俺達の稲妻/木村健悟【俺達のプロレスラーDX】 | ジャスト日本のプロレス考察日誌

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俺達のプロレスラーDX
 第1回 俺達の稲妻/木村健悟




木村健悟は新日本プロレスの名バイプレイヤーである。ニックネームは稲妻戦士。

得意技の稲妻レッグラリアットは基本的に相手の胸板に放つのだが、かつて佐々木健介の喉元に見舞い失神させた過去を持つ。右人差し指でポーズを決めるときがこの技のサインである。

奥の手であるトライアングル・スコーピオンは本当に足を折りかねない危険技。かつてG1クライマックス1993で馳浩がこの技を耐えすぎて足の靭帯を破壊されたことがある。ちなみに馳にかけたときに木村はレフェリーに「折れるぞ!」と叫んでレフェリーストップを促していたが、耐え抜いた馳に逆転負けしている。

また平成維震軍では常に越中のサポートとして軍団内の女房役に徹した。印象的だったのが、維震軍と抗争中の獣神サンダー・ライガーが木村とシングルマッチ時に「ナイフが抜けるのか」と挑発!木村は新日本創成期仕込みの関節技で対応。やっぱり野毛道場で鍛えられた選手は違うということを証明した。

実は彼には数々の稲妻伝説がある。

顔が間寛平さんに似ていることから関西圏では寛平コールをよくもらっていた木村。ある日なんと対戦相手の橋本真也にまで、木村を寛平といって挑発する事件発生。さすがに木村も寛平さんのギャグである「誰がモンキーやねん」と返答することはなかった。

「デュオランバタ」や「らしくもないぜ」といった名曲を持つ木村。かつてその美声をテレビで披露し、加藤登紀子の百万本の薔薇を歌った。審査員には好評だった。だが、その後テレビ番組で歌ってくださいというオファーはなかった。

木村は本当はダンディである。かつて平成維震軍の前身反選手会同盟は全員スキンヘッドだったが、木村も泣く泣くスキンヘッドに…その後、奥様やお子様にカッコ悪いと言われたので、飛龍革命後藤波のように自然と髪を元に戻している…

木村は付き人たちにたいして本当に優しく、かつて付き人を務めた武藤敬司は頼まれたりすることが少なくやりやすかったと述懐。またエル・サムライを名乗る前の松田納は、木村とのタッグ前になんと本人にリングシューズの紐をきびってもらったことがある。

引退後の木村は新日本スカウト部長や役員として活躍。新日本入門前の中邑真輔がレスリング大会を見に来ていた木村に、プロレスラーになりたいと直訴したことがある。ちなみに猪木・滝沢秀明VS坂口征二・憲二を実現させたいという無謀な発言をしたことがある。

彼は猪木、藤波や越中といった男たちを支える存在だったかもしれないが、本当にファンに愛されていた。

かつてワールドプロレスリングの試合ハイライトの次の試合に切り替わるシーンに木村のイナズマという掛け声とポーズが使われた。

俺達の稲妻は永久に不滅である!