘技PRIDEで活躍していたマーク・ケアーを引き抜いた橋本と
PRIDEプロデューサーであるアントニオ猪木との間に亀裂が生じ、
猪木経由でZERO-ONE参戦していた選手が出場辞退したのだ。
UFOの村上一成と石川雄規、アレクサンダー大塚のバトラーツ勢は
エントリーされていたが、火祭りに参加することはなかった。
大谷は穴埋めのためにメンバー探しに奔走する。
自ら選手名鑑を頼りにオファーするがいい返事がこない。
実は当時猪木がオーナーだった新日本でも選手達の中に、
大谷に協力できないか考えていたらしいが会社の関係上実現せず。
だが諦めない大谷に奇跡が…
ある日、大谷に火祭り出場を直訴しにきた男がいた。
その男は当時20歳の大日本の若手関本大介。
大谷は最初は難色を示していたが関本の熱意に押され参戦を認めた。
この関本が10年後の2001年に火祭りを優勝するのである。
またファンも火祭りを支持し火祭りは大成功を収める。
大谷の諦めない心が成功に導いたのだ。
その後田中と炎武連夢を結成しプロレス界を引っ掻き回し
2002年にプロレス大賞最優秀タッグ賞を受賞する。
しかし大谷にさらなる試練が…
2004年、橋本と大谷らと溝が生じてしまいZERO-ONEは活動停止。
大谷は仲間達とZERO1を新たに立ち上げ直した。
大谷は恩人であり兄貴との別れ新しい旅立ちをする。
しかし2005年橋本が急死する。
兄貴橋本の死、母親の死などいくつもの困難が大谷に襲う。
さらに2008年ZERO1社長に就任し、経営責任が大谷の肩に重くのしかかる。
売上に伸び悩み、退団選手も相次いだ。
心が折れそうな試練の連続だった。
しかし大谷は諦めなかった。
2010年テレビ番組で大谷の学校への慰問活動が取り上げられて話題になり、
2011年に大博打の両国国技館大会を大成功。
男は神風を吹かせたのだ!
そして両国大会での高山善廣に敗れた大谷は、試合後マイクで叫んだ。
「大谷晋二郎というプロレスラーは何度つぶされようが何度だって立ち上がる!僕は胸を張ってあなたたちに聞きたい。
プロレスは大好きですか?
プロレスは最高ですか?
ZERO1は最高ですか?
ZERO1のプロレスを見て元気になりましたか?
ありがとうございます!
10年間頑張り続けて一杯流した悔し涙が今日嬉し涙に変わりました。
皆さんもそれぞれの人生、諦めずに頑張ってください!」
大谷は今日もプロレスに人生を捧げている。
だが現実は厳しい。
結して経営も芳しくないはずだ。
しかし諦めなければ必ず報われると信じて生きる。
「一所懸命頑張っている奴が報われなければ嘘だ!」 と心に言い聞かせて…