ジャスト日本のプロレス考察日誌

ジャスト日本のプロレス考察日誌

プロレスやエンタメ関係の記事を執筆しているライターのブログ


 




 




棚橋弘至。


自ら「100年に一人の逸材」を名乗り、暗黒期にあった新日本プロレスをV字回復させた立役者。いつしか「プロレス界のエース」と呼ばれ業界発展と向上のために尽力してきた。


IWGPヘビー級王座8度獲得という歴代最多戴冠記録を持ち、G1CLIMAX3度優勝、東京スポーツ制定プロレス大賞MVP4度受賞と数々のタイトルを獲得してきた。


また2023年からは新日本プロレス代表取締役社長に就任。現役レスラー兼経営者として人気団体の屋台骨を支えてきた。


その棚橋が社長業に専念するために引退を発表したのは2024年10月のこと。


「多くのみなさまの前でいつまでも戦っていたい。戦っていたい思いはありますが⋯棚橋のゴールを決めました。2026年1月4日…あと1年2か月あります。あと1年2カ月、全力で走りますんで、新日本プロレスをよろしくお願いいたします!」



2026年1月4日東京ドーム大会で引退試合を行うまで「ファイナルロード」と題して棚橋は団体所属の多くのレスラーたちとシングルマッチで対戦、また他団体にも参戦して、最後の花道を飾るために引退全国行脚の旅に出ることにした。


ファイナルロード当初はコンディションがあまり整っておらず、動きに精彩を欠いた部分もあったが、後藤洋央紀とのIWGP戦や鷹木信悟戦からエンジンがかかり、かつてのIWGP絶対王者時代を彷彿とさせる動きを見せてきた。  

 

正直、レスラーとしての衰えは目立ったり、古傷のヒザの影響もありスピードは全盛期を過ぎている。それでも気持ちは若々しく、あの頃の「太陽の天才児」と呼ばれた20代後半と変わらない。


ファイナルロードを歩み、プロレス界の最前線を走り続けた中で遂に約束の地2026年1月4日・東京ドーム大会にたどり着いた。対戦相手は、これまで数々の名勝負を繰り広げてきた「レインメーカー」オカダ・カズチカ(AEW)。棚橋の最後の相手として相応しい好敵手だ。










会場は4万6913人(超満員札止め)。

 


かつて暗黒時代に「いつか超満員の東京ドームで闘いたい」という目標を語ってきたがこの日、遂に叶った。


プロレス冬の時代を支え、新日本プロレスやプロレス界の人気回復に尽力したプロレスラーのフィナーレが自身が夢見ていた超満員の東京ドームでの引退試合とは、プロレスの神様はなかなか粋なエンディングを提供してくれるものである。







試合はこれまでの棚橋VSオカダの流れや試合展開を踏襲するような内容でありながら、オカダは所々AEWでのヒールテイストも出し、これまでの棚橋VSオカダとは違う味わいも出していく。

 

オカダの攻撃に耐え、反撃する棚橋。

「新闘魂三銃士」として激しく切磋琢磨してきた柴田勝頼のPK、中邑真輔のボマイェを繰り出したのは、師匠・武藤敬司の引退試合のオマージュか。(武藤は内藤哲也との引退試合で、三沢光晴のエメラルドフロウジョン、橋本真也のDDT、蝶野正洋のSTFを出している)


試合は棚橋のすべてを受け止めた上でオカダが33分3秒、レインメーカーで勝利。棚橋は見事にリング上で完全燃焼。


試合後の引退セレモニーで盟友・柴田勝頼や飯伏幸太などライバルたちとの再会に涙する棚橋は、バックステージで次のようなメッセージを残している。



「なりたくてなりたくて、3回目で新日本プロレスの入門テストを受かって26年間、いろんなことがあった。いいことも悪いこともあって、ブーイングもあったけど、プロレスを見てもらう、楽しんでもらうというものを僕なりにつくり出すことができた。そして最高の舞台でレスラー生活の幕を閉じることができた。出来過ぎのプロレス人生だった。これからは社長として、選手にはもっともっと気合を入れてもらって。今以上に新日本プロレスを大きくしていくことが夢に変わった」 

「 本当に僕がプロレスファンになって、人生これからもプロレスを知らない人に知ってもらって、楽しくなったと思えるそういう人が一人でも増えるように、社長としてできることが山ほどあるんで。 今言っておかないといけない一生言えないと思うので…ああ、疲れたぁ! 2012年から14年間「疲れた」と言ってなかったので、14年分の疲れたとストックしてますので。ああ、疲れた…ありがとうございました。(報道陣から拍手)「疲れた」と言って拍手をもらったのは、たぶん人類で最初ですね(笑)」



こうして「100年に一人の逸材」と自称し、「プロレス界のエース」と呼ばれた男のレスラー人生は幕を閉じた。    


棚橋弘至は、新日本プロレス創設者・アントニオ猪木や自身が憧れたプロレスラーであり、師匠・武藤敬司のような「プロレス界の伝説」となった。










思えば、プロレスに人生を救われ、プロレスを愛して、プロレスラーを愛して、プロレスとプロレスラーに愛された男だった。

とにかくプロレスが好きな少年で、祖母がプロレス好きだったので、テレビで観たり、プロレスごっこで遊んでいた。高校の時に闘魂三銃士と小橋健太(建太)の試合を見てからはプロレスラーになることを夢見るようになる。


とにかくプロレスラーになりたかった。その目標に突き進む棚橋は、トレーニングを積み重ねて新日本プロレスの入門テストを2度落ちたが、3度目で合格を果たした。

涙もろさは新人時代から有名だった。先輩の藤田和之が新日本を辞めて、フリーとして総合格闘技PRIDEに参戦することになったとき、藤田の同期である真壁伸也(後の真壁刀義)と別れの挨拶をしている時、2人の姿を見てなぜか泣いていたのがヤングライオンの棚橋だった。


体力とプロレスに対する気持ちには自信があったが、並の運動神経と恵まれなかった体格を冷静に判断して、人より苦労して努力を怠らないようにしないと上にはいけないと悟り、自身に合ったプロレススタイルを模索。たどり着いたのは藤波辰爾のような正統派テクニシャンのスタイル。


女性スキャンダルがあり、大怪我を負った時、棚橋は入院中に引退を考えていた。世間を騒がし、プロレスに泥を塗ってしまったことの責任。

そんな時、新日本を離れていた長州力から花が届き、メッセージカードにはこう書いてあった。


「人生は長い。諦めずに頑張れ。」


 棚橋は号泣した。

涙が止まらなかった。

とんでもないことをしたその罪を償うにはプロレスで返すしかない。

プロレスを全うするしか自分の生きる道はないと決めた。



新日本プロレスは迷走をしていく。一度不渡りを出してしまうほど経営が悪化。観客から見放されていく厳しい現実を変えることができない。選手達も次々と辞めていく。


このままでは新日本は終わる。

どうしたらいいんだ?

棚橋はあることに気付く。


ストロングスタイルという伝統に新日本は余りにも囚われているのではないのか。

新日本スタイルを守れば、団体は安泰だという驕りと固定観念。

固定観念から揺るがない原理思想を持つ一部の関係者やファン達。

そのストロングスタイルを追いすぎるがために格闘技の世界に選手を派遣し、次々と敗れ、新日本のイメージダウンにつながる現実。

そして何より、プロレスのスタイルは一つではない。多種多様なのだ。



「ストロングスタイルはあくまでも言葉に過ぎない。」


新日本の固定観念という魔法にかかっている現状を変えるためにこの発言を彼は多用した。

そして今あるすべての現状を受けいれ、自分が信じたプロレスを続けた。



信頼や信用は失墜している新日本をどう立て直すのか。殿様商売の時代ではない。プロレス村にとどまっていたら未来などない。誰もプロレスに触れようとしないのなら、自分からみんなに触れにいこう。


大会のPRのために全国各地を回る日々を続けた。

地元の新聞、ラジオ、タウン誌、コミュニティFM…

とにかく宣伝させてもらえる媒体や機会があれば足を運んだ。

またプロレスを広める前に棚橋弘至という人間に興味を持ってもらうことを心掛けた。

そうしなければプロレスへの興味を持ってもらえるきっかけが作れないと考えたからだ。


そして一人でも多くの人が自分経由でプロレスに興味を持ってもらう。もしそこからプロレスファンになってもらえたら、あとは他の選手が好きになったり、自分のことが嫌いになってもいい。できれば新日本好きでいてほしいけど、他の団体を見てもらっても構わない。


とにかくプロレスの輪を作りたい…。


試合以外でも、このプロモーション活動を三年近く、ひとりでこなしてきた。結婚をして子供いたが、例え、休日でも仕事の依頼が入れば、仕事を優先した。


とにかく、プロレスを知ってもらうこと。

プロレスへの偏見やアレルギーを解消すること。

そして、プロレスをもっと広めることを使命として、彼はプロレス全力プロモーションに注力していく。




棚橋はあきらめずにやるべきこと、やらなければいけないことをコツコツとやり続けてきた。いつか実を結ぶかもしれないと信じて。




プロレスに関わる全ての人達が幸せになってほしいと願う闘い続けてきたプロレスに人生を捧げた男・棚橋弘至は生涯、我々にこう言い続けることだろう。


「プロレスは今も昔も、面白いぜ!」





サンボマスターの名曲「できっこないを やらなくちゃ」の中にはこのような歌詞がある。



「あきらめないでどんな時も 

君なら出来るんだどんな事も

今世界にひとつだけの強い力をみたよ

君ならできない事だって出来るんだ本当さウソじゃないよ

今世界にひとつだけの強い光をみたよ」




棚橋弘至は「諦めない」ことの尊さと大切さを自身の生き方で我々に教えてくれた。だからずっと「君ならできる」「大丈夫だよ」とプロレスで励ましてくれた。



そして「お前には無理だよ!」「できないよ、そんなことは!」という声が飛び交ったり、苦しくて、挫けそうになった時、困難に打ち勝つために彼はいつも心の中でこう叫んで立ち向かっていったはずだ。



「できっこないを やらなくちゃ」    


誰もやれなかったことをやってきた。

逃げずに諦めずに挫けずにいつも矢面に立ってきた。

全力で生き抜いたレスラー人生の果てに100年に一人の逸材は世界でひとつだけの強い光となった。


さらば、プロレス界のエース・棚橋弘至。

本当にありがとう⋯。









    



 ジャスト日本です。

 

プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。

 

 

かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。

 

プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。

 

プロレスとは何か?

その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。

 

そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。

 

有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。

 

それが「私とプロレス」です。

 

 

 
 
今回のゲストは今年でデビュー25周年を迎えたロックユニット・LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKIさんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 (画像は本人提供です)
 
 NAOKI (LOVE PSYCHEDELICO)
 
2000年4月21日、シングル『LADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~』でデビュー。2001年1月に発表された1stアルバム『THE GREATEST HITS』は200万枚、翌年2002年1月に発表された「LOVE PSYCHEDELIC ORCHESTRA」も100万枚を超え、2作連続ミリオンとなる驚異的なセールスを記録。
 
NAOKIの卓越したギターテクニックとKUMIのヴォーカルスタイルが、印象的なリフ、日本語と英語が自由に行き交う歌詞によって、LOVE PSYCHEDELICO独自の音楽スタイルを確立している。
 
2025年にデビュー25周年を迎え、全12公演の全国ツアー25th Anniversary Tourを開催。
 
 
 
【プロモーション情報】 
 
 
 
全12公演全国ツアー「LOVE PSYCHEDELICO 25th Anniversary Tour」開催!
 
2026年1月10日(土)よりチケット一般発売スタート。
 
 
 
2026年
 
2月28日(土) 東京都 江戸川区総合文化センター
 
15:00 開場 / 16:00 開演
 
 3月6日(金) 東京都 人見記念講堂
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 3月8日(日) 高知県 高知県立県民文化ホール オレンジホール 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
3月22日(日) 北海道 札幌市教育文化会館 大ホール
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 3月28日(土) 広島県 広島JMSアステールプラザ 大ホール 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
3月29日(日) 福岡県 国際会議場 メインホール
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
3月31日(火) 静岡県 静岡市清水文化会館 マリナート大ホール
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月3日(金) 大阪府 フェスティバルホール
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月10日(金) 宮城県 トークネットホール仙台(仙台市民会館) 大ホール 
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月17日(金) 富山県 富山県民会館
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月19日(日) 愛知県 岡谷鋼機名古屋公会堂 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
4月22日(水) 東京都 LINECUBE SHIBUYA 
 
17:30 開場 / 18:30 開演
 
 
<チケット>
 
前売チケット料金 全席指定 ¥7,700(税込)
 
※未就学児入場不可
 
一般発売日:2026年1月10日(土)
 
https://l-tike.com/lovepsychedelico/

 

 

 

 
LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKIさんは、 1973年7月21日に静岡県で生まれ。2000年にデビューし、1stアルバムで200万枚を売り上げたバンドの屋台骨でありながら、実はXでは誰よりも鋭く、誰よりも深くプロレスについて投稿してきました。  
 
NAOKIさんのプロレス観戦記ポストには「noteで書いてもおかしくない濃厚な観戦記」「プロレスについて素人な私が読んでも、感動と熱い思いが伝わる」「文章も凄く伝わりやすくて素晴らし過ぎる。目線もプロの目線と同じファンの目線の両方があって面白かった」と反響を呼んでいます。 
 
また清野茂樹さんのYouTube出演時にもNAOKIさんのプロレス愛とマニアぶりが炸裂しています 
 
 

 

 
 

https://youtu.be/-5PFRNsyZbU?si=4jsC8RcIvgpFZvh8

 

 

 

 

 
 

 

 
 
2025年秋、4時間30分に及ぶインタビューは、まるで一夜限りの名勝負でした。  
 
 
NAOKIさんのプロレス論に共鳴。特にアントニオ猪木論とアメリカンプロレス論が唸りました。また清宮海斗選手に対するNAOKIさんの愛情とリスペクトが印象的でした。
 
これはプロレスに限ったことではありませんが、インタビューを続けていくと、感動する話し手に出会うことがあります。知識、哲学、芸術性、批評精神、愛情などあらゆる視点を用いたLOVE PSYCHEDELICOのNAOKIさんのプロレス論は素晴らしかった。昔と今のプロレス双方を愛する生粋のプロレス者が音楽業界で活躍されていることが心底、嬉しかったです。
 
 
最終回ではNAOKIさんが選ぶプロレス名勝負を中心に語っていただきました。そして、彼にとってプロレスとは⁈  
 
是非ご覧ください。
 
 
 
最終回「名勝負語り」 
 

 
 
 
OZAWAを引き上げた清宮海斗の技量 
 
 
──NAOKIさんの好きなプロレス名勝負を教えてください。 
 
NAOKIさん  そうですね、自分がリアルタイムで見ていた1980年代以降に限定して話しましょうかね。 
まずは、最近の衝撃的試合ということで、清宮海斗VS OZAWA(2025年1月1日・ノア・日本武道館)が本当に素晴らしかったです。この試合は個人的にも2025年ベストバウトです。オモス込みで(笑)。 
 
 
──同感です! 
 
 
NAOKIさん  OZAWA選手のもつあのトップレスラーの持つ色気と、僕らの観たことのない全く新しいプロレスの形は、ノアという自由度の高いリングだからこそ生まれたものですよね。彼がノアでデビューしてくれて本当に良かったです。プロレス界にとっても、向こう10年恐らく最も重要なアイコンとなる二人のファーストコンタクトがベストバウト級(※インタビューはプロレス大賞受賞前)の後世に残る名勝負となりました。まずOZAWA選手をここまで引き上げた清宮選手の技量も凄いんですよ。相手の余白を残して試合を進めていく様はニック・ボックウィンクルのようでしたよ。少し前の話になりますが、2023年のG1CLIMAXの公式戦はどれもよかったですよね。特に初戦の辻戦、SANADA戦(2023年7月25日・後楽園ホール)、あとヒクレオ戦(2023年8月1日・高松市総合体育館)もよかったです。どれも良かったですけどね。本当に彼は日本プロレス界の宝ですよ。 
 
 
──かなり過小評価されているプロレスラーですよね。 
 
NAOKIさん  そうなんですよ!清宮選手はプロレス業界では評価が高いんだと思いますよ。ヒクレオのチョークスラムを誰よりも高く受けるんですよ。美しくて豪快な受けっぷりが最高に素晴らしかったんですよ。 
 
──確かに! 
 
NAOKIさん  清宮VS OZAWAは近年、こんなにショッキングでファッショナブルで泥臭くて勝敗が気になる試合はなかったですね。それにあの清宮選手に対するブーイングも良かった。あのブーイングがその後の清宮選手の更なる覚醒を生みましたしね。かつて長州力VS藤波辰巳で、「かませ犬」発言以降でヒールとなるはずの長州さんに声援が集まったり、ハルク・ホーガンVSザ・ロックで、nWoでヒールとして登場したはずのホーガンに大歓声で、ロックにブーイングというシーンがありましたけど、それに続く事件ですよ。 
 
 
──プロレスは生ものということが分かる試合でしたね。 
 
NAOKIさん ABEMAのPPVで見られた方も多かったかもしれませんが、会場の雰囲気はもっと凄かったですよ。暴動は起こってなかったけど、清宮選手に対する罵声は多本当に凄かったですね。現代進行形でプロレスを見ている以上は清宮VS OZAWAを挙げないといけないかなと。 
清宮選手の試合の流れを広げていく技術と、OZAWA選手のレスラーとしてのとてつもない色気、二人はノアの作り上げた究極の作品ですよ。 
そしてこの会場の雰囲気がこの後の二人の歩むべき道まで決定的にした。そんな瞬間が全てのレスラーに訪れるわけではないですから。プロレスの神様に選ばれた二人なんだと思いますよ。 
 
 
 
武藤敬司はプロレス界のマイルス・デイビス 
 
 
──素晴らしいです! 
 
 
NAOKIさん   最近だと、あとは潮崎豪VS武藤敬司のGHCヘビー級選手権試合(2021年2月12日・ノア・日本武道館)ですね。技の展開が思い出せるくらい何度も見てます。エメラルドフロウジョンに一度失敗した後に「よっしゃ!」と叫んでもう一度持ち上げて成功して、失敗をなかったことのようにした武藤さんは凄いなと思いましたね。あの「よっしゃ!」でお客さん納得しちゃうんですから。 
 
──失敗もチャラにしてしまうのが武藤さんの凄さですね。 
 
NAOKIさん   マイルス・デイビスじゃないですか(笑)。 
 
 
──ジャズの巨匠マイルス・デイビスですね!彼は「失敗を恐れるな。失敗なんてないんだ」という名言を残してます。 
 
NAOKIさん 猪木さんがプロレス界のレオナルド・ダ・ヴィンチなら、武藤さんはプロレス界のマイルス・デイビスですね(笑)。あの潮崎戦は始まる前はそこまで期待度が高くなかったんですけど、潮崎選手のムーンサルトやラリアットをキックアウトしていったあたりからお客さんを勝負論に染めていって「もしかして…」と思わせて、最後はフランケンシュタイナーで逆転勝ちですから。かなり衝撃的な一戦でした。 
 
──武藤さんは引退試合まで勝負論を崩さなかったですよね。「勝つんじゃないか」と思わせていた。  
 
NAOKIさん 引退試合となった内藤戦も勝機はありましたから。潮崎戦以降にプロレス界に温故知新と言いますか、プロレスラーたちに技の組み立てに影響を与えたような、それくらい業界にも風穴を開けた気がしますね。あと2019年前後のオカダ・カズチカVS SANADAがどれも素晴らしかったんです。大阪(2019年8月3日/大阪府立体育会館・G1CLIMAX公式戦)も両国(2019年10月14日/両国国技館・IWGPヘビー級選手権試合)のどちらも現代らしく、それでいてオールドスクールな雰囲気もあって印象に残ってます。 
 
 
 
今の新日本ではSANADAとEVILが技術的にずば抜けている 
 
 
──オカダ選手もSANADA選手も所作が素晴らしいレスラーですよね。 
 
NAOKIさん これは今の新日本ファンとはだいぶ違う見方かもしれませんが、ここ数年だと、僕は新日本のヘビーでは、SANADA選手とEVIL選手が技術的にずば抜けていると個人的には思ってます、好みも含めて。EVIL選手はかなり過小評価されていると思いますよ。コロナ禍のブーイングすら貰えないヒールにとって一番やりにくい時期にヒール転向して、なかなか正当な評価を貰えない中スタイルを貫きました。でも冷静に見て、怪我をしないし、受け身が素晴らしいじゃないですか。小島聡さんのラリアットを一番美しく受けきったのは間違いなく彼です。少し皆さんと意見が違ってしまうかもしれないですけど、はっきり言って僕の中では彼の試合で「ハズレ」はないです。とにかく受け身が素晴らしいです。今のSANADA選手もプロレスラーとしてめちゃくちゃカッコいいと思いますよ。専門誌でも「迷走」とか書かれているようですけど、全然そんなことなくて進化が止まらないんですよ。これはローリングストーンズと同じで彼は常に今が一番カッコいいです。 
 
 
 
──同感です。 
 
NAOKIさん プロレスは試合時間30分には30分、10分には10分の、持ち場に合わせた表現方法があると思うんです。SANADA選手は今、与えられたポジションと試合時間の中で最大限にエンジョイしている。入場やファッション、試合の組み立てもLOVE PSYCHEDELICOがデビュー当時にやろうとしていたことに似ている気がするんです。 
 
 
──これは興味深い話です! 
 
NAOKIさん デビュー当時、僕がLOVE PSYCHEDELICOとしてやろうとしていたことって、別に「本物のロックを」とか「海外のエッセンスを」とか、そんな大それた事じゃなかったんですよ。僕らがデビューする2000年当時はDJ/ヒップホップブーム全盛期で、ロックってダサいとか怖いみたいな(笑)、ロックバンドがメインストリームから少し距離があった時期なんですね。そんな時代に、渋谷の街を歩いてる普通の女の子のCDの棚に、本人達が気づかないうちにロックのリフのあるCDが一枚ヒョコっと入ってる、みたいな事が出来ればいい、って思ってたんですね。それがLOVE PSYCHEDELICOです。 
で、SANADA選手は今、新日本ファンやWWEも見たことのない一般層にどうやったらアメリカンプロレスのマナーや醍醐味をスムーズに届けられるのか、試行錯誤の末にあのスタイルをやっているように見えるんです。ギター攻撃もそうです。奇抜なファッションもそうです。これは彼の偉大なる実験ですよ。SANADA選手のベースは全日本プロレスとアメリカンプロレスじゃないですか。 
 
 
──確かに。 
 
NAOKIさん ファンの皆さんはSANADA選手のあの余りある才能を評価してエース路線をやってほしかったかもしれませんが、それは彼にとっては時に窮屈に感じるのかもしれません。あのスタイルをやることによって、今後もっと自由にプロレスを表現できるんじゃないですか。正統派レスリングだけじゃなくて、TNAで経験したアメリカンプロレスも彼にとって大きな財産や思い出なはずですよ。猪木さんはアメリカンプロレスを武士道精神にアレンジして日本にプロレスを根付かせた。 
SANADA選手はある意味更に大きな実験として、出来るだけアレルギーのない手順で、自分の身体を使ってアメリカンプロレスのマナーの直輸入を志してるのかなって思ってます。 
どんなポジションでも高い志を持ってる素晴らしいレスラーだと思いますね。 
 
 
1988・8・8 藤波VS猪木  
 
 
──最近は入場イリュージョンもやってくれますし、SANADA選手は言葉での発信は得意ではないと思うんですけど、今は試合で最大限に発信してますね。 
 
NAOKIさん そうですよ!それからやっぱり僕は1988年8月8日・新日本・横浜文体体育館で行われた藤波辰巳(現・辰爾)VS    アントニオ猪木のIWGPヘビー級選手権試合が大好きなんです。 
 
──60分フルタイムドローとなった伝説の名勝負ですね。 
 
NAOKIさん 実況の古舘伊知郎さんの「猪木よ、藤波を愛で殺せ」というフレーズが印象に残っていて、衝撃的に好きな試合です。この試合は猪木さんサイドの情報ばかりが出ているじゃないですか。「猪木さんの方がスタミナがあった」とか。プロレスは相手がいないと成立しませんから。僕は肉体的に全盛期の藤波さんが色々なアントニオ猪木を引き出し続けた一戦だったんじゃないかなと思うんです。 
 
──これは興味深い見方です! 
 
NAOKIさん 60分間を闘うことを想定していたのか藤波さんがジャイアントスイングとか普段やらない技をベストなタイミングで仕掛けたりして転調しようとするんです。その度にいろんなアントニオ猪木が顔を出す。そうすることでお客さんの気持ちを入れ替えていった。猪木さんはビル・ロビンソン戦のような試合はもうやらないと思ってたんです。藤波さんのお陰であの頃の猪木さんが見れて嬉しかったです。いろんな時代の猪木さんを引き出せたという部分で藤波さんは凄く満足しているような気がしますね。そう言えば、藤波戦の直前にIWGP挑戦者決定リーグ戦があって、猪木さんが長州さんに敗れますよね。 
 
 
──1988年7月22日・札幌中島体育センターですね。 
 
NAOKIさん 猪木さんの美しいジャーマンスープレックスホールドをキックアウトした長州さんが後頭部ラリアットでピンフォール勝ちしたんですけど、なんか後味が悪かったんですよ。猪木さんも長州さんも好きですけど。猪木VS長州だと勝ち抜き戦のやつが僕的には最高なんです。 
 
 
──1984年4月19日・蔵前国技館で行われた正規軍VS維新軍の5対5勝ち抜き戦で、猪木さんと長州さんは大将戦で激突しましたね。 
 
NAOKIさん 長州さんのサソリ固めを何分間も耐えるだけの猪木さんが新鮮でしたし、猪木さんの卍固めにギブアップしない長州さんにレフェリーストップがかかった結末も続編を期待させてくれて凄くドラマチックでよかったです。 
 
 
 
グレート・ムタ VS SHINSUKE NAKAMURAは芸術作品 
 
 
──確かに! 
 
NAOKIさん 他にも遡って語ってもいいですか。第1回IWGPリーグ決勝・アントニオ猪木VSハルク・ホーガンですね。色々な都市伝説があったりしますけど(笑)、あれは色々な意味でアントニオ猪木の壮大な仕掛けがあって歴史に残った作品ですよ。あと試合内容も実はよかった。ただ、あの結末って、アントニオ猪木が完全無欠の主役だから成立するドラマなんですよね。あれ、ホーガンがああなったらただの後味の悪い事故ですから(笑)。そういう意味でも猪木さんにしか出来ない世界観で、世間を丸飲みしちゃったのが凄いんですよ。 
 
──同感です。 
 
NAOKIさん あとやっぱり2023年1月1日・ノア・日本武道館大会のグレート・ムタVS SHINSUKE NAKAMURAは素晴らしかったです。あれは現代のプロレスラーにはなかなか生み出せない名作でしたね。 
 
──ムタVS SHINSUKEは名勝負でしたね! 
 
 
NAOKIさん 会場にいて観戦しましたけど、実は試合前はそこまで期待していなかったんです。実際にあまり目新しい技が出てきたわけじゃないし、最後の毒霧のやり取りも似たようなシーンがムタVS天龍であったし、初出しというものはあまりなかったような気がします。互いのキャリアをリングでぶつけて試合をして帰っていくというそれだけの話なのに…なんでこんなにすべてが印象的で美しいのだろうと。世代の違う二人の魂とポテンシャルが、二人のキャリアを経てピタリと揃った瞬間の作品なのかなって思いますよ。結局、プロレスはこれをやられると誰も超えられないような気がします。 
 
 
──確かにそうですね、 
 
NAOKIさん   だからどっちがあの技やったとか、なんかそういうものじゃない。でもメインイベントが終わって大会終了のアナウンスがされた後にお客さんは帰るのではなく、客電が点灯した中、万雷の拍手で讃えたんですよ。あの光景は凄いなと。ムタVS SHINSUKEは芸術作品ですよ。 
 
 
 
アントニオ猪木じゃない試合というのが許せないのが猪木信者 
 
 
──ちなみにリック・フレアーの試合で推しの名勝負はありますか? 
 
NAOKIさん   日本のリングに限定するなら、やっぱり武藤敬司戦(1995年8月13日・新日本・両国国技館)ですね、これは激押しですね。あとはアントニオ猪木戦(1995年4月29日・新日本・北朝鮮メーデースタジアム)。猪木さんはフレアーのことを以前は散々、ブーブー言ってたけど大分好きですよね(笑)。 
 
──好きですよね。あとお互いに似てるような気もします。 
 
NAOKIさん 似てると思いますよ。分かりやすい反則とかの所作でベビーフェースやヒールという境目を作らない二人ですよね。猪木さんはベビーフェースだけど、ナックルで試合を作るし、フレアーはNWAのテリトリー制だった時に、人気者ではあってもヒールチャンプとして地元のベビーフェースと闘って、善戦はさせるけどベルトには防衛するというスタイルで長年やってきたじゃないですか。ヒールとヒーローの狭間を生きてきた所も、相手の力を引き出す組み立てに長けていた所も共通する部分はあります。北朝鮮での猪木VSフレアーは二人の生き様が出た試合だったと思います。ルールもロクに分かってない大観衆をあれだけヒートさせた二人の名人芸は素晴らしかったです。 
 
──いいチョイスですね! 
 
NAOKIさん 本当は1990年代とか挙げたいんですけど、そうすると僕は武藤さんの試合ばかりになるんですよ(笑)。 
 
──1990年代の武藤敬司の試合は神がかってる試合が多かったですね。 
 
NAOKIさん nWo時代もね。でも武藤さんがコントロールしている試合が多いから、名勝負となると1995年のG1だとフレアー戦になるのかもしれません。 
 
 
──フレアー戦に関しては、フレアーの世界観に武藤さんが入りながら戦っていって、乗り越えていった試合だったと思うんで、他は多分武藤さんがコントロール下にあったので違う趣だったと思います。 
 
NAOKIさん ムタだと、アントニオ猪木VSグレート・ムタかな。 
 
 
──1994年5月1日・福岡ドーム大会ですね。 
 
NAOKIさん でも名勝負というよりも名場面なのかな。ムタの名場面は猪木戦と小川直也戦(1997年8月10日・ナゴヤドーム)ですね。 
 
──猪木VSムタに関しては未だに賛否両論なんですよ。古くからの猪木フリーク。NAOKIさんより一世代上の猪木さんファンの多くは猪木VSムタは批判してますね。 
 
NAOKIさん   猪木信者はそうでしょうね。僕は凄い試合だと思いますけど、アントニオ猪木の試合ではないです。アントニオ猪木じゃない試合というのが許せないのが猪木信者ですから(笑)。でもムタのキャリアの中の間違いなくハイライトの一つだと僕は思いますね。 
 
──個人的には猪木さんとムタの世界観が衝突している感じが最高に面白かったんです。 
 
NAOKIさん   そうなんですよ。あと武藤さんが新日本の地方大会でブラッド・レイガンズやオーエン・ハートとか外国人選手とのシングルマッチを結構やっているじゃないですか。あれも最高なんですよね。武藤さんは心の名勝負が多いレスラーですよね。 
 
 
──同感です。 
 
NAOKIさん メインイベントじゃないところでさらっとやっているけど、面白い試合を武藤さんはやってくれるから、見逃せないんです。これは後々気がついたんですけど、80年代半ば以降新日本に来る外国人選手はめちゃくちゃプロレスがうまい人ばっかりなんですよ。 
 
 
 
僕はプロレスラーの素晴らしさを勝手な一つの尺度で決めちゃう感じがすごく苦手 
 
 
──そうなんですよ。案外、全日本に来てる外国人の方が意外とレスラーとしてのレベルに高低差があった気がします。 
 
NAOKIさん  新日本プロレスの価値観が身についてる人の中で、自分が戦ったわけでもないのに、ハルクホーガンのことを「デクの棒」とか言う人いるじゃないですか。僕はプロレスラーの素晴らしさを勝手な一つの尺度で決めちゃう感じがすごく苦手なんです。ハルク・ホーガンにしかない魅力があるし、ホーガンはアメリカと日本でのスタイルを使い分けていてとても器用なプロレスラーですよ。一般の人の言う「器用」や「上手い」と、現場の方達が言うそれって、結構違ったりする気がします。 
 
──天龍源一郎戦(1991年12月12日・SWS・東京ドーム)は特にそうで、かなり日本よりのプロレスをしてましたね。 
 
NAOKIさん ホーガンはその土地に合わせて違うスタイルで試合をやってますよね。プロレスってそうやって会場のフィーリングによって、時には試合展開も変わるじゃないですか。そのアジャストしていくセンスもプロレスの見所のひとつだと思います。そういう瞬間にレスラーの哲学が見えてくるのが面白いんです。 
 
 
 
あなたにとってプロレスとは⁈ 
 
 
──ありがとうございます。では最後にNAOKIさんにお聞きします。あなたにとってプロレスとは何ですか⁈ 
 
NAOKIさん 僕はあまり欲がないんですよ。有名になりたいとかテレビに出たいというのもないし、ただ音楽が好きでやっているんです。音楽は自分の人生の横に常にあるものなんです。生き方でもなんでもない。音楽は今、こうやってインタビューを受けている時でも頭の中にメロディーが流れているし、すべての生活ノイズとかが音とか周波数として入ってくるし。 音楽っていうのは、僕が生きている限り、すぐ横に空気のようにあるんですよね。それに比べると、僕にとってプロレスは…自分から手に入れたいものなんですよ。 
 
 
──これは深いですね。 
 
NAOKIさん これを趣味というのかもしれません。音楽は掴むものじゃなくて、常にあるものですけど、プロレスだけは自分の生活に手繰り寄せたいし、掴みたくなるものなんです。なぜなんでしょうね……。なんでプロレスが好きなんだろう…。プロレスは芸術だからじゃないかな。勝敗から何かすべてを超越して心に訴えかけてくる。そんなスポーツなかなかないですよ。プロレスは時代と共に形は変わっていきますが、絶対になくならないと思います。 
 
──これでインタビューは以上です。NAOKIさん、今回のインタビューにご協力していただきありがとうございました。NAOKIさんの今後のご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。 
 
  
NAOKIさん こちらこそ本当にありがとうございました。 
 
 
【編集後記】 
 
 LOVE PSYCHEDELICO NAOKIさんのインタビューは4時間半に及ぶロングラン。NAOKIさんは「人生で一番長くプロレスについて話した」と笑っていました。   
私も今までさまざまな皆さんにプロレスをテーマにしたインタビューの中でもトップクラスに入るかなり濃密な内容でした。 
 
NAOKIさんのすごいところは、プロレスラーでもないのに「攻防の細部」をここまで正確に語れること。 受け身の角度、肘の位置、ナックルの軌道、リングの空間の使い方…ここまで細かく語れるプロレスファンはそういないのではないでしょうか。 
 
今回の対話で一番興味深かったのはアメリカンプロレスへの回帰の話。  多くのファンは猪木→新日本→UWF→格闘技路線という一本道を歩んでいく中で  NAOKIさんは猪木を極めた先に「やっぱりNWA・AWAに戻らなきゃダメだ」と気づいたそうです。  
 
ケリー・フォン・エリックのナックル一発でリングが動く美しさ、ダスティ・ローデスのステップ、リック・フレアのチョップのタイミング――   
それらが「完成形」だと断言する視点は、音楽家としてのリズム感と重なる部分があって、非常に納得しました。 
 
もう一つ驚いたのは「試合結果予報」の精度だ。   
武藤敬司の最後のタイトルツアー、2025年ノア武道館の清宮海斗VSOZAWA。 どちらもピンポイントで当てた。   
 
「試合結果を見ていると、団体のベクトルが読める」というのは天気図を読む気象予報士の域で、  プロレスファンの新しい楽しみ方を提示された気がします。 
 
 
最後に聞いた「プロレスとは?」への答えは、NAOKIさんらしいプロレスに対するリスペクトが詰まっています。 
 
「音楽は空気みたいに常に横にある。でもプロレスだけは、自分からつかみにいきたいものなんだ」 
 
欲がないと言い切る人が、唯一欲をかくもの。   
それがプロレス。   
それが芸術。 
 
 
 
NAOKIさんのプロレス愛に満ちた言葉には、我々プロレスファンが新鮮に感じる数々の氣づきがあったのではないでしょうか。   
 
NAOKIさん、今回のインタビューにご協力いただき本当にありがとうございました。 
 
 
 
(私とプロレス LOVE PSYCHEDELICO NAOKIさんの場合・完) 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 ジャスト日本です。

 

プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。

 

 

かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。

 

プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。

 

プロレスとは何か?

その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。

 

そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。

 

有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。

 

それが「私とプロレス」です。

 

 

 
 
今回のゲストは今年でデビュー25周年を迎えたロックユニット・LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKIさんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 (画像は本人提供です)
 
 NAOKI (LOVE PSYCHEDELICO)
 
2000年4月21日、シングル『LADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~』でデビュー。2001年1月に発表された1stアルバム『THE GREATEST HITS』は200万枚、翌年2002年1月に発表された「LOVE PSYCHEDELIC ORCHESTRA」も100万枚を超え、2作連続ミリオンとなる驚異的なセールスを記録。
 
NAOKIの卓越したギターテクニックとKUMIのヴォーカルスタイルが、印象的なリフ、日本語と英語が自由に行き交う歌詞によって、LOVE PSYCHEDELICO独自の音楽スタイルを確立している。
 
2025年にデビュー25周年を迎え、全12公演の全国ツアー25th Anniversary Tourを開催。
 
 
 
【プロモーション情報】 
 
 
 
全12公演全国ツアー「LOVE PSYCHEDELICO 25th Anniversary Tour」開催!
 
2026年1月10日(土)よりチケット一般発売スタート。
 
 
 
2026年
 
2月28日(土) 東京都 江戸川区総合文化センター
 
15:00 開場 / 16:00 開演
 
 3月6日(金) 東京都 人見記念講堂
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 3月8日(日) 高知県 高知県立県民文化ホール オレンジホール 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
3月22日(日) 北海道 札幌市教育文化会館 大ホール
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 3月28日(土) 広島県 広島JMSアステールプラザ 大ホール 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
3月29日(日) 福岡県 国際会議場 メインホール
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
3月31日(火) 静岡県 静岡市清水文化会館 マリナート大ホール
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月3日(金) 大阪府 フェスティバルホール
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月10日(金) 宮城県 トークネットホール仙台(仙台市民会館) 大ホール 
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月17日(金) 富山県 富山県民会館
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月19日(日) 愛知県 岡谷鋼機名古屋公会堂 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
4月22日(水) 東京都 LINECUBE SHIBUYA 
 
17:30 開場 / 18:30 開演
 
 
<チケット>
 
前売チケット料金 全席指定 ¥7,700(税込)
 
※未就学児入場不可
 
一般発売日:2026年1月10日(土)
 
https://l-tike.com/lovepsychedelico/

 

 

 

 
LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKIさんは、 1973年7月21日に静岡県で生まれ。2000年にデビューし、1stアルバムで200万枚を売り上げたバンドの屋台骨でありながら、実はXでは誰よりも鋭く、誰よりも深くプロレスについて投稿してきました。  
 
NAOKIさんのプロレス観戦記ポストには「noteで書いてもおかしくない濃厚な観戦記」「プロレスについて素人な私が読んでも、感動と熱い思いが伝わる」「文章も凄く伝わりやすくて素晴らし過ぎる。目線もプロの目線と同じファンの目線の両方があって面白かった」と反響を呼んでいます。 
 
また清野茂樹さんのYouTube出演時にもNAOKIさんのプロレス愛とマニアぶりが炸裂しています 
 
 

 

 
 

https://youtu.be/-5PFRNsyZbU?si=4jsC8RcIvgpFZvh8

 

 

 

 

 
 

 

 
 
2025年秋、4時間30分に及ぶインタビューは、まるで一夜限りの名勝負でした。  
 
 
NAOKIさんのプロレス論に共鳴。特にアントニオ猪木論とアメリカンプロレス論が唸りました。また清宮海斗選手に対するNAOKIさんの愛情とリスペクトが印象的でした。
 
これはプロレスに限ったことではありませんが、インタビューを続けていくと、感動する話し手に出会うことがあります。知識、哲学、芸術性、批評精神、愛情などあらゆる視点を用いたLOVE PSYCHEDELICOのNAOKIさんのプロレス論は素晴らしかった。昔と今のプロレス双方を愛する生粋のプロレス者が音楽業界で活躍されていることが心底、嬉しかったです。
 
 
第3回ではNAOKIさんが敬愛する武藤敬司さん、リック・フレアー、藤波辰爾選手、清宮海斗選手について語ってくださいました。 
 
 
是非ご覧ください。 
 
 

 

私とプロレス LOVE PSYCHEDELICO NAOKIさんの場合 
第3回「彼らのマナー」 
 

 

武藤敬司さんの魅力 
 
 
──ここでNAOKIさんの好きなプロレスラー・武藤敬司さんの魅力について語っていただいてもよろしいですか。 
 
NAOKIさん 実は武藤さんの試合はデビューから引退まで現存する全ての映像を見ているんです。やっぱり武藤さんと言えば、二度目の凱旋試合となった1990年4月27日新日本・東京ベイNKホール大会で行われたマサ斎藤&橋本真也VS武藤敬司&蝶野正洋のIWGPタッグ戦。あの試合から日本のプロレス界は大きく変わったと思うんです。 
 
──興味深いお考えですね! 
 
NAOKIさん もちろん武藤さんが一人で変えたというわけではありませんが、でも武藤さんがいなければ今の日本のプロレスはこのような形になっていなかった。武藤さん、あとエンターテインメントプロレスのパイオニアである冬木弘道さんは日本プロレス界の特異点みたいな存在だと思うんです。とにかく武藤さんがアメリカから帰ってきた瞬間から日本プロレス界は変わりました。 
 
──同感です。 
 
NAOKIさん 武藤さんの魅力を技術視点で語ると、NWAでトップを取っていた頃のグレート・ムタの受け身を今、見るとヤバいですよね。それまでの日本プロレス界は攻撃する側ばかりにファンの目線が集まってたんですけど、武藤さん凱旋以降に受け身の美しさや技術、いわゆるやられっぷりにもファンの目がいくようになった気がするんです。DDTを受ける時の武藤さんが脳天から突っこんで一瞬倒立状態になる独特の受け身の取り方は内藤哲也選手に受け継がれていったり。 
 
 
──確かに! 
 
NAOKIさん 閃きという観点で見れば団体は違えど丸藤正道選手にも武藤イズムの重要な部分が受け継がれてきたようにも僕は勝手に思ってますし。ただ、お二人の共通項を閃きとか天才という言葉で片付けるのは我々が素人だからであって、きっと観客の意表を突く技に入る前のギアチェンジなのか、スピード感なのか、お二人に共通する確固たる技術が本当は存在してるんだと思いますよ。とは言え、丸藤選手もやっぱり一言で言うなら天才だと思います(笑)。 
 
あと武藤さんの話に戻すと、技と技を繋ぐ間の取り方も独特で。今のプロレスラーの試合を見ても、武藤さんを意識した間の取り方をする方が多いですよね。技をかけたあと起き上がって片膝でひと呼吸とか、ギアチェンジ前のインターバルで指先でタクトを取る感じとか。そういうプロレスの所作や間など、幅広い楽しみ方を我々素人にも提示してくれたのが武藤さんの功績なんですよ。少なくとも僕らの世代に「猪木、勝ってくれ!」「鶴田、タイトル獲ってくれ!」だけではないプロレスの味わい方を教えてくれたのは武藤さんだと思います。 
 
 
武藤さんはプロデューサーになるよりも、プレイヤーの方が輝く 
 
 
──そう考えると武藤さんは日本プロレスの変革者ですね。 
 
 
NAOKIさん 1995年10月9日の高田延彦戦での武藤さんの入場シーンに猪木さんが怒ったという話があるじゃないですか。 
 
──武藤さんは入場時にステージで両手を広げ、腰に巻いたIWGPベルトを誇示したパフォーマンスに、猪木さんが不快感を露わにしたと言われています。 
 
 
NAOKIさん 猪木さんの考えるプロレス観は分かるんですけど、僕らの世代は武藤さんの気持ちも理解できるわけですよ。団体対抗戦の緊迫感がある中で武藤さんは敢えて威風堂々と自分のプロレスにプライドを持って手を広げて入場してくるという意地を見せてくれた。猪木さんには申し訳ないですけど、あれは逆にカッコ良かったですよ。猪木さんは偉大ですけど、武藤さんも偉大なんですよ。ちゃんとさまざまな方向にアンテナを立てながらプロレスを肉体表現していたところは本当に素敵だなと。 
 
──その通りですね。 
 
NAOKIさん 武藤さんの魅力は猪木さんとは真逆で、いや、もしかしたら誰よりも似てるのかもしれないな、入場から試合、退場までというプロレスの中で世界を作る人なんですよね。だから語れる魅力が多すぎるんですよ(笑)。あと20代でも30代でも40代でも50代でも、引退試合でもいつの時代でも武藤さんは別格でした。どの年代でも時代とご自身をアジャストしながら名勝負を残してきましたからね。むしろ膝が言うことをきかなくなってきた1999年のnWo時代とか逆に凄玉感あって名勝負連発してたし、晩年ついに飛ばなくなった2021年2月12日・ノア・日本武道館大会の潮崎豪戦はもう素晴らしすぎて50回くらい見るほど大好きですよ。 
 
 
 
──本当に素晴らしい試合でした。東スポプロレス大賞ベストバウトを獲得していますね。 
 
NAOKIさん ノアに来てから武藤さんの活躍は凄かったですよね。個人的に思うのは武藤さんはプロデューサーになるよりも、プレイヤーの方が輝くような気がするんです。使うよりも使われる側。新日本にいた時に無理難題を与えられてそれをメインイベントでクリアして最高の作品を作り上げていく姿がカッコよく見えましたね。 
 
──武藤さんは運営する側よりも運営される側がいいわけですね。 
 
NAOKIさん そうなんですよ。全日本以降、スターを生み出さなきゃいけない立場になって、相手を光らせようと武藤さんが相手選手の目線まで降りてきて動いているのを見たりすると「ちょっと違うな」と思ったものです。だから最後が自分の団体ではなくノアでよかったです。 
 
 
──新日本にいるときの武藤さんは籠の中にいる鳥みたいで、組織にいながら自由を求めていたのがよかったのかもしれません。 
 
NAOKIさん その通りです!2008年4月27日の新日本・大阪府立体育会館大会で当時全日本プロレスの社長だった武藤さんが中邑真輔選手が持つIWGP王座に挑戦したじゃないですか。みんな武藤さんが負けると思っていた中で勝って、その姿が全日本でベルトを持っている時よりも輝いて見えたんですよ。だから武藤さんの場合は全部が自由にできる場所だと、輝いてはいても、なんかヒリヒリしないんですよね。武藤さんには申し訳ないですけど、会社やマッチメイクに不満を持っていながらそれを口にせず凄い試合しちゃう武藤敬司がカッコいいんです(笑)。ノアではマッチメイクされる側に戻って、シングルリーグ戦に出たり、タイトルマッチをやったりして最高の作品を残して喋らずに帰るという一番、武藤さんらしい数年だったんじゃないですか。最後がノアで本当に良かったと思います。 
 
──確かにそうですね。 
 
NAOKIさん 僕は武藤さんの好きな試合はたくさんありますよ。一番好きなのは1995年8月13日・新日本・両国国技館で行われたリック・フレアー戦ですね。 
 
 
──G1CLIMAX公式戦ですね。 
 
NAOKIさん 全日本時代からずっと見てきたフレアーがようやく日本でもアメリカのままのフレアーでいられた試合です。日本のリングであんなにナチュラルなリック・フレアーが見れたのは後にも先にも、1995年の武藤戦だけです。アメリカから来たスターを演じていたり、日本のマナーに合わせてプロレスをやっていた印象がずっとあったんですよ。 
 
 
──確かに! 
 
NAOKIさん あの日の武藤戦だけは「こんなにナチュラルだったんだな」「やっとネイチャーボーイと呼ばれる意味が分かった」  と感じましたね。 
 
──出血した武藤さんの額をナックル連発とニードロップでさらに大流血に追い込むんですよね。 
 
NAOKIさん フレアーの「Oh! No!!」に対して、大流血のおどろおどろしい武藤さんが拳を握って詰め寄る間の自然なこと!あの間こそ、アメリカンプロレスなんです! 
 
 
──1995年の武藤VSフレアーは、スティングVSフレアーに近い試合でしたね。途中から武藤さんがスティングに見えてきましたよ(笑)。 
 
NAOKIさん 武藤戦だけフレアーが本当にイキイキしていました。あと天龍源一郎さんとのIWGP戦(1999年5月3日・新日本・福岡国際センター&1999年12月10日・新日本・大阪府立体育会館)もよかったんですよ。全日本でも何度もやりましたけど、どれも良い試合でした。 
 
──天龍さんは武藤さんと同じくアメリカンプロレスのエッセンスがある方なので、二人は試合で噛み合うんですよ。全日本はアメリカンプロレスのリズムなので、武藤さんには合いますから。 
 
NAOKIさん そうなんです。アメリカンプロレスと言えば、当時の新日本の選手はアメリカンプロレスのナックルの受けがあまり慣れていない方が多かったんですけど、武藤さんと蝶野さんはナックルの攻めも受けも巧かったですね。武藤さんは蝶野さんとの対戦するときは自然と試合のリズムが変わってましたからね。ああいうのを”手が合う”って言うんでしょうね。 
 
──武藤さんと蝶野さんは闘っても組んでも合うますし、盟友同士であり最高の好敵手ですよね。実際に武藤さんは2023年2月21日・ノア・東京ドーム大会で内藤哲也選手を相手に引退試合を行いますが、最後に武藤さんが闘ったのは蝶野さんでした。 
 
NAOKIさん あれは泣きましたね…。最高の名勝負でした。 
 
 
リック・フレアーの魅力 
 
 
 
 
──ありがとうございます。ここで好きなプロレスラーであるリック・フレアーの魅力について語ってください。 
 
 
NAOKIさん フレアーはそんなに背がデカいわけでもないし、ルー・テーズのような攻撃性があるわけじゃないけど、どんなレスラーと対戦しても必ずフレアーのリズムとテンポで試合が進んでいくんですよ。 
 
 
──確かに! 
 
NAOKIさん 様々なタイプの相手のあらゆる打撃を彼のスタイルを崩さず受け止めたり、逆さに落とされることがあっても角度を持って受け流す技術だったり、リングの落ち方とかひとつ取ってもフレアーは魅力が溢れているんです。リングの落ち方だけでも場外への落ち方、トップロープから下への落ち方、リング内への落ち方とかさまざまなパターンはありますが、そこに独特のムーブを持っているレスラーが僕は好きなんですよ。 
 
──それはマニアックですね(笑)。 
 
NAOKIさん 日本だと清宮選手が色々なリングの落ち方をやるんで大好きなんですけど(笑)。フレアーのすべての所作にオリジナリティがあるんですよ。デットリードライブ受け、ショルダースルー受けは名人芸ですから。昭和の新日本で育った我々世代はちょっと気づきが遅れたところがあって、大人になってからアメリカンプロレスが好きになるじゃないですか。すると受け方やリングの落ち方といった技術を持つレスラーに惚れるようになるんです。 
 
──大人になって分かるアメリカンプロレスの偉大さですね! 
 
NAOKIさん フレアーについて考えるとやっぱりバーン・ガニアの凄さに気づくんですよね。フレアーのライバルとしても活躍したリッキー・スティムボートですが、二人は試合のスタイルが違って見えますけど、受けた技の対処とか何かと共通項が多いんです。これは同じテリトリーにいる時間が長かったこともありますけど、両者ともバーン・ガニア・レスリングキャンプ出身だということも大きいと思いますよ。 
 
 
藤波辰爾選手の魅力 

 

──では好きなプロレスラー・藤波辰爾さんの魅力について語っていただいてもよろしいですか。 
 
NAOKIさん 藤波さんの魅力は小気味いい足のステップですね。つま先で歩いてバタバタしていなくて、忍者が水面を歩くような感じなんですよ。ロックアップから腕の取り合いといった序盤の攻防は音がしない。そこに藤波さんの魅力が詰まっているような気がします。 
 
──素晴らしい見方ですね! 
 
NAOKIさん 藤波さんはあくまでも自分が信じたレスリングをやっているだけで、周囲に渋い試合をしてやろうなんて思っていないんですよ。すごく正直な心情が藤波さんの試合の組み立てには出ていて好きですね。他のレスラーで序盤にグラウンドをやると「今回はグラウンドから入ったね」という意図が見えますけど、藤波さんが序盤にグラウンドに行くのは、意図も何もなく、それが藤波さんの生き方なんですよ。 
 
 
──藤波さんの所作は綺麗ですよね。 
 
NAOKIさん そうなんですよ。あのステップがすべてを物語ってますよ。藤波さんの魅力は巧さと強さとリズム感なんです。そして彼のレスリングにはすごく闘いがありますよね。 
 
 
藤波さんのプロレスから”侘び寂び(わびさび)”を感じる 
 

 
──藤波さんといえば、前田日明戦や橋本真也戦で受けの凄さがクローズアップされましたが、レスリングの凄さには光を当てるべきかもしれません。 
 
NAOKIさん 特にジュニアヘビー級時代の試合を見ると余計に感じます。昭和プロレスって、技術論よりも感情論だったじゃないですか。だからあまりクローズアップはされてなかったですけど、今見ると若い頃から藤波さんは凄い細かいレスリング技術を持って試合をされていました。他団体から来た選手に対しては特に厳しかったです。うつ伏せで首や頭部を腕で頑なにブロックしている相手に対して拳を頬にグリグリねじ込んで強引にヘッドロックやスリーパーにもっていくシーンとか見ると、美しさの中に厳しさがちゃんとあるんですよね。それに、あの頃の藤波さんのプロレスから”侘び寂び(わびさび)”を感じるんですよ。 
 
 
 
──”侘び寂び(わびさび)”ですか! 
 
NAOKIさん ジャパニーズレッグロールクラッチホールド、逆さ押さえ込み、回転エビ固め、後方回転エビ固め、高角度前方回転エビ固め、首固めといった藤波さんの丸め込みには、なんと言うかレスリング技術の歴史が詰まっていて、風情を感じてしまうんです。あの手のみんながやる回転式の丸め込み技でも、例えば足首を自分の足でロックした上に爪先を更に手で掴んで足の腱の動きまでしっかり封じてフォールしたりとか、教科書には載らない言い伝えられてきた細かい技術みたいな(笑)、そういうオリジナリティが詰まってる感じがするんですよね。あとドラゴンロケットだって、藤波さんがトぺをやるとルチャリブレには見えないんですよ。 
 
──確かに! 
 
NAOKIさん あの頃のカミソリみたいなドロップキックも他の人たちと所作が全然違うんですよね。ゴッチ道場で磨かれた戦闘術とでも言うべきなのか。軽やかなリズム感と鋭くタイトなレスリングが同居していると言うか。だから一つ一つの技に”侘び寂び(わびさび)”を感じちゃうんですよね。藤波さんは国宝級なんですよ。 
 
──その通りです! 
 
 
NAOKIさん だからドラゴンストップとかあんまり藤波さんをいじっちゃいけないんですよ(笑)。 
 
 
清宮海斗選手の魅力 
 
 
──ありがとうございます。では、ここで好きなプロレスラー・清宮海斗選手の魅力について語っていただいてもよろしいですか。 
 
 
NAOKIさん これは素人意見ですけど、昔のプロレスではスタイルの違う二人が対戦した際には、スピードが遅い方に合わせるしかなかったんです。それが21世紀に入り、いつの間にかルチャリブレの要素やマナーが入ってきたんですよ。タッグマッチでも自分の出番じゃない時はリング下に降りるとか。 
 
──同感です。 
 
NAOKIさん メキシコのエッセンスが入った主流の選手が多くなったことによって、試合のリズムやスピード、マナーも変わってきた気がします。今の日本のプロレスはルチャリブレの要素が入ったことにより柔道でいう前方回転受け身みたいに投げられた瞬間に前に一回転してスタンディングポジションになって技のラリーが続いていくというシーンが当たり前じゃないですか。柔道流の、バンッとマットを叩いて後ろ受け身を取る人とゴロンと回転受け身で臨戦態勢に戻る人だと、当然回転して受け身を取る人の方がスタンディングポジションに行くのが早いんです。後ろ受け身の人は大慌てで立ち上がって、次のラリーに参加しないといけない。 
 
──確かに。 
 
NAOKIさん ミル・マスカラス、初代タイガーマスク、グラン浜田さんもそうですけど、昔のプロレスでは映像を見る限り、相手の間を計算しながらロープに飛んで歩幅を変えずに、ロープに走るスピードを合わせながら技を仕掛けていたように見えるんですよね。それが今の日本のプロレスでは、主流となりつつあるメキシカンスタイルのリズムに皆が合わせていく、例えば石井智宏選手のような真っ向勝負のブルファイターでも、バンッと受け身を取った後に早く慌てて立ち上がらないといけないみたいな感じになって見えるんです。そうやってひとつのスタイルがそのリングのスタンダードマナーになってみんな同じプロレスをやっている傾向はよくない気がします。みんな同じルチャリブレのリズムになってしまっている。 
 
 
──言われてみるとそうですね。 
 
NAOKIさん それが僕にとって見ていてすごく窮屈に感じていました。最近ノアをいっぱい観に行っているのは、今の主流になりつつあるルチャリブレのリズムから解放されているからなんです。特に清宮選手はロープワークをやらせたらメキシカンにも負けないトップスピードを持っていながら、ルチャリブレのリズムには対応しつつも絶対に引っ張られない。どんな相手でも自分が大事にしているレスリング、間を貫いて対処出来るのが彼の魅力なんです。しかもそのベースが僕の好きな古き良きアメリカンプロレスなのがたまらないんですよ。若い選手がアメリカンプロレスのマナーを受け継いで試合で表現している姿を見るとオールドファンとしてすごく嬉しいですね。 
 
 
 
──そうですよね。 
 
NAOKIさん 2023年の新日本G1CLIMAXに清宮選手が出たじゃないですか。1990年代以降生まれの世代では清宮選手が技術では頭一つ抜けていますよね。それでいてエゴがないというところは藤波さんに似ているかも。そういえば清宮選手は棚橋弘至選手とタッグを組んでますね。 
 
 
──2025年10月11日・ノア・両国国技館大会で二人はタッグを組んでいます。対戦相手は丸藤正道&拳王でした、 
 
NAOKIさん 新日本で猪木さんから脈々と受け継がれていく正統派エース路線ってあるじゃないですか。猪木さん、藤波さん、武藤さん、棚橋選手と続く流れを、清宮選手なら継げるのではないかと思うんです。新日原理主義者に怒られそうですけどね(笑)。団体を超えた正統派の系譜。この4人に共通しているのは頭から落とす技を使わないんですね。ドラゴンスープレックスは例外として(笑)。 
 
──清宮選手といえば、2025年10月16日・ノア・後楽園ホール大会でWWE・NXTのチャーリー・デンプシーとシングルマッチやったじゃないですか。 
 
NAOKIさん 最高に良かったですね!あの試合、清宮選手にもチャーリーにも勝負論がちゃんとあるから演舞にならないんです。現代の技がほとんど出ませんでしたけど、終盤に向けた試合の組み立ては現代のプロレスにちゃんとなっているんですね。あれで二人ともまだ20代ですからね。清宮選手は、あの若さでああいう試合から打撃戦まで対応出来る安定感が同世代ではずば抜けてますよ。 
あとノアは巧い選手が多くて、HAYATA選手も素晴らしいですよね。彼とチャーリーのマッチアップも見てみたいですし、Eita選手は元々ハイフライヤーなのに、リック・フレアーのような試合巧者ぶりでアメリカンプロレスのようなリズムの試合もするんです。 
近年のジュニアはEita選手にしても、新日本のヒロム選手、デスペラード選手にしても、むやみに飛ばない 選手がトップを取っていて、ようやくタイガーマスクの呪縛から解放されている感じがいいですよね! 
 

プロレスって強い者が勝つのはそれでいい、でも強い者が偉いわけじゃない 
 

 
 
──そういえばNAOKIさんといえばノア観戦ポストが話題になっていますが、新日本の高橋ヒロムのノア参戦について「ヒロム選手の"現場全員幸せにしてやる精神"て、レコーディング業界のプロデュース業に凄く近くて気持ちがリンクしました。(中略)ヒロム選手のノア参戦って、ゲストと言うより何かプロデューサーみたいだなって思いました。素敵な選手です。レコーディングの話に戻すと(いや、そっちに戻すんか)そんなプロデューサーの手のひらに絶対乗っからない、自分のマナーをちゃんと持ってる天才肌ミュージシャンが、いいバンドには大抵一人紛れ込んでいて、この人だけは、プロデューサーの感性の遥か上を行っちゃうんです。Eita選手ってそんな感じ。触れる前からヒロム選手と対等でしたもんね」と投稿されていましたよね。 
 
 
NAOKIさん 新日本のジュニアには、そういうプロデュースワークの出来るトップがヒロム選手、デスペラード選手と同じ時代に二人もいますよね。層の厚さを感じますよ。Eita選手はそういう大物感たっぷりのレスラーと対峙しても、それがノアのリングだろうときっと海外だろうと、全く飲み込まれない存在感がありますよね。技をあまり出さなくても試合を支配出来る、最近あまりいない貴重なレスラーです。 
この、たまに書いてる僕の長ったらしい(笑)プロレスのポストは一見さんをより深いプロレスに誘うためにそういう回りくどい表現を使っているんですよ(笑)。自分の感性を信じて、自分の角度から、一人でも新しいファンの人がプロレスを見れるようになったらいいなと思っています。 
 
 
──もう十分、その役割は果たしてますよ。 
 
NAOKIさん あとブラックめんそーれ選手が好きなんですよ。割とハードヒットなノアにおいてちゃんと相手の技を受けきってキャラクタープロレスを成立させてるのって技術がいるんです。杉浦貴選手や征矢学選手に混じっても自身のキャラクタープロレスをちゃんとやり切っているめんそーれ選手は凄いですよ。あのスタイルで終盤には必ず相手の得意技を一度キックアウトして勝負論をちゃんとほんのり残してフィニッシュに向かうのがまたいいんです。実際に中盤あたりの彼の試合で会場の空気は変わりますからね。ノア会場での重要な役割を担っている一人だと。プロレスって強い者が勝つのはそれでいい、でも強い者が偉いわけじゃない。 
 
──その通りです。 
 
NAOKIさん 昭和の新日本原理主義者みたいな人がたまにいるけど、あなたたちが好きな猪木さんはドン荒川さんの試合、楽しみにニコニコ見てたわけですよ。プロレスは色々な役割があるけれど、やっぱり技は鍛えてなきゃいけないし、受け身はしっかり取らないといけないし、時には勝負論にギアチェンジしなきゃいけないっていう時に、お客さんの気持ちを置いてけぼりにしない。そのバランス感覚が難しいんです。めんそーれ選手はノアで一番難しいポジションを一手に担っている実は偉大なバイプレーヤーですね。 
 
 
──このインタビューをめんそーれ選手が読んだら感激するんじゃないですか。 
 
NAOKIさん プロレスの魅力って色々あるじゃないですか。イメージとしては魔法使いが光のリボンを観客に投げ入れるとしたら、ふわっと広がるリボンがどこまでも伸びて観客が「これはなんだろう」と興味を引く魅力を持っている人もいれば、リボンの先端が釣り針みたいになっていて、観客の心を鷲掴みに持っていく人もいる。プロレスで一番大切なのは勝負論ですけど、その人にしか持っていない才能や凄さに気づいてクローズアップすることも大事じゃないかなと思います。 
 
(第3回終了) 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 ジャスト日本です。

 

プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。

 

 

かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。

 

プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。

 

プロレスとは何か?

その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。

 

そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。

 

有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。

 

それが「私とプロレス」です。

 

 

 
 
今回のゲストは今年でデビュー25周年を迎えたロックユニット・LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKIさんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 (画像は本人提供です)
 
 NAOKI (LOVE PSYCHEDELICO)
 
2000年4月21日、シングル『LADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~』でデビュー。2001年1月に発表された1stアルバム『THE GREATEST HITS』は200万枚、翌年2002年1月に発表された「LOVE PSYCHEDELIC ORCHESTRA」も100万枚を超え、2作連続ミリオンとなる驚異的なセールスを記録。
 
NAOKIの卓越したギターテクニックとKUMIのヴォーカルスタイルが、印象的なリフ、日本語と英語が自由に行き交う歌詞によって、LOVE PSYCHEDELICO独自の音楽スタイルを確立している。
 
2025年にデビュー25周年を迎え、全12公演の全国ツアー25th Anniversary Tourを開催。
 
 
 
【プロモーション情報】 
 
 
 
全12公演全国ツアー「LOVE PSYCHEDELICO 25th Anniversary Tour」開催!
 
2026年1月10日(土)よりチケット一般発売スタート。
 
 
 
2026年
 
2月28日(土) 東京都 江戸川区総合文化センター
 
15:00 開場 / 16:00 開演
 
 3月6日(金) 東京都 人見記念講堂
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 3月8日(日) 高知県 高知県立県民文化ホール オレンジホール 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
3月22日(日) 北海道 札幌市教育文化会館 大ホール
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 3月28日(土) 広島県 広島JMSアステールプラザ 大ホール 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
3月29日(日) 福岡県 国際会議場 メインホール
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
3月31日(火) 静岡県 静岡市清水文化会館 マリナート大ホール
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月3日(金) 大阪府 フェスティバルホール
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月10日(金) 宮城県 トークネットホール仙台(仙台市民会館) 大ホール 
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月17日(金) 富山県 富山県民会館
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月19日(日) 愛知県 岡谷鋼機名古屋公会堂 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
4月22日(水) 東京都 LINECUBE SHIBUYA 
 
17:30 開場 / 18:30 開演
 
 
<チケット>
 
前売チケット料金 全席指定 ¥7,700(税込)
 
※未就学児入場不可
 
一般発売日:2026年1月10日(土)
 
https://l-tike.com/lovepsychedelico/

 

 

 

 
LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKIさんは、 1973年7月21日に静岡県で生まれ。2000年にデビューし、1stアルバムで200万枚を売り上げたバンドの屋台骨でありながら、実はXでは誰よりも鋭く、誰よりも深くプロレスについて投稿してきました。  
 
NAOKIさんのプロレス観戦記ポストには「noteで書いてもおかしくない濃厚な観戦記」「プロレスについて素人な私が読んでも、感動と熱い思いが伝わる」「文章も凄く伝わりやすくて素晴らし過ぎる。目線もプロの目線と同じファンの目線の両方があって面白かった」と反響を呼んでいます。 
 
また清野茂樹さんのYouTube出演時にもNAOKIさんのプロレス愛とマニアぶりが炸裂しています 
 
 

 

 
 

https://youtu.be/-5PFRNsyZbU?si=4jsC8RcIvgpFZvh8

 

 

 

 

 
 

 

 
 
2025年秋、4時間30分に及ぶインタビューは、まるで一夜限りの名勝負でした。  
 
 
NAOKIさんのプロレス論に共鳴。特にアントニオ猪木論とアメリカンプロレス論が唸りました。また清宮海斗選手に対するNAOKIさんの愛情とリスペクトが印象的でした。
 
これはプロレスに限ったことではありませんが、インタビューを続けていくと、感動する話し手に出会うことがあります。知識、哲学、芸術性、批評精神、愛情などあらゆる視点を用いたLOVE PSYCHEDELICOのNAOKIさんのプロレス論は素晴らしかった。昔と今のプロレス双方を愛する生粋のプロレス者が音楽業界で活躍されていることが心底、嬉しかったです。
 
 

 第2回ではNAOKIさんが古き良きアメリカンプロレスの本質とプロレスリング・ノアへの深い愛、アントニオ猪木論について語り尽くします。 
 
アントニオ猪木さんを敬愛するNAOKIさんは真の意味で猪木プロレスを研究するために、古き良きアメリカンプロレスがルーツだと定め、1970~1980年代のアメリカンプロレスを探求する道を選びました。 
 
是非ご覧ください。 
 
 

 

私とプロレス LOVE PSYCHEDELICO NAOKIさんの場合 
第2回「ルーツ探求」 
 

 
 清宮海斗は古き良きアメリカンプロレスのマナー取り入れている 
 

──2020年2月にノアが巨大企業サイバーエージェントのグループ入りをして、DDT、東京女子プロレスと共にサイバーファイトという運営会社を立ち上げます。サイバーエージェント入りからノアにハマっていった感じですね。 
 
 
NAOKIさん そうですね。今は全然違うんですけど、見始めた頃の僕の好きになった清宮選手はまだちょっとグリーンボーイ的な部分もあったと思うんです。でも彼の細かい所作や受け身、リングの落ち方とか見どころがとにかく多くて追いがいがあるなと。それに今でもそうですが、進化が当時から驚くほど早い。見ていて面白いんですよ。僕は武藤さんや小島聡さんが引退したらプロレス観戦することはなくなるなと思ってましたけど、清宮選手のような1990年代生まれの若者が1970~1980年代のアメリカンプロレスを思い起こさせるマナーを持ってプロレスをしていたのであっという間に心を掴まれましてですね。 
 
──これは最高の褒め言葉じゃないですか。 
 
NAOKIさん 後から知って納得だったんですけど清宮選手は小川良成さんの愛弟子なんですよね。だから小川さんの影響が大きいのかもしれません。僕、小川さんの三沢さんのパートナー時代の試合大好きでしたよ。清宮選手は僕と、下手したら親子くらいの年齢差ですけど、彼のAWAやNWAといった古き良きアメリカンプロレスのマナーを取り入れた試合を見て、「この選手のお陰でこれから先もプロレスを見れそうだな」と思って本当に嬉しかったですね。 
 
 
──確かに清宮選手は小川良成イズムの継承者ですよね。 
 
NAOKIさん そうですね。技術は小川さん譲り、でもそこに彼の感性がエッセンスとして入ってくるから懐古主義にならないんですよね。不思議な魅力の選手です。 
 
 
 
アントニオ猪木はアメリカンプロレスを日本人に感情移入できる形に変えた 
 
 
──以前、清野茂樹さんのYouTubeに出られた時に「清宮選手は最近、ナックルを使っている」と話されてましたよね。あれはめちゃくちゃマニアックだなと思いましたよ(笑)。 
 
 
NAOKIさん 今の日本のリングでアメリカンナックルを取り入れる選手は貴重です。 
これは僕が大好きなNWAやAWAの話になりますし、私論なんです。が、大人になってプロレスを勉強してきて感じることは、誰が何を言おうともプロレスというのはヨーロピアンプロレスという格闘芸術のマナーがアメリカで完成して、ビジネスとして成立したのが今のプロレスだと思うんです。私論ですけど、そう考えてます。1970~1980年初頭までにはプロレスリングというのもはいったんアメリカで完成しているんです。そのマナーが完成したアメリカンプロレスという土台があった上での新日本プロレスという文化があるんです。 
特に80年代の新日本はそのカウンターカルチャーと言ってもいいかもしれない。 
 
──はい、確かに。 
 
 
NAOKIさん  実は猪木さんすごくアメリカンプロレスに精通しているし、研究した上で日本人にアメリカンプロレスを分かりやすく感情移入ができる方法のヒントとして師匠・力道山さんの「闘魂」をリングに取り入れたのかなと思うんです。敢えて言うなら、アメリカンプロレスというスタンダードがあって、そこから派生した文化が実は新日本ではないでしょうか。新日原理主義者に怒られそうですけど(笑)。 
アメリカンプロレスを否定している言動はしていても実はアメリカンプロレスが大好きなのが猪木さんなんですよ。 
 
 
 
──猪木さんとタイガー・ジェット・シンの抗争は完全にアメリカンプロレスですからね。 
 
 
NAOKIさん   そうですよね。その中で日本の武士道精神を表現するには道場の鍛錬、スパーリングが必要不可欠で、道場論を用いてアメリカンプロレスをモチーフにした創作和食として新日本プロレスを大きくしていったのかなと思います。壮大な私論ですけどね(笑)。猪木さんは天才ですよ。アメリカンプロレスを身につけて、格闘技術も備えている。アメリカンプロレスと武士道精神を一緒にリングで表現できちゃうんですけど、これは誰にも真似できない唯一無二のスタイルなんですね。 
 
──その通りです。 
 
NAOKIさん   猪木さんのお弟子さんたちの中には、その中の格闘技の部分だけを追い求めて猪木イズムを継承したと評される方も多いんですが、そう捉えがちな我々はすでにズレてるんです。アントニオ猪木というのはもっと広義なんです。これは音楽の話になりますが、プログレッシブ・ロックってあるじゃないですか。ピンク・フロイド、キング・クリムゾン、イエスが有名ですけど。 
 
 
 
──プログレッシブ・ロックは1960年代後半のイギリスに登場したロックのジャンルの1つで、進歩的、革新的なロックという意味です。 
 
NAOKIさん    そうです。音楽には4分の4拍子がスタンダードというのが無意識にリスナーとしてはあるわけじゃないですか。ワン、ツー、スリー、フォーって。なのに次の小節で不意に4分の3でストンと切れたりすると「あれ?」ってドキッとするんです。意外性に富んだヒリヒリした感じの連続がプログレッシブ・ロックの魅力なんですけど、昔の新日本の面白さはその世界観に近いと思うんです。プログレッシブという革新的なロックをやるにはスタンダードを理解しないといけない。新日本のストロングスタイルもアメリカンプロレスというスタンダードを骨の髄まで理解していた猪木さんが創設者だから成立していたのかなと思います。 
 
 
──なるほど。 
 
NAOKIさん 1978年2月8日・日本武道館で行われたアントニオ猪木VS上田馬之助の釘板デスマッチはどちらかがリング下にある釘板に落ちるのか、落ちないのかがテーマでしたが、結果的には両選手共に落ちませんでした。これはプロレスは残酷ショーではないので、落ちなくてよかった。でもリング外に釘板があるからこそ、リング内の空間の使い方が変わるし、異空間を生み出す面白さがあの釘板デスマッチにはあったのかなと思いますよ。要は、リング内のスタンダードなマナーが変化したんですね。 
 
 
──確かにそうですね。 
 
NAOKIさん 猪木さんの異種格闘技戦シリーズもそうです。普段の試合でマウスピースをしない人がマウスピースをするとドキドキしませんか? 
 
 
──同感です。 
 
NAOKIさん 新日本を退団してPRIDEに参戦して外敵として新日本に帰ってきた藤田和之さんが試合でニヤッと笑うと黒いマウスピースとか見えると怖くてカッコいいじゃないですか。あれも新日本のリングにとって非日常の風景だったからだと思うんですよ。だから普段のプロレスではなかなか見れない緊張感や殺伐感が見れる異種格闘技戦は面白かったんですよ。 
 
 
──今の話は腑に落ちましたよ。新日本プロレスがオリジナルと言いつつ、実はアメリカンプロレスのスタンダードの上でオリジナルを作ったということなんですよね。 
 
NAOKIさん  そうなんですよ! 
 
 
 
アメリカンプロレスを探求するとダスティ・ローデスのカッコよさに気づく 
 
 
 
──素晴らしい意見だと思います。 
 
 
NAOKIさん あと昭和の新日本プロレスは試合の組み立てとしてはロープワークすごい少ないんですよね。これはアメリカンプロレスを輸入してきて、猪木さんが格闘芸術としてのスタイルにアレンジしていく中で、猪木さんが考えるセンスの観点で、リアリティという意味でロープワークがはじかれていったのかなと。 
 
──猪木さんは結構ロープを振るんですけど、ロープワークとなると少し違うんですね。 
 
NAOKIさん そこら辺が新日本の面白いところだとは思うんですよね。猪木さんはロープワークを否定するのではなく、使うタイミングにリアリティを失わない独特の機微があった。そういう感性に触れて、僕の場合は新日本や猪木さんを好きになればなるとほど、源流であるアメリカンプロレスに回帰していくようになったんです。猪木さんの試合を見てプロレスのいろはを教わった我々であるからこそ、猪木信者のまま人生を終えるのではなく、猪木さんのルーツであるアメリカンプロレスを探求していこうと思って勉強するようになりました。 
 
 
なぜ、アメリカンプロレスのナックルがカッコいいのか。 
 
 
──素晴らしいですね! 
 
NAOKIさん アメリカンプロレスを勉強すると、子供の頃には新日本にかぶれてダスティ・ローデスのカッコよさが分からなかったけど、今更ですが掘り下げていくとローデスの魅力に気づくんですね。アメリカンプロレスではナックルができないと試合にならないんですよ。 
 
 
──ナックルを中心に試合を組み立てていくのがアメリカンプロレスという印象はありますよね。 
 
NAOKIさん 2000年代に入ってからリング中央でのエルボーやチョップ、張り手のラリー合戦みたいな試合が目立つようになったじゃないですか。小橋建太VS佐々木健介(2005年7月18日・東京ドーム/プロレスリングノア)のチョップ合戦、秋山準VS鈴木みのる(2006年3月5日・日本武道館/プロレスリングノア)とか。新しかったですし、あのような流れが始まった頃は面白かったのかもしれません。 
 
 
──確かにそうですね。 
 
NAOKIさん でもそういう既存の打撃ラリーが当たり前になってきて、試合の組み立てのひとつとして横行しているのが現在だと思うんです。特に僕はエルボーラリーが苦手なんですよ。別にエルボーラリーをやっていて好きな選手もたくさんいますけど、プロレスの技術としてエルボーラリーという試合の組み立ては好みではないんです。 
 
 
──それはどうしてですか? 
 
NAOKIさん リングサイドで試合を見ていて、エルボーラリーになるとリング中央で動かないから、ずっと一点を見ている感じがするからです。あの光景に慣れるとラリーが終わるのを待っちゃう。プロレスを見に行って、序盤のグラウンドはいいんだけど、そのあと試合がギアチェンジして、ロープに振られたレスラーを目で追いかけた、トップロープに登ったレスラーを見上げた、とか縦や横、斜めの動きがあるからこそ面白いんです。でも終盤にリング中央に戻ってお互いに立ち尽くしてエルボーラリーとかやっちゃうと感情的にどうしようもなく乗れなくなるというか…。 
 
 
──なるほど。 
 
NAOKIさん なぜ、アメリカンプロレスのナックルがカッコいいのか。例えばケリー・フォン・エリックのナックルは美しいんですよ。円盤投げみたいに一回右手を思いっきり後ろに伸ばして殴るのですが、一発ナックルを打つだけで赤コーナーから青コーナーまで移動しちゃうくらいリングを目一杯使うのがケリーに代表されるアメリカンナックルの醍醐味だと思うんです。打った後に一回転してナックルするディスカス・パンチとか。もうナックルの打ち合いを2回やると赤コーナーでもみ合っていた二人が青コーナーにいるので、ナックルだけでリングを広く使う。これは芸術ですよ。 
 
──同感です!ケリーといえばディスカス・パンチとタイガークローですからね。 
 
NAOKIさん アメリカンプロレスにおいてナックルのリズムは試合の組み立てにおいて重要なんですよ。 
 
 
──お客さんとの調和にナックルは重要なんですよね。例えばコーナーに上がって相手にナックルを10連発見舞う時にお客さんがカウントするのも。ナックルはアメリカンプロレスのコミュニケーションツールになっているような気がします。 
 
NAOKIさん  ケリーもそうですし、ダスティ・ローデスのナックルもカッコいいんです。ダスティのナックルは相手の周りをステップしながらナックルして、最後にバイオニックエルボーで締めるというのが定番ですよね。ナックルのムーヴって現代のエルボーラリーと違って選手がリング上で止まっている感じにならないじゃないですか。これはプロレスには凄く重要な気がするんですよ。 
 
 
──確かにそうですね! 
 
NAOKIさん 今、ノアでは清宮選手以外にもナックルを使うレスラーが増えていて、海外遠征前のオオワダサン(大和田侑/現・KOUGA)がヒールになってから新人ながらナックルをやるようになっていたし、マサ北宮選手もヒールになってから美しいナックルを組み立ての中で多用しています。もしかしたらノア内でちょっとしたナックル革命が起こっているかもしれませんね(笑)。最初は誰か1人が使い始めたナックルがリングに波及していく。いやここまで来ると僕のただの妄想になっちゃいますけど、プロレスってそういう面白いことがもしかしたらリング上でいっぱい起きてるのかもしれませんね。 
 
 
──それって小川良成さんの影響があるんですか?小川さんもナックルが巧かったと思います。 
 
NAOKIさん 小川さんはナックルが上手でしたね。正面に向いている相手の首筋にやってました。日本のリングは反則とられるのが早いので、試合の中で印象的に上手くナックルを使ってたのは小川さん、猪木さん、蝶野さんくらいで使い手少なかったですよね。武藤さんも海外ではナックル多用してるんですけど独特のムーヴがカッコいいです。あとWWEではトリプルHがナックル巧者で、凄くカッコよくて速いんですよ。 
 
 
 
今でもWCCWの試合を見ている 
 
 
 
──トリプルHはプロレス研究者ですよね! 
 
NAOKIさん ザ・グレート・カブキさんもナックル、アッパーブローが絶品ですね。僕はWCCWが大好きなんですよ! 
 
 
──これまたマニアックなワードが出てきましたね!フリック・フォン・エリック一家の団体ですね。エリックの息子たち(ケビン、ケリー、デビッドなど)をエースで、ブルーザー・ブロディがエリックファミリーの助っ人となり、ヒールではザ・グレート・カブキ、ファビュラス・フリーバーズ、ジノ・ヘルナンデスらが活躍。NWA世界ヘビー級王者のハーリー・レイスやリック・フレアー、アンドレ・ザ・ジャイアントも招聘して北米有数の繁栄テリトリーとなったのがWCCW。最終的には1989年にテネシー州のCWAと合併してUSWAとなっていくんですよね。 
 
NAOKIさん 今もよくWCCWの試合をよく見てますよ。フリック・フォン・エリックとカブキさんの抗争が最高に面白くて、食い入るように何度も観てます。エリックが殴る蹴る、ボディスラム、アイアンクローだけ、カブキさんはトラースキックとアッパーブローしかやらないんですよ(笑)。 
 
 
 
──ハハハ(笑)。 
 
NAOKIさん WCCW時代のカブキさんが凄いですよ。キレッキレです。カブキさんのトラースキックは蹴った後に自身の顔の表情を髪の毛をフィルターにして隠すのが妖しい感じがしてカッコいいんです。カブキさんの所作が好きで、トラースキックは打った後にすぐ足を引いているんですよね。あの打ったあとの一瞬の静けさと怪しさがたまらないです。アッパーブローもそうですよね。  
 
 
──かなりマニアックな着眼点ですね! 
 
NAOKIさん 凄い高等技術でカブキさんはトラースキックをやっているんです。WCCWは1986年にNWAから脱退してWCWAと団体名を変えるんですけど、僕はWCCWの方が好きでしたね。 
 
 
 
AWAの魅力 
 
 
──NAOKIさんはAWAが好きなプロレス団体として挙げてましたが、AWAの魅力について語っていただいてもよろしいですか。 
 
 
NAOKIさん 今見ると最高に面白い団体ですよ。僕はニック・ボックウィンクルの試合が好きなんです。 
 
──ニックさんですか! 
 
NAOKIさん 典型的なヒールチャンプで、執拗にずっとキーロックをやったりとか派手な技をほとんど使わないのに、20分以上の試合でも全然飽きないのが素晴らしいんです。逆にニックがずっと逃げても逃げてもキーロックに捕まるような典型的なヒールの試合もあったりするんですけど、ずっと攻撃せずにロープブレイク繰り返しながら受けっぱなしみたいな試合があって、「これ、どうやって終わらせるかな」と固唾を飲んで見ていたら、最後の最後に急にマネージャーのボビー・ヒーナンが出てきて反則負けで終わったんですよ(笑)。そうか、こういう締め方も昔はあったよなって懐かしくなっちゃって(笑)。 
 
 
 
──ハハハ(笑)。ニックさんらしいエピソードですね。 
 
NAOKIさん ニックの所作は凄い綺麗ですよね。NWAとAWAを比較すると、NWAは様々な地域のプロモーターが集まって、共通の王者を作って各テリトリーをスター選手がサーキットしていくんですけど、AWAはバーン・ガニアのプロモーションが直接サーカスみたいに回っているんですよね。なのでNWAに比べるとリング上は団体のカラーがしっかりあります。それにガニアはオリンピック選手でレスリングで実績を作ったアスリートじゃないですか。 
 
──確かに! 
 
NAOKIさん AWAはレスリングではガニア、バロン・フォン・ラシク、ラーズ・アンダーソン、クリス・テイラー、ブラッド・レイガンズがいて、重量挙げではケン・パテラとオリンピック選手が多いんですよ。アスリート性の高い本物のレスリングをガニアはAWAでやりたかったんじゃないかな。ガニアは1970年代に団体内に自前の道場「バーン・ガニア・キャンプ」を開設しているんですよね。 
  
 
──当時のアメリカンプロレスで団体で自前の道場を持つのは異例だったんですよね。 
 
NAOKIさん これ結構アメリカンプロレスの歴史のキーポイントだと思うんですよね。コーチはビル・ロビンソンとアイアン・シーク(当時はコシロ・バジリ)が務めていて、後のNWAのスター選手となるリック・フレアー、もリッキー・スティムボート、サージェント・スローターも実はこのガニア道場から巣立った選手たちなんですよね。 
 
 ──1970年代にアメリカでデビューした選手たちの多くがガニア道場出身者ですね。 
 
NAOKIさん だってハルク・ホーガンもアンドレ・ザ・ジャイアント、も最初jはAWAからブレイクしていますから。AWAで基礎を学んでから他のテリトリーで大物になっていくんですよ。そう考えると我々が好きなアメリカンプロレスのトップスターが備えている基礎はバーン・ガニアから派生しているものが大きいような気がします。 
 
 ──同感です! 
 
NAOKIさん ガニア道場出身者はビル・ロビンソンのコーチを受けているので、我々日本人が好きなアメリカンプロレスにおけるリング上のマナーってあるじゃないですか。そこをこうやって辿っていくと我々日本人の好きなアメリカンプロレスって、バーン・ガニアやビル・ロビンソンも繋がっていくんです。そう考えるとバーン・ガニアはプロレスを発展させた大切なキーパーソンのような気がします。 
 
 
 
アントニオ猪木とルー・テーズ 
 
  
──その通りです。 
 
NAOKIさん ただアントニオ猪木さんのプロレスがガニアからかというとそうではなくて、そこはルー・テーズじゃないかなと。猪木さんのあらゆる所作を見てくださいよ、テーズにそっくりなんですよ。 
 
 
 ──確かに! 
 
NAOKIさん 猪木さんがグラウンドをやってからお互いに立ち上がった時に、「いつでもいくぜ!」と拳を構えるのはテーズのアティチュードだと思いますよ。あとテーズの十八番であるバックドロップ。いろんなレスラーがルーテーズ直伝の…とかルーテーズ直系の…みたいに言われてきたけど、本当にルーテーズに一番近いのは猪木さんのバックドロップじゃないかなと思うんです。相手の背中の真後ろに入って後ろにいわゆるへそで反り投げるのがテーズと猪木さんのバックドロップなんですよね。 
 
 
 ──言われてみたらそうです。 
 
NAOKIさん 「プロレスの神様」カール・ゴッチがセメントに強いという話があるじゃないですか。確かにそういう技術の一面も日本では見れましたけど、でもゴッチのアメリカでの試合を見るとかなりおどけたりとかショーマンシップを大切にしていて、役割に徹しているんですよ。これはアメリカでの立ち位置も加味しなけれはならないですが、むしろテーズの方が自分の好きなプロレスを好き勝手やっている印象です(笑)。平気で危ない角度で落としたり、ロープ際でのやり取りでも不意に関節を極めにいったりとか、そういうテーズの過度なパフォーマンスをしないシビアな闘い方に猪木さんは大きな影響を受けてますよね。逆にゴッチからの影響はもしかしたらセメント技術であったり身体作りだったり、僕達素人から計り知れない部分なのかもしれませんけどね。 
 
 ──猪木さんは和製ルー・テーズだったんでしょうか⁈ 
 
NAOKIさん 僕はそういう風に見えますね。相手との間を詰める時「ちょんちょんちょん」と歩くステップとかもすごい似ているし。 
 
 
 
プロレスラーたちの所作からリングにおける哲学を感じたい 
 
 
 
 ──細かくところまで猪木さんとテーズは似ているんですね。 
 
 
NAOKIさん そういう所作ってプロレスの「間」を作る上でも凄く大切ですからね。これは話が脱線するかもしれませんが、ヘッドロックをされた状態で相手をロープに振って帰ってくる間にどのような動作、所作をするのか。そこにプロレスラーたちが各々思い描くレスリングのリアリズムが出ると思うんです。彼らの所作からリングにおける哲学を感じたいので、ヘッドロックからロープワークへの流れはいつも緊張感をもって見届けるようにしてます。 
 
 
 ──素晴らしいですね! 
 
NAOKIさん 例えばリッキー・スティムボートはヘッドロックされて反対側のロープへ相手を振るときに、振った勢いで自分がくるりと一周回ってからちょうど戻ってきた相手のタックルを受けたり、武藤敬司さんはロープに振った後に一瞬相手から目を逸らして、右の掌をおでこに当てて頭を振って、振り向き様、目の前に返ってきている相手のショルダータックルを受けるとか。プロレスラーは既存の基礎的なムーブの中でも、どのようにして”自分らしさ”を表現するのか、リアリティを表現するか、という芸当をやっているんですよ。 
 
 
 
 ──話がどんどんマニアック度が増していきますね! 
 
NAOKIさん プロレスは相手の技をどう受けるのか、どう受けとるのか、という観点で見ると、より深く見えてくる部分があると思うんですよね。印象的な例で言うと、1995年10月9日・東京ドームで行われた武藤敬司VS高田延彦でフィニッシュになったのは足4の字固めですよね。高田さんは足4の字を極められた時に右とか左に転がろうとしなかった。腰を上げて両手でお尻を浮かして少しずつロープに寄っていこうとしていたんです。 
 
 ──そうでしたね! 
 
NAOKIさん 通常の足4の字だと、足を極められた方が反転して、仕掛けている方が痛くなるという駆け引きが定番ですが、高田さんの対応によって、既存の足4の字と違う技に見えるじゃないですか。逃げることの出来ない関節技に見えるわけですよ。高田さんの”防ぎ方”はすごくかっこいいし色気があったんです。これは「もし足4の字が決まったら、後ろに反転する余裕なんてないんだよ」というボディーランゲージだったんじゃないかなと。素人界隈ではあまり語られないですが、本当に高田さんはプロレスの天才なんですよ。 
 
──同感です。
 

 
NAOKIさん 相手が光ることもあるだろうし、その後の試合の流れを自分のイメージに手繰り寄せることもありますよね。プロレスって、闘いを演じている人なのか、闘いを表現している人なのか、という差が凄く出る競技だと思うんです。そういう意味では、武藤さんと高田さんは相思相愛の部分もあったんじゃないのかなと。 
 
 
 
NAOKIさんのアントニオ猪木論 
 
 
──ありがとうございます。ここで改めてになるかもしれませんが、NAOKIさんの好きなプロレスラーであるアントニオ猪木さんの魅力について語っていただいてもよろしいですか。 
 
NAOKIさん  力道山さんの頃は日本プロレス界の黎明期で、「プロレスとは何なのか」というものを闘いの中で哲学していた時代だったと思うんです。 
 
──DIYみたいな感じで、柔道や相撲出身の格闘家たちがプロレスという闘いの場で試合を通じて学んで日本のプロレスというものを組み立てていったところがあったのかもしれません。 
 
NAOKIさん そうですよ。足りないところはアメリカから来日する大物レスラーの名優たちが試合で教えてくれるわけで、力道山さんが思い描くプロレスはアメリカンプロレスが支えてくれたと考えています。日本独特のプロレススタイルは力道山時代から始まっていて、力道山さんの闘いにおける表現方法をすごく参考にしていていたのが猪木さんだったと思います。 
 
 
──力道山さんがいなければ、アントニオ猪木さんはいないということですね。 
 
NAOKIさん 僕はそう思いますよ。力道山さんを参考にして、アメリカンプロレスについても深く研究していた猪木さんは人種は違えど同じように人の目を引いたり、日本人も楽しめて、なおかつプロレスに興味がない一般層にも届く”真剣勝負”という表現を一代で築いたように感じるんですよね。 
 
 
──素晴らしい考察です! 
 
NAOKIさん 猪木さんはプロレスラーでありながら、純粋なプロレスラーではない部分もあって格闘芸術家なんですよ。大げさな例えかもしれませんが、レオナルド・ダ・ヴィンチを引き継ぐことはできないじゃないですか。ダ・ヴィンチは芸術家で史上最高の画家と言われているけど、実は医学にも精通していて。絵画においても正確な遠近法とか当時の最先端の技法を確立しつつ、そこにメッセージも乗せて、さらに建築デザインもやっていたので、とてもじゃないけどこの人になれるわけないんですよ。 
 
 
──その通りですね。 
 
NAOKIさん ダ・ヴィンチの表現方法の絵画の部分に影響を受けた画家がラファエロ・サンティで、彼は絵の世界で成功しているけど、これがダ・ヴィンチのすべてじゃないんです。これって猪木さんとUWFの関係に似ていると思うんです。 
 
 
──ものすごく似てます。 
 
NAOKIさん 猪木さんとは何かとは一言では語れないんですよ。モハメド・アリと元祖MMAみたいな試合をやったかと思えば、1980年後半にはクラッシャー・バンバンビガロといきなり特濃のアメリカンプロレスをやって延髄へのダイビングニードロップという古典的フィニッシュで両国国技館を「1、2,3」の大合唱の渦にしたり、かと思えば藤波さんと横浜文体で60分時間切れ引き分けの名勝負をやったり、タッキー(滝沢秀明)と横浜アリーナでエキシビションマッチをやったり…振り幅が広すぎる猪木さんですが、そのベースには古き良きアメリカンプロレスの莫大なデータが脳内と肉体に刻まれているんです。メキシコやドイツに行ったらその地域に合わせたプロレスもさらりと出来ちゃうし、そういう意味で格闘芸術の天才なんですよ。 
 
──そこにプロレス以外だと元参議院議員、アントン・ハイゼル、永久電池があるわけですから。 
 
NAOKIさん プロレスだけでも猪木さんを理解することは難しいのに(笑)。道場だけ見ても猪木さんのことは分からないですし、巡業中や全部を含めて、24時間365日アントニオ猪木なんだろうなと勝手に想像していますよ。こう考えると格闘芸術家である猪木さんはプロレス界のレオナルド・ダ・ヴィンチなんじゃないかなと思います。失敗も沢山されてますけどね(笑)。 
  
(第2回終了) 
 
 

 ジャスト日本です。

 

プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。

 

 

かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。

 

プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。

 

プロレスとは何か?

その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。

 

そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。

 

有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。

 

それが「私とプロレス」です。

 

 

 
 
今回のゲストは今年でデビュー25周年を迎えたロックユニット・LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKIさんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 (画像は本人提供です)
 
 NAOKI (LOVE PSYCHEDELICO)
 
2000年4月21日、シングル『LADY MADONNA~憂鬱なるスパイダー~』でデビュー。2001年1月に発表された1stアルバム『THE GREATEST HITS』は200万枚、翌年2002年1月に発表された「LOVE PSYCHEDELIC ORCHESTRA」も100万枚を超え、2作連続ミリオンとなる驚異的なセールスを記録。
 
NAOKIの卓越したギターテクニックとKUMIのヴォーカルスタイルが、印象的なリフ、日本語と英語が自由に行き交う歌詞によって、LOVE PSYCHEDELICO独自の音楽スタイルを確立している。
 
2025年にデビュー25周年を迎え、全12公演の全国ツアー25th Anniversary Tourを開催。
 
 
 
【プロモーション情報】 
 
 
 
全12公演全国ツアー「LOVE PSYCHEDELICO 25th Anniversary Tour」開催!
 
2026年1月10日(土)よりチケット一般発売スタート。
 
 
 
2026年
 
2月28日(土) 東京都 江戸川区総合文化センター
 
15:00 開場 / 16:00 開演
 
 3月6日(金) 東京都 人見記念講堂
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 3月8日(日) 高知県 高知県立県民文化ホール オレンジホール 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
3月22日(日) 北海道 札幌市教育文化会館 大ホール
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 3月28日(土) 広島県 広島JMSアステールプラザ 大ホール 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
3月29日(日) 福岡県 国際会議場 メインホール
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
3月31日(火) 静岡県 静岡市清水文化会館 マリナート大ホール
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月3日(金) 大阪府 フェスティバルホール
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月10日(金) 宮城県 トークネットホール仙台(仙台市民会館) 大ホール 
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月17日(金) 富山県 富山県民会館
 
18:00 開場 / 19:00 開演
 
 
4月19日(日) 愛知県 岡谷鋼機名古屋公会堂 
 
17:00 開場 / 18:00 開演
 
 
4月22日(水) 東京都 LINECUBE SHIBUYA 
 
17:30 開場 / 18:30 開演
 
 
<チケット>
 
前売チケット料金 全席指定 ¥7,700(税込)
 
※未就学児入場不可
 
一般発売日:2026年1月10日(土)
 
https://l-tike.com/lovepsychedelico/

 

 

 

 
LOVE PSYCHEDELICOのギタリスト・NAOKIさんは、 1973年7月21日に静岡県で生まれ。2000年にデビューし、1stアルバムで200万枚を売り上げたバンドの屋台骨でありながら、実はXでは誰よりも鋭く、誰よりも深くプロレスについて投稿してきました。  
 
NAOKIさんのプロレス観戦記ポストには「noteで書いてもおかしくない濃厚な観戦記」「プロレスについて素人な私が読んでも、感動と熱い思いが伝わる」「文章も凄く伝わりやすくて素晴らし過ぎる。目線もプロの目線と同じファンの目線の両方があって面白かった」と反響を呼んでいます。 
 
また清野茂樹さんのYouTube出演時にもNAOKIさんのプロレス愛とマニアぶりが炸裂しています 
 
 

 

 
 

https://youtu.be/-5PFRNsyZbU?si=4jsC8RcIvgpFZvh8

 

 

 

 

 
 

 

 
 
2025年秋、4時間30分に及ぶインタビューは、まるで一夜限りの名勝負でした。  
 
 
NAOKIさんのプロレス論に共鳴。特にアントニオ猪木論とアメリカンプロレス論が唸りました。また清宮海斗選手に対するNAOKIさんの愛情とリスペクトが印象的でした。
 
これはプロレスに限ったことではありませんが、インタビューを続けていくと、感動する話し手に出会うことがあります。知識、哲学、芸術性、批評精神、愛情などあらゆる視点を用いたLOVE PSYCHEDELICOのNAOKIさんのプロレス論は素晴らしかった。昔と今のプロレス双方を愛する生粋のプロレス者が音楽業界で活躍されていることが心底、嬉しかったです。
 
 
第1回はNAOKIさんのプロレスとの出逢いや初めて好きになったプロレスラー、初めてのプロレス観戦など、プロレスファンとして彼の原点に迫ります。
 
 
深遠のプロレス者・NAOKIさんの世界観を堪能してください。
 
是非、ご覧ください。
 
 
 

 

 
 

 

 

 
 
 
私とプロレス LOVE PSYCHEDELICO NAOKIさんの場合 
第1回「深遠の原点」
 
 
 
NAOKIさんがプロレスを好きになったきっかけ 
 
 
──NAOKIさん、このような企画にご協力いただきありがとうございます! 今回は「私とプロレス」というテーマで色々とお伺いしますので、よろしくお願いいたします。 
 
NAOKIさん こちらこそよろしくお願いします! 
 
 
 
──まずはNAOKIさんがプロレスに最初に触れたきっかけを教えていただいてよろしいでしょうか? 
 
 
 
 
NAOKIさん 最初は梶原一騎さん原作アニメのタイガーマスクですね。小学校1年ぐらいの頃に上がるより前なので1970年代後半ですね、再放送でアニメが流れていたのをよく見ていて、何となく大まかなプロレスのルールを覚えていったかもしれません。 
 
 
──アニメなら子供たちにとって入りやすいプロレスの入口ですよね。 
 
 
NAOKIさん そうですよね。アニメだけではなく実際にある競技だとはっきり認識したのは1981年4月23日、新日本プロレス・蔵前国技館大会で初代タイガーマスクがデビューする前後からだと思います。あの時はその続編にあたるアニメ『タイガーマスクⅡ世』(テレビ朝日系)のプロモーションで新日本のリングにタイガーマスクが誕生したわけですけど、当時の小学生は「あっ、『タイガーマスクⅡ世』だ!」と思って見た人は少ないような気がして、やっぱり日本テレビ系で昔やっていたオリジナル版『タイガーマスク』伊達直人が現実世界に登場したと解釈した人が多かったのではないでしょうかね。 
 
 
 
──日本テレビの『タイガーマスク』を思い浮かべて初代タイガーマスクの勇姿を見届けていた少年ファンが多数だったんでしょうね。 
 
 
NAOKIさん アニメの『タイガーマスクⅡ世』はコケてましたからね(笑)。初代タイガーマスクがデビューした前後からほぼ中継は見逃さずに見てたので、1981年9月23日の新日本・田園コロシアム大会とかはっきりと覚えてますね。スタン・ハンセンVSアンドレ・ザ・ジャイアント、藤波辰巳(現・辰爾)VSエル・ソリタリオ、アントニオ猪木VSタイガー戸口(キム・ドク)…改めて考えると神興行ですね! 
 
──初代タイガーマスクVSソラールもありましたね。 
 
 
NAOKIさん レフェリーの山本小鉄さんが結果的にソラールの脱臼を悪化させてしまった試合ですね(笑)。 
 
 
──試合中に肩を脱臼したソラールの腕を小鉄さんが引っ張って余計に悪化してしまったという後年、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)でも取り上げられた一戦でした。 
 
NAOKIさん そんなエピソードまで取り上げられたんですか。初代タイガーVSソラールもみなさん忘れられない試合ですね。 
 
 
 
アントニオ猪木、藤波辰爾、初代タイガーマスク…3人の正統派テクニシャンが好きだった 
 
 
──ちなみに初めて好きになったプロレスラーは誰でしょうか? 
 
 
NAOKIさん 初代タイガーマスクと同時並行でアントニオ猪木さんと藤波辰爾さんが好きなりました。当時は新日本プロレス箱推しで見ていたと思います。 
 
 
 
──猪木さん、藤波さん、初代タイガーって正統派テクニシャンの流れじゃないですか。 
 
NAOKIさん そうですね。ただ子供の頃は単純に初代タイガーの動きに本気で心を奪われたし、ジュニア時代の藤波さんの筋骨隆々とした肉体が凄くかっこよくてね、あの頃の藤波さんの下から突き上げるようなドロップキックが大好きでした。猪木さんは後々から考えると全盛期は過ぎ始めているんですけど、子供の頃に憧れた”強い大人”という感じがありましたね。子供から見て、あんなに頼りになる大人、いないですからね。猪木さんは当時のお茶の間の子供達からもそういう絶大な信頼を得ていたんですよね。歌舞伎のスターにも映画俳優にも出来なかったことをプロレスを通して確立してしまった。 
今考えると凄い表現者だと思います。 
 
 
 
 
 
藤波辰爾さんの過去の試合をビデオで遡って研究する小学3年生 
 
 
 
──NAOKIさんが見始めた頃の猪木さんは1983年の第1回IWGPリーグ戦の少し前、はぐれ国際軍団と抗争を繰り広げていましたよね。 
 
 
NAOKIさん 懐かしいですね(笑)。当時は子供だったので、はぐれ国際軍団の大将であるラッシャー木村さんの魅力に気づくのは後年になってからでした。あの頃はTSUTAYAみたいな全国規模のレンタル屋がなくてね、地元でいくつも小さなレンタルビデオ屋やレンタルレコード屋があった時代で、僕の家の近くにあるレンタルビデオ屋にはプロレス映像が結構多かったんですよ。 
 
 
──そうだったんですか。 
 
NAOKIさん 子供だからお小遣いに限りがあるので、全部はいっぺんに借りれないけど、あそこのお店にはこの試合映像があるとか全部チェックしてました。小学3年になると藤波さんの過去の試合をビデオで遡って見てましたね。剛竜馬戦とかチャボ・ゲレロ戦とか好きでしたね。何度もプロレスビデオを借りるから、ビデオ屋のおじさんから「坊や、また借りていくの?」と見られていたような気がします(笑)。 
 
──ハハハ(笑)。 
 
NAOKIさん  猪木さん、藤波さん、初代タイガーの3人が好きでしたけど、一番過去映像を見て遡って研究したのは藤波さんでしたね。僕がプロレスを見始める以前のジュニアヘビー級で一時代を築いた時の藤波さんが、彼の本当の全盛期だったと思うんですよ。ニューヨークMSGでWWWFジュニアヘビー級王座奪取したカルロス・ホセ・エストラーダ戦(1978年1月23日)以降、ジュニアヘビー級のエースとしてスターダムにのし上がっていく道程を出来るだけレンタルビデオ屋で映像を借りて全部追いかけていきましたよ。 
 
 
──ジュニアヘビー級時代の藤波さんは名勝負が多いですよね。剛竜馬戦、チャボ・ゲレロ戦、木村健吾戦、阿修羅・原戦、トニー・ロコ戦とか。 
 
 
NAOKIさん  そうなんですよ!今見返しても面白い試合がすごい多いですね。藤波さんはどちらかというとコンタクトが柔らかいような印象持ってる方多いと思うんですけど、剛竜馬戦とか他団体から来た選手に対してはあまり隙を見せない態度をすることも多くて、例えばグラウンドで肘を頬骨に当てて相手の動きを封じこめてながらコントロールしたり道場でのスパーリングみたいな動きをさりげなく試合の中でやっていたりするんですよ。特にこの時代。 
 
 
──ここら辺が藤波さんの真骨頂なのかもしれませんね。 
 
NAOKIさん はっきり言って藤波さんは過小評価されていますよ。ミスター高橋さん(新日本プロレスの元レフェリー)が自身の書籍で「藤波さんは弱い」という大ホラを吹いてからそのような流れがあるんでしょうけど。そもそもプロレスラーを量る尺度としてミスター高橋さんのアピールする「弱い」という表現自体が稚拙で定義が浅いので参考するに値しない文献なんですけどね。 
 
──それはありますね! 
 
NAOKIさん 僕は小学2年生から柔道をやっていたんです。最初は習い事で始めましたが、段々と格闘技として柔道をやっていくようになって、あの頃当時の藤波さんの試合を見ると格闘技として理にかなっている動きをしていることに子供ながらに気づくんですよ。この、「理にかなう」、「辻褄の合う」動きっていうのは、プロレスリングにとって本当に大切な要素なんですね。 
だから格闘技少年だった僕も夢中になれた。藤波さんのプロレスは本当に奥が深いです。 
 
 
 
柔道出身プロレスラーのグラウンドは面白い 
 
 
 
──柔道の押さえ込み、テイクダウン技術、寝技の取り方とか結構プロレスとリンクするものがあります。 
 
NAOKIさん そうですね。今はMMAが発達して、色々な格闘技が融合して専門分野としての技術が磨かれているので柔道ベースじゃなくて強い人がいますけど、当時は柔道からプロレスに入ってきた人は明らかにグラウンドが強い選手が多かったですし、あの頃の新日本のストロングスタイルだと柔道出身者が有利なように素人目には見えました。80年代の柔道って今とルールもスタイルも全然違うんですよ。一般の部になると試合時間も長かったからスタミナは化け物だったし、寝技も膠着するまでストップがかからなかったので、スポーツというより格闘技色が強かったですからね。すり足という柔道の癖さえ抜ければプロレスへの対応力として強力なベースだったと思います。 
あの頃の柔道選手は総合とかやらせたら強かったと思いますよ。 
 
 
 
──坂口征二さんは元柔道全日本王者ですし、新日本は柔道出身者が多かったですね。 
 
 
NAOKIさん 柔道の寝技は下の体勢になってからでも攻められるし、寝技が得意な選手は敢えて下から相手を引き込むみたいなところもあるんですよ。だから柔道出身プロレスラーのグラウンドは発想が面白いなと思います。新日本道場だと柔道出身の武藤敬司さんがスパーリングが強かったと言われているじゃないですか。何人かのレスラーの方から武藤さんが試合で本気でグラウンドをやると誰も動けなくなるという話は聞いたことがありますね。 
 
──武藤さんに関しては、東北柔道専門学校時代の先輩である総合格闘技のパイオニア・西良典さんがネット媒体で「武藤と同期で入ってきた早乙女という東海大柔道部出身者の寝技がムチャクチャ強かった。『たぶん日本一強いんじゃないか』と評判になるくらい。武藤は早乙女にガッチャンガッチャンやられて強くなったんですよ」と証言してましたね(https://news.nicovideo.jp/watch/nw16731800)。 
 
 
NAOKIさん そうなんですね!因みにそのレスラーの方達は「武藤さんの寝技はガチで強い」と口を揃えて言ってましたね。 
武藤さんの寝技を見ていると、上になってレッグロックなどから上半身へ相手の上を転がりながら移動してヘッドロックやキムラロックに以降する最中でも、寝ている相手への重心のかけ方が「点」(一点)になることがないんですよ。常に「面」で体重をかけている。 
そういうことを自然に、おそらく無意識にやっている。 
その理にかなった動きが序盤の緊張感を生むんですよね。あの説得力が、観客を勝負論に引き込むんだと思いますよ。 
 
 
──内藤哲也選手が2012年1月4日・東京ドーム大会で武藤さんとシングルマッチをしていて、序盤のグラウンドで応戦したんですよ。内藤選手は武藤さんがグラウンドで主導権を握って試合を創っていくというのは分かっていたので、試合後に「俺は武藤さんにグラウンドで負けなかったでしょ」と語っていたという話は聞いたことあります。 
 
NAOKIさん それは面白いエピソードですね!でもあの試合って、序盤をグラウンドでの会話で始めてしまった時点で、もう武藤さんの試合なんですけど、武藤ファンの内藤選手としては、それでも「あのグラウンドの時間帯に自ら飛び込みたい」みたいな感じなのが伝わってきて、あの、当時の内藤選手の片想い感がめちゃめちゃ伝わってきて切なくて好きな試合なんですよね。 
 
 
 
初めてのプロレス観戦 
 
 
 
──では初めてのプロレス会場はいつ頃でしたか? 
 
NAOKIさん 調べておきました(笑)。そしたらね、1984年6月10日新日本・静岡産業館大会でした。まだIWGPのベルトがタイトルじゃなくて、今のG1みたいなリーグ戦だった頃ですね。第2回IWGPリーグ戦をやってまして、当日はメインイベントがハルク・ホーガン&ディック・マードック&アドリアン・アドニスVSアントニオ猪木&坂口征二&木戸修でした。 
 
──最高のマッチメイクじゃないですか! 
 
NAOKIさん 試合はホーガンがアックスボンバーで木戸さんにピンフォール勝ちをしていて、セミファイナルがなんと、IWGPリーグ公式戦・長州力VS藤波辰巳ですよ。 
 
 

 
──本当ですか⁈名勝負数え歌がセミファイナルだったんですね! 
 
 
NAOKIさん 好運ですよね。父親に「そんなに好きだったらプロレスを見に行くか」と言われて観戦した思い出の大会です。第1試合は小杉俊二VS山田恵一で、。ということは、僕が生まれて初めて生で観たプロレスの試合はライガーさんてことになりますね(笑)。 
それからこの時来日している外国人選手はアンドレ・ザ・ジャイアント、ケン・パテラ、オットー・ワンツ、マスクド・スーパースター、ビッグ・ジョン・クインですよ!凄いメンツ。 
 
 
 
 
──素晴らしいですね! 
 
 
NAOKIさん 新日本は当時、毎年6月と11月に静岡市で興行をやっていたので、それを追いかける人生が小学生にして始まるわけです。6月はIWGPリーグ戦、11月はMSGタッグリーグ戦やジャパンカップ争奪タッグリーグ戦が開催されていたので、初観戦以後は6月と11月に特別リングサイドで1列目か2列目、一人で腕を組みながらプロレス観戦してました(笑)。 
 
 
──なかなか大人のような小学生ですね! 
 
 
NAOKIさん スペースローンウルフ時代やヤングライオン時代の武藤さんも生観戦で見てましたよ。デビュー当時から大好きでした。そんな感じで小学校の時は頃から新日本にどっぷりハマってましたね。 
 
 
 
NAOKIさんが語る新日本プロレスの魅力 
 
 
──ここからNAOKIさんには好きなプロレス団体の魅力について語っていただきます。まずは新日本プロレスです。 
 
NAOKIさん 実は苦手なプロレス団体がなくて、プロレスというジャンルを 
推しているところがあるんですよ。それでも僕がは猪木さんの息がかかっていた頃の新日本は特別に好きで、ものすごく魅力を感じていましたね。あの頃、特に80年代までの新日本て、猪木さんがいて、猪木さんの思想や哲学に惹かれたレスラー達と、案外そうではないノンポリな人もちゃんといて(笑)、更には猪木さんのやりたい世界をよく分かってないまま来日するガイジンもたまにいたりして(笑)、そういう中でお互いが融合することなく自分のスタイル貫いててちょっと噛み合わない感じもよくあって、でもそこのノイズがプロレスとしてはデコボコして凄く面白かったんですよ。 
その代わり、上手いレスラーなのにその独特の世界観なのか社風なのか(笑)、そこに合わなくて過小評価を受けていたレスラーも結構いたというのは、今見返してみると思う所はありますけどね。トニー・セントクレアとかデビッド・フィンレーのお父さん(デーブ・フィンレー)とか。もっと日本でも評価されても良かった気がします。 
 
 
──いつ頃までの新日本でしょうか? 
 
 
 
NAOKIさん 僕が本当に夢中で追いかけてたのは、新日本が旗揚げした1972年から2002年2月の猪木問答くらいまでかな。自分であの猪木問答をテレビで見ていて、「おめえはそれでいいや」と言われた気分になりました(笑)。 
 
 
──ハハハ(笑)。 
 
 
 
NAOKIさん 猪木問答以降の新日本も結果とかニュースとか追ってましたけど、試合を映像で見る機会はグッと減りました。 
ろくに後ろ受け身も取れない総合格闘技の選手がロープワークとかやってるとなんかプロレスが馬鹿にされてるようで気分が良くなかったっていうのもあります。ドン・フライ選手は上手かったですけど、あとは正直一人も格闘家外人レスラーのムーヴを思い出せない。 
 
 
 
興行の全試合結果を見ると団体のベクトルがよく分かる 
 
 
 
──そこまで試合を見るほど魅力が減少していったということですね。 
 
NAOKIさん そう。だから試合を観る機会は減っていきましたけど、それでも試合結果は必ずチェックしてましたね。これは個人的な見方かもしれませんが、日々の興行の全試合結果を見てると、団体のベクトルとか方向性が分かるんですよ。新日本のそれはやはり知っておきたいなと。 
 
 
──これはかなりマニアックな見方ですよ。 
 
 
NAOKIさん あらゆる団体の試合結果が見れるソースは新日本に限らずいつも必ずチェックしてましたね。例えば、前座でも外国人選手の対戦が急に多くなった若手はそろそろ海外遠征に行くんだろうなとか。試合結果や熱戦譜を毎日継続して見てると団体のベクトルや団体内の諸事情なんかもうっすら見えてきたりするんです。と、いう気がしますってくらいですけど(笑)。これはこれでプロレスの楽しみ方としては面白いんですよ。 
 
──興行結果を見ると色々なことが見えるんですね!勉強になりました。 
 
NAOKIさん 近年だとヤングライオン時代の海野翔太選手が海外遠征に行く直前にトップレスラーや外国人選手との対戦が急に増えてきた時期があって。「そろそろ行くかな」と思っていた矢先に海外に行ったので、「海外に送り出す前から大切にされてるな」って思ったんです(笑)。 
毎日の試合カードを見ていると「これからどうしたいのか」という団体の現実と今後の方向性がよく分かるんです。地方のアンダーでも「この黒星はなんだろう」って気になったら次のシリーズで追ってみたりとかね。 
 
 
──なかなか高難度の見方ですね! 
 
NAOKIさん 別に先読みするのが好きなわけではなくて、自分がプロレスを楽しむ上でリアルタイムで見逃したくない試合がありますよね。興行結果を毎日チェックしてみると「これはちゃんと追わないといけない」という勘が働くんです。 
 
 
「GHC王者・武藤敬司が見たくて…」スケジュール調整してノア興行を観戦 
 
 
──素晴らしいですね! 
 
NAOKIさん 近年だとプロレスリングノアで武藤さんが潮崎豪選手を破ってGHCヘビー級王座を取った試合があったじゃないですか。 
 
──2021年2月12日・日本武道館で行われたGHC戦ですね。 
 
NAOKIさん あの日の試合を見てすぐに、「これは武藤さんのタイトルロードが見れるのは最後になるかもしれない」と思って、自分のLOVE PSYCHEDELICOのスケジュールとノアの日程を見て「この日とこの日にタイトルマッチがあるだろう」と予測して、カード発表前にチケットを買いましたね。 
 
 
 
──それは凄いですね! 
 
 
NAOKIさん GHCヘビー級王者である武藤さんの勇姿を生で見届けたかったんです。それで僕は、2021年6月の『サイバーファイトフェス』まで武藤さんは王者だろうなとヤマを張りましたてですね。  
 
──大正解じゃないですか。実際に『サイバーファイトフェス』まで武藤さんはGHC王者でした。 
 
NAOKIさん コロナ禍でレコード会社にも「東京都から出るな」と通達があったその月に、あの武藤敬司VSマサ北宮のGHC戦(2021年4月29日・名古屋国際会議場イベントホール大会)を見るためにマスクをしてサングラスをかけて、”密航”のように名古屋に行ったのを覚えてます(笑)。あの北宮選手との一連の絡みも良かったですね。アメリカンプロレスの型を大切にしている北宮選手が対戦相手だからこそ、武藤さんというアメリカンプロレスマスターの、アメリカンスタイルでのベーシックな美しいバンプ(受け身)を久々に見れたんですよ。確かこの前哨戦のタッグマッチではバックドロップを受ける際に上空で開いた足を前後に交差させるムーヴがあったんですけど、そういう近年あまり本国でも見れなくなったアメリカンプロレスの機微みたいなのが日本人対決ながら散りばめられた、いいマッチアップでした。 
まあ、とにかくコロナ禍にもそんな感じでアンテナが働けば、密航を決行していましたね。 
 
 
──ハハハ(笑)。 
 
NAOKIさん アンテナと言えば、僕はレッスルユニバースでも試合をチェックしているんですけど、2024年にOZAWA選手が海外から帰ってきて清宮海斗選手に噛みついた時に妙な胸騒ぎがして、「これは追った方がいいな」と。それで2025年1月1日の日本武道館大会に行こうと久々にチケットを取りました。これまた当たりでしたよね!OZAWA選手という令和のニュースターが誕生した試合を見届けることができたので。 
 
 
──あの武道館大会を生観戦した皆さんは大正解ですよ! 
 
NAOKIさん OZAWA選手が海外遠征中の試合もチェックしてましたし、帰ってきて1試合もやっていないのにいきなり清宮選手が保持するGHC王座に挑戦という冒険的なマッチメイクがやけに気になってたので、「これは生観戦するしかない」となりましたね。 
 
──NAOKIさんの話をお聞きして、興行結果を見て団体のベクトルが分かるというのは、なんだか天気予報みたいな感じですね。 
 
NAOKIさん ハハハ(笑)。まさにそんな感じです。皆さんにもおすすめしたいですね! 


 
プロレスリングノアの魅力 
 

 
──NAOKIさんは近年、プロレスリングノアの観戦をメインがされている印象があります。ノアはどのようなところに魅力を感じますか? 
 
NAOKIさん 全日本で1990年代にジャンボ鶴田さんが健在で四天王プロレスが活躍した時代があったじゃないですか。その頃の全日本はちょいちょい見てたんですけど、マニアックには追ってませんでした。 
 
 
──そうだったんですか。 
 
NAOKIさん ノアも勿論旗揚げから主要な試合はチェックはしてましたけど、僕がノアが面白いなと本気で惹かれ始めたのは丸藤正道選手が2006年頃ヘビー級戦線に参入してからですね。見た目はジュニアヘビー級の丸藤選手やKENTA選手がヘビー級のトップで活躍するようになって「こういう流れがあるんだな」と。ずっとノアが気になっていたんですけど、それがきっかけですね。ただ、その後、団体の模様替えが多くてなかなか情報が追い切れていないところがありました。 
 
 
 
──確かに団体の親会社も変わりましたし、離合集散が激しい時期がありましたね。 
 
NAOKIさん そんなノアを再び好きになるきっかけが、清宮海斗選手だったんです。コロナのちょっと前だったと思うんですけど、こんなに若いのにオーソドックスな試合をする面白いプロレスラーだなと、久々に気になるレスラーが現れてですね。レッスルユニバースの前身・DDTユニバースでノアが配信されるタイミングで清宮選手の全試合を追いかけるようになったんです。 
 
 
──そうだったんですね。 
 
 
NAOKIさん そうこうしているとWRESTLE-1が消滅してフリーになった武藤さんがもノアに参戦してきたり、時期は違いますがEita選手もやってきたり、僕の大好物がなぜかノアに集まってくるんですよ。そんなわけで、DDTユニバースに加入してからはノア興行を全試合チェックしていますね。 
  
(第1回終了) 



 

 ジャスト日本です。

 

プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。

 

 

かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。

 

プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。

 

プロレスとは何か?

その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。

 

そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。

 

有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。

 

それが「私とプロレス」です。

 

 

 
 
今回のゲストはライターの鈴木健.txtさんです。
 
 
 
 
(画像は本人提供です)
 
鈴木健.txt
すずきけん/1966年9月3日、福島県会津若松市生まれ、葛飾区西亀有出身。1988年より21年間『週刊プロレス』の編集記者から編集次長、2001年より週刊プロレスモバイル編集長を務め、2009年よりフリーとなりプロレス、音楽、演劇等の表現ジャンルについて執筆。プロレス中継では50団体以上の実況と解説を経験。ワニブックスウェブ「News Crunch」にてみちのくプロレスを題材とした小説『アンドレ・ザ・小学生』(https://wanibooks-newscrunch.com/category/series-054) を執筆。著書に『プロレス きょうは何の日?』(河出書房新社)『白と黒とハッピー~純烈物語』(扶桑社)『純烈物語20-21』(同)『髙山善廣評伝 ノーフィアー』(ワニブックス)『虎ハンターの美学』(小林邦昭との共著/玄光社)がある。
 
 
週刊プロレスmobile編集長に就任、週プロ編集次長として数々の現場を体験してきた「週プロ野郎」である鈴木健.txtさん。2009年にベースボール・マガジン社を退社後はプロレスを中心にライターとして活躍、またイベントや番組のMCやプロレス実況・解説とマルチに活動されています。

プロレスライターとして数々の名場面を文章に刻んできた。その情熱の源は、少年時代に感じたプロレスの衝撃と興奮にある。スタン・ハンセンや小林邦昭さんとの出会い、そして初めての会場観戦が、彼の人生をどう変えたのでしょうか。「元・週プロ野郎」の原体験に迫ります。

是非ご覧ください。
 
 
 私とプロレス 鈴木健.txtさんの場合 
第1回「元・週プロ野郎の原体験」 
 
 

プロレスを好きになったきっかけはスタン・ハンセン


──鈴木健.txtさん(以下・健さん)、このような企画にご協力いただきありがとうございます! 今回は「私とプロレス」というテーマで色々とお伺いしますので、よろしくお願いいたします。

健さん こちらこそよろしくお願いします!


──まず健さんがプロレスを好きになったきっかけを教えてください。

健さん 中学の終わりから高校に入ったあたりだと記憶してるんですけども、プロレスが好きな友達がいて、彼の影響を受けてテレビで見るようになりました。当初はプロレス中継をテレビ番組のひとつとして見てましたけど、プロレスが好きになるきっかけとなったのはスタン・ハンセンですね。


──ハンセンだったんですね!

健さん 1981年9月23日に新日本プロレス・田園コロシアム大会で行われたスタン・ハンセンVSアンドレ・ザ・ジャイアントがあるじゃないですか。あの試合は別の番組を見ていたのでテレビで見れなくて、チャンネルを変えたところでラッシャー木村さんの「こんばんは」事件を見て「他団体の選手が新日本に殴り込んできたのか」と興味を抱いたんです。そこからプロレス中継を意識して視聴するようになると、段々スタン・ハンセンの「ウィーッ!」とウェスタン・ラリアットに「カッコいいな」と憧れるようになるんです。

──確かにハンセンはワイルドでカッコいいですよね。

健さん そうですよね。ハンセンが新日本から全日本プロレスに移籍してからさらにプロレスを追うようになりました。そのあと1982年10月8日の新日本・後楽園ホール大会で勃発した長州力「嚙ませ犬」事件があってから、長州力さんが好きになったんです。

──そうだったんですか!

健さん その長州さんと同時期に初代タイガーマスクのライバルとして出てきたのが小林邦昭さんでした。長州さんは長州革命とかムーブメントを含めて面白いなという感じで見てたんですけど、小林さんに関しては「この人に勝ってほしい」と思えるほどのめり込んでました。

──ということは初めて好きになったプロレスラーというのは長州さんと小林さんになりますか。

健さん そうですね。特に小林さんに関してはかなり思い入れが深いんですよ。今年、小林さんの本を出しました。2024年に他界されましたけど、亡くなる2か月前までご本人に取材しましたが夢のようで。プロレスという沼から抜け出せなくなったのは小林さんの存在が大きかったので、大好きなプロレスラーの本に携われたのは、この業界でずっとやってきて報われたと思いました。


──以前、健さんが週刊プロレスmobileで連載していた「週モバ野郎」で小林さんに対する熱き思いを書かれた記事を読ませていただいたことがあります。


健さん ありがとうございます。


初めてのプロレス観戦


──次の瞬間ですが、初めてのプロレス観戦はいつ頃でしょうか?

健さん 1982年5月15日、東京葛飾区のお花茶屋城山閣前広場という野外で全日本プロレスが興行しまして、会場が城山閣という焼肉屋の駐車場なんですよ。当時は高校生でお金がなくてチケットが買えないんですけど、家から近いので会場まで行きました。ブルーシートで囲んである隣にバスが停まっていて、それが選手の控室代わりなんですよ。試合は見れなかったんですけど、選手の出入りは見てました。

──随分レアな体験ですね!

健さん これがプロレス初観戦となると微妙なところなんですけど(笑)。このシリーズはハンセンが来日してました。ハンセンの控室が城山閣の1階個室で、裏庭にまわるとガラス張りになっていて中が見えちゃうんですよ。だからハンセンが個室でくつろいでいるところやシューズを履いているところを見てしまったんですよ。しかも焼肉屋さんの営業中に、店の出入り口からブルロープとテンガロンハットを身について入場してました(笑)。


──ハハハ(笑)。

健さん 不沈艦の入場は見れたけど、会場内はブルーシートが張っているから試合は見れないんですよ。ちゃんとした初観戦は1982年8月28日の全日本・後楽園ホール大会でした。





「こんなレスラーいたよな」という人ほど時間が経つと妙に覚えている


──実際に生でプロレス観戦してどのような印象を持ちましたか?

健さん プロレスラーの身体の大きさにびっくりしました。もちろんお目当てはスタン・ハンセンで、あとロン・バスが来てましたね。


──ハンセンとロン・バスは「ラリアット・ライダーズ」というコンビで、1983年4月12日松山大会でジャイアント馬場&ジャンボ鶴田を破り、インターナショナル・タッグ王座を獲得してますね。ブルーザー・ブロディが不在のシリーズでハンセンはロン・バスと組んでいることが多かったです。

健さん 確かハンセンとロン・バスが組んでインタータッグに挑戦する前哨戦が後楽園で組まれていたんですよ。あとフランク・デュセックという選手が中盤戦に登場していて、勝ったのか負けたのかも覚えていないんですけど、そういう「こんなレスラーいたよな」という人ほど時間が経つと妙に覚えているじゃないですか。


──確かにそうですね。

健さん B級外国人の妙ですよ(笑)。ブロディのパートナーとしていつも隣にいるバック・ロブレイとか。しかも当時では珍しくTシャツを着て試合をしていたので余計に記憶に残ってますね。



あの時代のプロレスは“テレビの王様”だった



──正式な初観戦となった後楽園大会から、健さんのプロレス趣向がある程度決まっていったところがあるのでしょうか。

健さん どうでしょうか。今思えば紐づいて考えることができるかもしれませんけど、プロレス記者になりたいという意識は全然なかったですから。初観戦時はテレビでやっている催し物を生で見れてよかったと思いました。



──確かに1980年代はテレビ黄金時代ですね。


健さん この時期に『8時だヨ!全員集合』という人気番組があったじゃないですか。毎週土曜日生放送で、各地の劇場・ホールで公開収録していたんですけど、東京でやるときは日本青年館であって、抽選で当たって見に行ったことがあったんです。当時はプロレス観戦も『8時だヨ!全員集合』収録と同じ感覚で見ていたところはありますね。

──あの頃はプロレス自体がテレビの人気番組に負けないくらいのコンテンツだったというのはあるのでしょうか。

健さん  それは一理ありますね。

(第1回終了)






 
 



【イベント出演情報】
闘道館presents「鈴木健.txt対決シリーズSeason6 EXTRA~タイガースマスクの大阪プロレス講座」
★11月27日(木)巣鴨・闘道館(18:30開場/19:00開始)
〔出演〕タイガースマスク(大阪プロレス)
〔進行〕鈴木健.txt
〔入場料金〕前売り4000円、当日4500円
〔プレミアムツーショット撮影権〕1人1000円
〔内容〕
・開演前:鈴木健.txt余興演奏
・第1部:タイガースマスクによる新生大阪プロレスのプレゼントーク
・第2部:タイガースマスクお任せタイム
〔イベント詳細〕https://toudoukan.com/blogs/event/20251127_versus_ex



闘道館presents「鈴木健.txt対決シリーズSeason6 Vol.69~吉田綾斗10周年記念トークライブ:喋りもATDK」
★11月29日(土)巣鴨・闘道館(16:30開場/17:00開始)
〔出演〕吉田綾斗(2AW)
〔進行〕鈴木健.txt
〔入場料金〕前売り3500円、当日4000円
〔プレミアムツーショット撮影権〕1人1000円
〔内容〕
・開演前:鈴木健.txt余興演奏
・第1部:NEX4→新日本での経験→2AWのエース→反体制→そしてATDK…10年間の変遷史
・第2部:昨今の自身に対するファンの反応、周囲の受け取り方に関する言い分、そして11年目へ
〔イベント詳細〕https://toudoukan.com/blogs/event/20251108_versus69




闘道館presents「鈴木健.txt対決シリーズSeason6 Vol.68~MEN'Sテイオー×男色ディーノ東西学プロ両巨頭対談」
★12月6日(日)巣鴨・闘道館(16:30開場/17:00開始)※10月19日(日)より変更
〔出演〕MEN'Sテイオー(UWF関東学生プロレス連盟東海大学出身)、男色ディーノ(DDTプロレスリング/OWF大阪学院大学プロレス研究会出身)
〔進行〕鈴木健.txt
〔入場料金〕前売り4000円、当日4500円(スリーショット撮影券つき)
〔プレミアムツーショット撮影権〕1人1000円
〔内容〕
・開演前:鈴木健.txt余興演奏
・第1部:関東と関西の学生プロレスそれぞれのルーツ、文化の違い。あの学プロ出身者のアマチュア時代
・第2部:学プロ出身者がプロになってみたら。MEN'Sテイオーと男色ディーノ、それぞれのお互いに対する思いのたけを語る
〔イベント詳細〕https://toudoukan.com/blogs/event/20251019_versus68




闘道館presents闘道館presents「鈴木健.txt対決シリーズSeason6 Vol.70~おしゃんぴー!ザ・グレート・サスケの大予言2026」
★12月14日(日)巣鴨・闘道館(15:30開場/16:00開始)
〔出演〕ザ・グレート・サスケ(みちのくプロレス/ムーの太陽)
〔進行〕鈴木健.txt
〔入場料金〕前売り4000円、当日4500円(ムーの太陽へのお布施代込み)
〔内容〕
開演前:鈴木健.txt余興演奏
第1部:流行語は「おしゃんぴー!」…昨年おこなったありがたい予言の徹底検証
※休憩時間後、参加者全員とのツーショット撮影会あり
第2部:来年の世の中とプロレス界が丸わかり!サスケの大予言2026
〔イベント詳細〕https://toudoukan.com/blogs/event/20251214_versus70




BAR & FIGHT地下闘技場Presents「GO!GO!新根室Night Vol.11~アンドレザ・ジャイアントパンダと添い寝撮影会」
★12月26日(金)歌舞伎町・地下闘技場(19:00開店&開始)
※イベントの都合上、開店まではお店の入り口に集まらないよう、よろしくお願いします
〔出演〕アンドレザ・ジャイアントパンダ
〔進行・コメンタリー〕鈴木健.txt
〔参加費〕3000円+1オーダー
〔予約〕地下闘技場 X DM
〔問い合わせ〕地下闘技場(TEL03-6205-6264)
アンドレザは全長3mの巨大パンダゆえ天井が低い地下闘技場には入店できませんが、それを逆手に取りリング上でファンの皆様に添い寝していただき撮影します。撮影会後は、新根室プロレス旗揚げ戦の貴重映像を上映。レアアイテムが当たるプレゼント抽選会もあり。鈴木健.txt著書『髙山善廣評伝 ノーフィアー』『虎ハンターの美学』も販売




「チェックマンと魔神のためのプロレス・トークライブ32~君は…南大塚に咲く一輪の花~」
★12月28日(日)大塚・Welcome back(15:00開場/15:30開演)
〔出演〕ドクター水上、 登坂栄児、 橋爪哲也、志生野温夫、鈴木健.txt
〔ゲスト〕コマンド・ボリショイ、 中森華子(PURE-J女子プロレス)
〔入場料金〕前売2900円、当日3400円(要1ドリンク代600円)
〔発売場所〕Welcome back HPチケット予約フォーム https://welcomeback.jp/contact/
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 

 

 

 ジャスト日本です。

 

プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。

 

 

かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。

 

プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。

 

プロレスとは何か?

その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。

 

そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。

 

有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。

 

それが「私とプロレス」です。

 

 

 
 
今回のゲストはZ世代のプロレスファン・ソイカラさんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(画像は本人提供です)
 
 ソイカラ
1999年生まれ。2017年からプロレスに魅了され、2019年にはベトナムへ留学。東南アジア諸国を巡りながら格闘技・プロレス観戦を重ね、2023年にはAEWがロンドン・ウェンブリースタジアムで開催した「ALL IN」を現地観戦した。現在はコンサルティングファームで働きながら、古今東西のプロレスを追い続けている。

 

 

 ソイカラさんのXアカウント

 

 

 

 

 
ソイカラさんのプロレス愛は、過去と現在をつなぐ探求心に溢れます。彼が感じるプロレスの本質とは何か?最終回では、ソイカラさんのプロレスへの深い視点をお聞きしました。
 
 

 

 

 

 

 

 
 
私とプロレス ソイカラさんの場合
最終回 「今も昔も根本は変わらない」
 
 
 

今のプロレスと昔のプロレス



──1999年生まれのソイカラさんですが、ソイカラさん視点で今のプロレスと昔のプロレスについて語っていただいてもよろしいですか。


ソイカラさん 今のプロレス、昔のプロレス…どっちも素晴らしいです。実際、最近だと大技連発の試合を「少し胃もたれするな」と思いながら見てしまうこともあります。ただ、同じ30分という試合時間帯であっても、ブレット・ハートが技を厳選しながら足攻めをメインで組み立ててシャープシューターでフィニッシュする試合も、ケニー・オメガがヒザ蹴りと危険度マックスの大技連発で勝つ試合も凄いわけで、簡単に比較できないと思うんです。


──そうですね。

ソイカラさん 世の中のトレンドでも同じことが言えますが、何が美しいのか、何がカッコいいのか、何がいいのかというのは時代と共に少し変化する部分があります。今のプロレスと昔のプロレス、違う魅力があるような気がするんですよ。でも、昔も今もプロレスラーの「相手を倒してやる」、「凄い試合を見せてやる」という思いは変わらないと思うんです。


──確かに!

ソイカラさん プロレスラーの根本の部分にある闘争心というのは、時代とか関係なく変わらない不変なものじゃないでしょうか。レスラーの試合の見せ方や観客の価値観は変わるかもしれないけど、根本は変わらないと思います。


──ネットで今のプロレスを批判して、昔のプロレスを絶賛するオールド層を「老害」と形容されています。また昔のプロレスを批判して、今のプロレスを絶賛している層もいます。このような現象についてどのように感じてますか?

ソイカラさん 今のIWGP戦線とアントニオ猪木VSビル・ロビンソンが同じかというと、中々そうとは言えないと思います。見せ方が違いますから。でも根っこはあまり変わらないかなと。「昔の試合に闘いがあったけど、今の試合には闘いがないのか」というとそんなことはありません。例えばEVILさんには「ストロングスタイルの風上にもおけない」「新日本プロレスを愚弄している」という声が時折浴びせられますが、彼は長州力さんや蝶野正洋さんをリスペクトしているのが伝わりますし、何よりプロレスが巧いし強いじゃないですか。だからきちんと彼の試合を見てほしいとは思うんですけど…これは押し付けになっちゃうんでしょうね(笑)。


──その気持ち、よく分かりますよ。

ソイカラさん SNSにおいては、マニアもビギナーの声も同列な情報として上がってくるわけで、そうなると絶対数が多いビギナーの方がマジョリティーに見えるという現象があります。だからうまくSNSやネットと付き合っていくのが大事なのかもしれませんね。


──今も昔もプロレスは味付けが異なっても原材料はあまり変わらないんですよね。


ソイカラさん 変わらないですよ。それは映画も同様ですよね。

──同感です。

ソイカラさん 僕がプロレスを見始めた頃はネットに情報が氾濫していて、業界用語や隠語のようなものが調べたら出てくるという印象があったんです。僕個人の意見ですが、それを見てプロレスについて達観して知ったつもりになっている人たちが多いのではないかなと思います。

──今の指摘は鋭いですね。

ソイカラさん ネットに出ている業界用語や隠語でプロレスを分かったつもりになっているのは違うと思いますし、僕からするとどこか寂しいですね。プロレスの面白さはそこじゃない。もっとプロレスを見てほしいんです。そうするとプロレス本来持っている魅力や素晴らしさ、人によってそれが何であるかは異なると思いますが、その「大事な何か」に気づくことができると思います。




ソイカラさんが選ぶプロレス名勝負 


──ありがとうございます。ここからソイカラさんが選ぶプロレス名勝負を3試合、挙げていただいてよろしいでしょうか。


ソイカラさん 1試合目は2017年8月8日・新日本プロレス・横浜文化体育館で行われた『G1 CLIMAX』Bブロック公式戦・オカダ・カズチカVS鈴木みのるです。

──G1ですね!

ソイカラさん 30分時間切れ引き分けで終わった試合なんですけど、プロレスを見始めて最初に感動した一戦ですね。最後の殴り合いとかは壮絶でした。鈴木みのるさんのカッコよさが光りましたね。


──ありがとうございます。では2試合目をお願いします。

ソイカラさん 2023年6月25日新日本&AEW合同興行でカナダ・トロントで行われた『ForbiddenDoor』ケニー・オメガVSウィル・オスプレイのIWGP・USヘビー級選手権試合です。


──禁断の扉!2023年のイッテンヨンのケニーVSオスプレイ再戦ですね。

ソイカラさん AEWを見ていて一番心が動いたのはこの試合で、ケニーの地元であるカナダでリマッチをやるわけじゃないですか。オスプレイは”極悪マネージャー”ドン・キャリスと一緒に入ってきて、クリス・ベノワのクロスフェースもやったり、ブレット・ハートのシャープシューターやショーン・マイケルズの動きをやったりとか.。


──「モントリオール事件」(1997年11月9日、WWF(現WWE)のカナダ・モントリオール大会中に起きたベルト強奪事件。ライバル団体WCWへの移籍が内定していた当時のWWF王者ブレット・ハートの試合中、団体オーナーのビンス・マクマホンの指示によりブレッドの負けが突然宣告。事前に決められたストーリーと違う展開にブレットは激怒し、バックステージでビンスを殴打した。プロレス史上最大の裏切り事件と呼ばれている)を思い起こさせるムーブをオスプレイがやるわけですね。

ソイカラさん カナダのプロレスにちなんだ過去の歴史とか踏まえながら、凄惨な流血戦になり、終盤には大技の攻防を展開していくのが凄く美しいと感じました。ケニーもオスプレイも大技をガンガン繰り出す印象が強いんですけど、根本は似ていてサイコロジーを大事にしているんですよ。二人とも足し算のプロレスなんですけど、プロレスで大事にしないといけないことは重んじつつ、今のプロレスのスタイルをミックスしてやっているような気がします。


──ありがとうございます。では3試合目をお願いします。

ソイカラさん 1991年8月26日アメリカ・MSGで行われた『サマースラム』ミスターパーフェクトVSブレット・ハートのインターコンチネンタル戦です。



──プロレス史に残る名勝負ですね。


ソイカラさん 僕のプロレス観が変わった試合です。ミスターパーフェクトはどの技も全部綺麗で、一方のブレット・ハートも技が正確無比。本当にベストマッチですよ。個人的に好きなシーンがあって、ブレットが足を痛めたミスターパーフェクトにローキックをやった時にトップロープを掴むながらクルっと後ろに回って受けたんですよ。「こんな受け方があるのか」と衝撃を受けました。



──ありましたね。

ソイカラさん 古きアメリカンプロレスを見ると新発見が多いんですよ。ミスターパーフェクトとブレット・ハート。二人の技量が遺憾なく発揮された一戦だったと思います。僕にとってオールドスクールの名勝負といえばやっぱりこの試合ですね。



──素晴らしいセレクトですよ!

ソイカラさん ありがとうございます。



あなたにとってプロレスとは⁈



──ではソイカラさんの今後について語ってください。


ソイカラさん 僕はコンサル業をやっているんですけど、プロレスと絡めた仕事ができたらいいなと考えています。あとは、もっとプロレスを勉強していきたいですね。本当に奥が深いんですよね、プロレスは。ゴージャス・ジョージやルー・テーズ、バディ・ロジャースの試合もまだ見てませんので、これからたくさん過去の動画やDVDを視聴していきたいなと。


──素晴らしいです!

ソイカラさん ヨーロッパでいればカール・ゴッチやビル・ロビンソンの試合もあまり見ていないですし、唯一ジョニー・セイントは見ましたけど、マーティ・ジョーンズの試合はまだ見ていないですし。アメリカンプロレスについても、ECWやTNAもそこまで掘ってないので、これからも歴史探求を続けていきたいです。





──では最後の質問です。あなたにとってプロレスとは何でしょうか?


ソイカラさん プロレスは…最高のエンターテインメントであり、最も奥が深いスポーツだと思います。社会人になって、総合格闘技、ボクシング、野球、相撲、サッカー、バスケットボール、コンサート、歌舞伎とか、色々なエンタメを見る機会があったんですけど、プロレスは他のジャンルと大きく異なる点を感じてます。それは観客が声援やブーイングとして、舞台装置の一部になれることなんです。これこそ、プロレスが唯一無二のエンタメである理由の一つなのかなと思います。

──素晴らしいです。

ソイカラさん プロレスを「エンターテインメント」と表現することを嫌う方も一定数いらっしゃると思いますが、僕個人の考えとしては、お客さんを集めて彼らの心を揺さぶるものを提供する行為は基本的にすべてエンターテインメントと言えると思うんです。その中でも、ひいき目なしでプロレスは極上のエンターテインメントなんです。
その一方、持っている技術を相手と競い合うスポーツやコンペティションという一面も兼ね備えています。技術的なことがわからなくても楽しめるのがプロレスの良さでもありますが、逆に技術のことを勉強していくと「こんな技があるんだ!」とか「本当に奥が深いスポーツだな!」と何度も思わされますね。
エンタメだけでなくスポーツとしての一面があることも、プロレスの奥深さと面白さを形作る重要な要素だと思います。


──これでインタビューは以上です。ソイカラさん、今回のインタビューにご協力していただきありがとうございました。ソイカラさんの今後のご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。

 
ソイカラさん こちらこそ本当にありがとうございました。




【編集後記】
ソイカラさんにインタビューをさせていただき、改めてプロレスの奥深さと多様性を痛感しました。最初は「1999年生まれでプロレス歴わずか8年」ということで、まだ若いファンとしての視点をお聞きするつもりでしたが、話を伺ううちに、その経験の濃密さと洞察の鋭さに驚かされました。 

プロレスを見ている年数は関係ありません。
年数が浅くても深くプロレスを見ている方はたくさんいるなと改めて実感しました。


ソイカラさんが歩んできた道のりは、単なる「ファン歴8年」を超えた、まさに「プロレス探求の旅」そのものでした。 ミスターパーフェクトVSブレット・ハートがきっかけで古のアメリカンプロレスを勉強したり、知見を広げていこうとする姿勢には感銘を覚えました、

「今と昔のプロレスは見せ方が違っても、根っこは同じなんじゃないのか」と言葉がとても印象的でした。


規模の大小、時代、国境、スタイルの違いを超えて、プロレスは常に新しい発見と感動を与えてくれる。ソイカラさんのこの情熱が、これからのプロレス界をさらに豊かにしていくと確信しています。  

(私とプロレス ソイカラさんの場合・完)




 

 ジャスト日本です。

 

プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。

 

 

かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。

 

プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。

 

プロレスとは何か?

その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。

 

そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。

 

有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。

 

それが「私とプロレス」です。

 

 

 
 
今回のゲストはZ世代のプロレスファン・ソイカラさんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(画像は本人提供です)
 
 ソイカラ
1999年生まれ。2017年からプロレスに魅了され、2019年にはベトナムへ留学。東南アジア諸国を巡りながら格闘技・プロレス観戦を重ね、2023年にはAEWがロンドン・ウェンブリースタジアムで開催した「ALL IN」を現地観戦した。現在はコンサルティングファームで働きながら、古今東西のプロレスを追い続けている。

 

 

 ソイカラさんのXアカウント

 

 

 

 

 
ソイカラさんのプロレス愛は、新日本プロレスを飛び越え、世界のリングにも広がります。アメリカのAEWやWWE、独自の色を持つDDTや2AWまで、彼の視点は多角的です。さらに、個性的なレスラーたちへの愛も熱い。第2回では、ソイカラさんが語る海外・国内のプロレス団体の魅力と、好きなレスラーたちの人間的魅力に迫ります。
 
 
 

 

 

 

 

 
 
私とプロレス ソイカラさんの場合
第2回 「技がシンプルな人が好き」
 
 
 

 

AEWの魅力


──ではソイカラさんの好きなプロレス団体。次はAEWの魅力について語っていただいてもよろしいですか。

ソイカラさん 海外のプロレス自体に興味を持ったきっかけは新日本プロレスのアメリカ大会だったんですが、後にケニー・オメガやコーディー・ローデス、ヤングバックスが新日本を離れてAEWを旗揚げしたことを契機に団体を追うようになりました。海外留学を夢見て英語を勉強していたのもあったので、アメリカンプロレスにすんなり入れたんです。


──そうだったんですね。

ソイカラさん アメリカンプロレスの良さとジャパニーズレスリングの上質さに、胡散臭さや妖しさが加味されているのがAEWの魅力ですね。傲慢なMJF、無気力ファイトのオレンジ・キャシディ、無鉄砲なダービー・アリンとか、妖しくて最高なレスラーがたくさんいるんですよ。

──確かにソイカラさんが挙げた三人は妖しいですね(笑)。

ソイカラさん 個人的には2023年8月27日にイギリス・ロンドン・ウェンブリー・スタジアムで行われた『All In』を現地観戦できたのが一生の思い出ですね。僕はイギリスのロックバンド・クイーンが大好きで、彼らがコンサートしたウェンブリー・スタジアムでプロレスが見れたのが本当に嬉しくて、自分の人生が線で繋がったような気がしました。女子プロレスラーのサラヤ(ペイジ)がクイーンの名曲『We Will Rock You』で入場してきたのには感動しましたね。


──そうだったんですね。

ソイカラさん あとAEWはアメリカンプロレスを進化させている一方で伝統も大切にしていて、MJFがテリー・ファンクのTシャツをオマージュしたTシャツを着たり、CMパンクがロディ・パイパーのパロディTシャツを着たこともあったんですよ。WWEもそうですけど、AEWは歴史を重んじていますよね。

──長年WCWを実況してきたトニー・シバー二が放送席でアナウンサーを務めていますし、新設のAEWナショナル王座はNWAナショナル王座に対するリスペクトを込めて設立したという話もありますし、なかなか歴史や伝統を大切にしてますね。

ソイカラさん そうなんですよ。AEWは『All In』もあって思い入れの深い団体ですね。



WWEの魅力


──ありがとうございます。ではWWEの魅力について語っていただいてもよろしいですか。

ソイカラさん 実は新日本の次に出逢った団体はWWEでして、サンテレビで『This Week in WWE』などのダイジェストを見たことがきっかけです。これまたアメリカンプロレスの妖しさに引き込まれ、すぐファンになりました。


──そうだったんですね。

ソイカラさん WWEはプロレスだけじゃなくて、エンタメとしてもトップランナーじゃないですか。2020年段階で年間10億ドル以上の売り上げがあって、演出もストーリーもド派手ですけど、試合展開は非常にシンプルなんですよ。得意技に繋ぐまでの試合運びが素晴らしい選手たちがたくさんいるのがWWEの魅力ですね。あと、歴史を大事にしてますね。


──AEWと同様ですね。今、WWEは日本ではABEMAで視聴できる環境ですがいかがでしょうか。

ソイカラさん 誰でもアメリカンプロレスやWWEの世界に触れられる環境が無料で提供されているわけですよね。本当にありがたいですね。



DDTプロレスリングの魅力


──ありがとうございます。次はDDTプロレスリングの魅力について語ってください。


ソイカラさん DDTは文化系プロレスといわれてますけど、実際に見るとめちゃくちゃレベルが高い団体なんですよ。僕の友達が武知海青(THE RAMPAGE from EXILE TRIBEのメンバー)さんのファンで、彼がプロレスに出るということで一緒にDDTを観戦したのがファンになったきっかけです。確かに「おちゃらけ」はなくはないですけど、凄くオーソドックスなプロレスを展開していて衝撃を受けたんです。あとアメリカンプロレスっぽさもありました。


──同感です。


ソイカラさん たまにWWEやWCWネタが出たりするじゃないですか(笑)。この前、WRESTLE UNIVERSEを見たら、ハルク・ホーガンがケビン・ナッシュにやった胸に指をつついてフォールを取って大ひんしゅくを買ったやつのパロディをやってました。

──ハハハ(笑)。これは元ネタを説明させていただきますと、1999年1月4日のWCW『マンデー・ナイトロ』で行われたケビン・ナッシュVSハルク・ホーガンで、試合後すぐにホーガンはナッシュの胸を軽く指で突くと、すぐさまナッシュは大げさにダウン、そのままホーガンが押さえてあっと言う間にピンフォールを奪った試合ですね。この試合がWCWを凋落へと導いたきっかけとされていて、一部では「フィンガーポーク・オブ・ドゥーム(破滅の指突き)」と呼ばれている事件です。

ソイカラさん 本当にDDTの選手たちはアメリカンプロレスが好きな人が多いなと。松井レフェリーがゴールドバーグの曲で入場してきた時は興奮しましたよ(笑)。どの団体のレスラーや関係者もプロレスが好きなんだと思いますが、特にDDTはプロレス愛が溢れていますよね。


2AWの魅力

──では次に挙げていただいたのは千葉のローカルプロレス団体2AWの魅力について教えてください。


ソイカラさん 僕の知り合いに2AWのファンがいたのがきっかけで観に行くようになりました。この団体も技がシンプルなんですよ。そこは団体の系譜としてTAKAみちのくさんのイズムがあるのかもしれません。

──それはあるでしょうね。

ソイカラさん 2AWのエースである吉田綾斗さんはビッグブーツとランニングネックブリーカードロップ、バックドロップくらいしか技をやらないんですよ。他にも足攻めに特化していたり、何かと各々に特色がある選手が多くて、緻密でクラシックなプロレスが見れるのが2AWの魅力ですね。


──WWEやAEW好きのソイカラさんからすると2AWのスタイルは好みに合うでしょうね。

ソイカラさん そうなんですよ。特に吉田綾斗さんが好きで、例えば足攻めとかがアメリカンテイストで、キャラクターも含めて素晴らしいと思います。また、2025年3月にデビューした新人の彩月悠叶さんにも注目しています。彩月悠叶さんは先日センダイガールズプロレスリングで「じゃじゃ馬トーナメント」に出場したのですが、その試合を見た里村明衣子さんが太鼓判を押してしまうほどの成長っぷりです。デビュー半年にも関わらず、ですよ。日々メキメキと腕を上げている選手なので、今後の活躍が本当に楽しみです。




エディ・キングストンの魅力


──ありがとうございます。ここから好きなプロレスラーについて語っていただきます。ソイカラさんは5選手を挙げていますが、素晴らしいチョイスですよ。

ソイカラさん ありがとうございます。


──まず一人目がエディ・キングストンの魅力について語ってください。

ソイカラさん これは勝手な憶測ですけど、オールドファンがテリー・ファンクを好きになったような同じ感覚でエディが好きになりました。テリーもエディも感情移入しやすくて人々の心を打つような生き様を試合で表現しているじゃないですか。


──確かに!


ソイカラさん あと彼の人間性が好きですね。コロナ禍になってコスチュームを売ってプロレスを辞めようと思った時に、ダメ元で「コーディ・ローデスとやらせろ」と言ったのがAEWのトニー・カーン社長の耳に入って、AEW入りしてからトップに駆け上がっていって、一時期はROH世界王座、STRONG無差別級王座、AEWコンチネンタル王座の三冠王者(AEWコンチネンタルクラウン王座)にもなったことがありました。本当にアメリカンドリームですよ。


──遅咲きのアメリカンドリームですね。


ソイカラさん あと日本のプロレスにリスペクトを捧げていて、特に四天王プロレスが大好きなんですよね。技もアジャコングさんを彷彿とさせる裏拳(バックフィスト・トゥ・ザ・フューチャー)や北斗晶さんのノーザンライトボム、秋山準さんのエクスプロイダーとか自身のフェイバリットをプロレススタイルに入れ込んでいて、オタク気質があるところも最高なんですよ。


──そうですよね。

ソイカラさん エディを見ていると、超プロレスマニアがやりたいことや好きなことをリングで表現している感じがするんです。そこが人間臭いなと。しかも劇場激情型ですからね。だからファンの心を掴んでしまうのかもしれませんね。



──エディはテリーと同様にやられっぷりが素晴らしいんですよ。ダスティ・ローデスもそうですが、対戦相手にとっては叩き潰したり、殴りがいがあるレスラーじゃないですか。


ソイカラさん そうなんですよ。エディは強いんですけど、弱さも吐露するところがたまらなく好きです。プロレスって人間の素が出るジャンルスポーツじゃないですか。だからエディの素の分に共感してしまうんですよ。




ゲイブ・キッドの魅力



──ありがとうございます。次はゲイブ・キッドの魅力について語ってください。


ソイカラさん そもそもWAR DOGSが好きなんですよ。なぜなら、彼らの試合は技が少なくてシンプルだからです。WAR DOGSのメンバーはパンチ、キック、噛みつきで試合を組み立てているんです、特にゲイブはビンタ、クローズライン、パイルドライバーというシンプルな技でプロレスをする選手じゃないですか。

──確かに!

ソイカラさん ゲイブは新日本の野毛道場で修行している最中にコロナ禍になって、母国イギリスになかなか帰れない中で孤独と闘って頑張ってきた苦労人ですし、苦悩を乗り越えてトップレスラーの一角になっているのが嬉しいですね。


──ゲイブは本当に苦労してますよね。

ソイカラさん 元々はAEW嫌いを公言していたのに、AEWにも上がるようになったのでこれまでの発言と矛盾があるので一部で批判されたりしてますけど。でも、これもゲイブなりのなぞかけかもしれないので、どのような道程を歩んでいくのか気になります。



上村優也の魅力


──ありがとうございます。次に上村優也選手の魅力について語っていただいてもよろしいですか。

ソイカラさん 僕が昔のプロレスを見漁り始めた時に、ちょうど上村さんが怪我から復帰してきたんです。僕は1987年の「レッスルマニアIII」で行われたランディ・サベージVSリッキー・スティムボートが大好きで、上村さんはスティムボートに対するリスペクトが強いじゃないですか。


──確かにそうですね。

ソイカラさん アームドラッグ、バックハンドチョップとかスティムボートを彷彿とさせますよね。技もシンプルなものが多いんですよ。僕は技がシンプルな人がやっぱり好きなんです。

──お聞きしていてよく伝わります。

ソイカラさん 上村さんはアメリカンプロレスに対する敬意も伝わりますし、攻防を見ていてもクラシカルなスタイルなんですよね。今後またクラシックな技の引き出しも増えていって、上村さんなら今のプロレス界で”ニュークラシック”を開拓することができるのではないかと期待しています。


”ミスターパーフェクト”カート・ヘニングの魅力

──ありがとうございます。次は”ミスターパーフェクト”カート・ヘニングの魅力について語ってください。

ソイカラさん 僕の家にはいくつかプロレスラーのフィギュアがあるんですが、あえて唯一、八頭身で持っているフィギュアがミスターパーフェクトなんです。斎藤文彦さんの本を読んでプロレスを勉強しているんですけど、そこで1991年「サマースラム」で行われたミスターパーフェクトVSブレット・ハートに出逢うんです。


──名勝負ですね。


ソイカラさん ミスターパーフェクトという名前からして傲慢なキャラクターなのに、やられっぷりが凄いし、技がめちゃくちゃ綺麗なテクニシャンなんですよ。彼の試合から古きアメリカンプロレスの世界から抜け出せなくなりました(笑)。


──勉強になりますよね。

ソイカラさん ミスターパーフェクトからレイ・スティーブンス、ブレット・ハートの試合を見てさらに勉強するようになりました。


──素晴らしいです!

ソイカラさん ドルフ・ジグラー(ニック・ネメス)がミスターパーフェクトを彷彿とさせて、クラーク・コナーズがジグラーとミスターパーフェクトを足して割ったような感じで、ミスターパーフェクトがプロレス界に与えた功績は大きいんだなと感じてますね。




ハーリー・レイスの魅力


──最後にハーリー・レイスの魅力について語ってください。

ソイカラさん 僕らの世代にとって、レイスといえば清野茂樹さんがやっている『真夜中のハーリー&レイス』(ラジオ日本)がしっくりくるじゃないですか。でも、ミスターパーフェクトがきっかけでAWAやNWAの試合をたくさん見るようになって、レイスが好きになったんです。リック・フレアーほどやられるわけじゃないけど、ジャック・ブリスコほどレスリングでガンガンやるわけじゃない。プロレスラーとしてちょうどいいさじ加減が魅力なんですよ。



──おっしゃっていることはよく分かります。

ソイカラさん ジャイアント馬場さん、ジャンボ鶴田さん、アブドーラ・ザ・ブッチャー、テリー・ファンク…誰とやっても面白い試合をやるのがレイスの魅力ですね。


──確かに!


ソイカラさん レイスもニック・ボックウィンクルもそうですけど、技が色々とできるのに削りに削ってシンプルな技で勝負しているじゃないですか。そこが素晴らしいですね。


──レイスはやられもしますけど、強さもあって巧さもあって、弱さが見えないんですよね。


ソイカラさん そうなんです!そこがレイスの凄いところなんです。弱いところが見えないんですよ。



1970~1990年代のアメリカンプロレスの魅力とは?


──先ほどから話にも出ていますが、ソイカラさんがハマっている1970-1990年代のアメリカンプロレスの魅力はどこにあるとお考えですか?

ソイカラさん 斎藤文彦さんの本に影響を受けて、古いアメリカンプロレスに興味が出てきたんです。試合を見ていると、技をほとんど出さずに30分、長くて50分の長時間プロレスをやる技術が凄いなと思うんです。また、今のプロレスの由来を探っていくと、多くの部分が古いアメリカンプロレスな気がするんですよ。


──なるほど。

ソイカラさん 今のプロレスラーだと上村さんはリッキー・スティムボートにリスペクトがあるし、ゲイブ・キッドのコスチュームはスティーブ・ウィリアムスへのオマージュを感じますし、MJFはフレアーっぽいかなと思いきやディーン・マレンコのような感じもしますし。元ネタ探しがめちゃくちゃ楽しいんです。



──素晴らしい楽しみ方ですよ。

ソイカラさん ありがとうございます。今はChatGPTを使って古いアメリカンプロレスの情報を調べつつ、実際の試合の動画をもチェックして勉強してますね。


──プロレスは歴史探求ができるから面白いんですよね。

ソイカラさん そうなんですよ。例えばアントニオ猪木VSドリー・ファンク・ジュニアを見た時のことですが、試合はもちろん素晴らしかったんですけど、ドリーのセコンドにドリー・ファンク・シニアや若き日のハーリー・レイスがいることに気づきました。そういう思わぬ副産物に出逢うのが嬉しいので、これからもプロレスの歴史探求を続けていきたいですね。


(第2回終了)








 

 

 ジャスト日本です。

 

プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。

 

 

かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。

 

プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。

 

プロレスとは何か?

その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。

 

そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。

 

有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。

 

それが「私とプロレス」です。

 

 

 
 
今回のゲストはZ世代のプロレスファン・ソイカラさんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(画像は本人提供です)
 
 ソイカラ
1999年生まれ。2017年からプロレスに魅了され、2019年にはベトナムへ留学。東南アジア諸国を巡りながら格闘技・プロレス観戦を重ね、2023年にはAEWがロンドン・ウェンブリースタジアムで開催した「ALL IN」を現地観戦した。現在はコンサルティングファームで働きながら、古今東西のプロレスを追い続けている。

 

 

 ソイカラさんのXアカウント

 

 

 

 

 
ソイカラさんがプロレスに出逢ったのは偶然でした。
「プロレスってこんなにヤバいの!?」
彼はプロレスを好きになってからどんどん深みにハマっていきます。
このインタビューは1999年生まれのプロレス者・ソイカラさんが丁寧に語るプロレス探求の旅なのです。
 
第1回はプロレスとの出逢い、初めてのプロレス観戦など彼の原点についてお聞きしています。是非、ご覧ください。
 
 
 

 

 
 

 

 

 
 
私とプロレス ソイカラさんの場合
第1回 「1999年生まれのプロレス者」
 
 
 

 

 

プロレスを好きになったきっかけ

 

──ソイカラさん、この度は「私とプロレス」をテーマにしたインタビューにご協力いただき、本当にありがとうございます! このインタビューでソイカラさんのプロレス話をじっくりお伺いしますので、よろしくお願いします!
 
ソイカラさん こちらこそよろしくお願いします!


──まずはソイカラさんがプロレスを好きになったきっかけについて教えてください。

ソイカラさん わかりました。高校3年を迎える春休みだったんですけど、たまたま僕が長風呂しているときにスマホでAbemaTVで番組をスイッチングしていた時にプロレスの試合が配信されていたんです。奇抜な髪型の怖い男性が金髪のお兄さんをボコボコにしていたシーンでした。後から鈴木みのるさんとオカダ・カズチカさんということが分かるんですけど。


──そうだったんですね。

ソイカラさん この試合が、鈴木さんが結構オカダさんを攻めこんでいたのに、最後はオカダさんがジャーマン・スープレックスからレインメーカーを決めてあっさり終わったという印象を受けたんです。父がジャンボ鶴田さん好きのプロレスファンだったので、「なんでこんなにあっさり試合が終わったの?」と聞くと「プロレスはショーだから」と言われたんですよ(笑)。

──ハハハ(笑)。


ソイカラさん その次にAbemaでプロレスを見たのがウィル・オスプレイで、人間技とは思えない空中殺法をやっていて衝撃を受けたんです。当時、ニュースで普天間基地のオスプレイが話題になっていたので、名前が重なってさらに記憶に残りました。
鈴木さんとオカダさんの試合である意味プロレスの怪しさを知って、その次にオスプレイの空中戦を見て、プロレスって摩訶不思議で面白いなと感じたんです。


──やっぱりプロレスは多種多様ですからね。

ソイカラさん それで3度目にAbemaでプロレスを見たのが2016年4月10日・両国国技館で行われたオカダ・カズチカVS内藤哲也のIWGPヘビー級選手権試合だったんです。オカダさんが勝つかなと思っていたら、ドクロのマスクをつけたSANADAさんが乱入してきて、最終的には内藤さんが勝った試合で。その試合を見終わった時に「僕はとんでもないエンターテインメントに出逢ったな」と。そこからプロレスに心を掴まれたんですよ。


──今の話を聞くとソイカラさんが見た頃のAbemaはまだDDTがサイバーエージェントグループに入る以前だったということでしょうか?

ソイカラさん そうですね。たまたまAbemaでは新日本プロレスのダイジェストが流れていた時期でしたね。


初めて好きになったプロレスラー


──Abemaがきっかけというのは私からするとかなり新鮮です。ちなみに初めて好きになったプロレスラーは誰ですか?


ソイカラさん 鈴木みのるさんです。僕が考えるプロレスの魅力の一つとして「妖しさ」というのがあると考えているんです。鈴木さんのニックネームである「世界一性格の悪い男」って一般常識では理解できないニックネームじゃないですか。実力だけで勝負してもいいのに、当時は鈴木軍のメンバーが試合に介入したりしていて、ある種の矛盾もあるんです。でもなぜかそこに魅力を感じたんです。

──逆にですね。

ソイカラさん 鈴木さんは試合で出す技が少ないんですけど、その中でお客さんを沸かせるのが好きですね。あと人間としてもストイックにプロレスラーとして生き抜いているところも。当時は学生だったので鈴木さんの生き方には影響を受けました。

──そうなんですね。

ソイカラさん 僕はSNS世代なので、Xとかで見ると鈴木さんが「年齢で人をくくるな」「もっと先を見て生きているんだ」というポストをよくされてますが、そういった人間性は他のレスラーと異なって見えましたし、深みもあって。プロレスラー・鈴木みのるの面白さと人間・鈴木みのるの生々しい感情に心を惹かれていったのかなと思います。


──今も鈴木選手に対する思いは変わりませんか?

ソイカラさん 変わらないですね。今は新日本を離れて、アメリカやDDTに上がるようになっても鈴木さんはカッコいいですし、自身の生き様を貫いてますよね。


初めてのプロレス観戦



──では初めてのプロレス観戦はいつ頃ですか?

ソイカラさん  2017年9月12日の新日本プロレス・富山県魚津市総合体育館大会です。会場に着いてすぐに物販で鈴木さんの「KING」Tシャツを購入しました。それで鈴木さんに「サインお願いします」と声をかけましたが、鋭い視線で睨まれ、無言でサインを書いてくださいました。「応援します」というと「おぅ」と返事されましたけど、とにかくギロっという目が怖かったです(笑)。

──それは忘れられないプロレス初観戦になりましたね!

ソイカラさん この魚津大会の第1試合が海野翔太VS成田蓮でしたね。あと首輪に繋がれた飯塚高史さんが自分が座っていた席の後ろから接近してきて「殺される!」と思って逃げたのは印象に残っています。プロレス生観戦の興奮が忘れられず、僕は「一生プロレスを見続けていこう」と決意しました。会場を出た後、興奮冷めやらぬまま家に帰りました(笑)。



新日本プロレスの魅力


──ありがとうございます。ここからソイカラさんが好きなプロレス団体について語っていただきます。まずは新日本プロレスの魅力です。


ソイカラさん プロレスにハマってからずっと追い続けている団体です。やっぱり日本を代表するプロレス団体は新日本かなと。今は絶対王者がいない群雄割拠の状態が面白いなと思います。相撲で例えると現在IWGP世界ヘビー級王者のKOUNOSUKE TAKESHITAやザック・セイバー・ジュニアは横綱かもしれないけど、他にも大関や関脇クラスの選手がたくさんいて、誰が優勝するのか分からないんですよ。 


──それは分かりやすい例えですね。

ソイカラさん 海野翔太さん、上村優也さん、大岩陵平さん、成田蓮さん、辻陽太さん、ゲイブ・キッドは大関かもしれないですが、横綱ではないんですよね。この群雄割拠な現状から誰が抜け出して天下を取るのかという歴史的転換点を我々は見届けているのかなと思います。新日本プロレスは離合集散と変動を繰り返している歴史じゃないですか。


──確かに!

ソイカラさん 日本プロレスから独立してアントニオ猪木さんが旗揚げしたのが新日本プロレス。猪木さんの黄金伝説があって、初代タイガーマスクや長州力さんや藤波辰爾さんの時代があって、UWFが生まれた。平成になって闘魂三銃士の時代が訪れるも、2000年代に入ると格闘技の波に飲み込まれて暗黒期になって、棚橋弘至さんや中邑真輔さんが奮闘して復活して、オカダ・カズチカさんがレインメーカーとなってカネの雨を降らせて、内藤哲也さんが制御不能の時代を作ったという歴史があるわけですよね。

 

 

今の新日本は戦国時代

──その通りです。

ソイカラさん 2017年からプロレスを見始めた僕にとって、新日本プロレス
はV回復した後から見ているんです。いわゆるブシロード体制の新日本を。これからの将来、日本武道館、東京ドームだけでなく、全国各地で建設されるリボンビジョンと釣り天井ビジョンを備えた最新型のすり鉢型アリーナで、スーパースターとなった新世代の選手たちが激闘する姿を見届けられるワクワクがあります。これから10年、20年経った後、「あの時代の新日本を見てた」と誇れる日が来るのではないかなと考えています。


──それは棚橋体制の新日本が思い描いている輝かしい未来ですね。

ソイカラさん 僕がプロレスを見出した頃はオカダさん、内藤さん、ケニー・オメガが横綱として君臨していたように思うんです。でもオカダさんも内藤さんもケニーも今は新日本にはいないですし、彼らの壁として存在していた棚橋さんも引退するわけですよ。あるいは、オカダさんや内藤さんを倒して横綱になったジェイ・ホワイトもウィル・オスプレイもいない。今の新日本は戦国時代なんですよ。誰が天下を取るのか。天下を取った後にどのような風景になるのか。ものすごく楽しみです。



(第1回終了)




 

 

 ジャスト日本です。

 

プロレスの見方は多種多様、千差万別だと私は考えています。

 

 

かつて落語家・立川談志さんは「落語とは人間の業の肯定である」という名言を残しています。

 

プロレスもまた色々とあって人間の業を肯定してしまうジャンルなのかなとよく思うのです。

 

プロレスとは何か?

その答えは人間の指紋の数ほど違うものだと私は考えています。

 

そんなプロレスを愛する皆さんにスポットを当て、プロレスへの想いをお伺いして、記事としてまとめてみたいと思うようになりました。

 

有名無名問わず、さまざまな分野から私、ジャスト日本が「この人の話を聞きたい」と強く思う個人的に気になるプロレスファンの方に、プロレスをテーマに色々とお聞きするインタビュー企画。

 

それが「私とプロレス」です。

 

 

 
 
今回のゲストはXで「動画茶屋 山茶花」と称し、様々な映像作品や音楽の同時視聴スペースを運営されているプロレスファンの山茶花究太郎さんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
(画像は本人提供です)
 
 
山茶花究太郎(さざんか きゅうたろう)
毎週Xで水曜21:00から「動画茶屋 山茶花」と称し、様々な映像作品や音楽の同時視聴スペースを開催しており、時には臨時営業も。その週に視聴する作品は、当アカウントの固定ポストなどでご確認をお願いします。

 

山茶花究太郎(@holyShitsuckit)さん / X

 

 

 

 

 

 
最終回では、山茶花究太郎さんがXでの活動や心に残る名試合を熱く語ります。ファンとしての深い愛情と、プロレスを通じた繋がりが感じられる、感動的な締めくくりの回となっています。是非ご覧ください。
 
 

 

 
 

是非、ご覧ください!

 

 

 

私とプロレス 山茶花究太郎さんの場合 第1回 「プロレスとの出会い」 

 

 



 

 私とプロレス 山茶花究太郎さんの場合 第2回「プロレス愛と情熱」





 
私とプロレス 山茶花究太郎さんの場合
 最終回「動画茶屋 山茶花」
 
 
 

 










山茶花さんから見たライター・ジャスト日本とは?


── 山茶花さんは7~8年ほど前から私とXで相互フォローの関係で、いつもポストにいいねやリポストをしてくださっています。本当にありがとうございます。山茶花さんから見て私ジャスト日本とはどのようなライターとお考えですか?



山茶花さん  僕は5ちゃんねるとかの書き込みを目にして、プロレスに対しての揚げ足取りに本当に嫌気がさしていたんです。そんな中で、たまたまSNSを始めて間もない頃にジャストさんのブログ記事やポストを目にして、プロレスに熱を持って書いている人がまだいるんだなと嬉しくなったんです。



── ありがとうございます。


山茶花さん ジャストさんの文章は読んでいて真っ直ぐで熱くて、どこか切なくなるんですよ。だから僕はジャストさんのブログに出逢わなければ、プロレスを見るのをもう辞めていたんじゃないかな、と。


──そうだったんですね…。


山茶花さん  特に「俺達のプロレスラーDX」で高橋裕二郎選手の回(https://ameblo.jp/jumpwith44/entry-12051419540.html)が好きなんです。読むとジャストさんが上から目線ではなく近くから見ていて、本当にプロレスラーとプロレスに対して愛を持って書いているのが伝わってくるんですよ。


──なんだから照れますね(苦笑)。


山茶花さん ジャストさんのプロレス考察は非常にフラットで丹念なんですよ。そこが僕のプロレス心にフィットしたのかなと思います。電子書籍に、単行本『インディペンデント・ブルース』と『プロレス喧嘩マッチ伝説』も購入させていただきましたよ。





「動画茶屋 山茶花」


── 山茶花さんは現在、Xで毎週水曜21:00に「動画茶屋 山茶花」と称し、様々な映像作品の同時視聴スペースを開催しています。こちらのスペースを始めるきっかけについて教えてください。


山茶花さん  X内でフォロワーさんの様々な同時視聴スペースにお邪魔している内に、自分でもやってみたくなったんです。


── そうだったんですね。


山茶花さん Xでアニメとか特撮や映画が好きな人たちと話してるうちに、「みんなで一緒に見たら楽しいんじゃないかな?」って思っていて。最初は自分の好きな動画をリンクを貼って共有してたんですけど、フォロワーさんから「YouTubeの無料動画ならみんなで見やすいよ!」ってアドバイスもらって、そっちにシフトしたんです。だいたい1週間前に告知して、当日に同時視聴スペースを行うんです。



── なかなか楽しそうですね!


山茶花さん  毎回ジャンルや内容を変えてやってるんですけど、プロレスは1回だけハルク・ホーガンさんの訃報の直後にコッソリ別の日にやりました(笑)。その時は名前は知っていても、試合は見たことのない方ばかりだったので説明しながら視聴して盛り上がったんですけど、プロレスは熱くなりすぎる人やこだわりの強い人もいらっしゃるのでまだまだ怖くて出来ないですね。


── その気持ち、よく分かります。


山茶花さん でも、そのXのおかげで全国のプロレスファンや様々なサブカル好きの方と繋がれて、本当に楽しいんです。



山茶花さんの好きなプロレス名勝負三選



──ここで山茶花さんの好きなプロレス名勝負三選を教えていただいてもよろしいでしょうか。



山茶花さん  はい。まず1つ目は、1989年7月13日新日本プロレス・両国国技館で行われた獣神ライガーVS佐野直喜のIWGPジュニアヘビー級選手権試合です。この試合が高難度なテクニックとハイスピードで構成されている現在のジュニアヘビー級スタイルの原点で、加えて両者KOという結末が衝撃的だったんですよ。


──佐野さんがライガーさんを雪崩式バックドロップを敢行するも、佐野さんがライガーさんの下敷きになり、ライガーさんも後頭部を痛打して両者動けなくなって両者KOとなりました。


山茶花さん  そうですね。合わせ鏡のようなドロップキックの打ち合いに場外ミサイルキック、リング上から場外へのトぺ・アトミコ、エプロンから場外へのブレーンバスターとかなりエスカレートした攻防が印象的でした。今はこれ以上の攻防は普通に見られますが、この試合が起点だと思います。ライガーさんと佐野さんの抗争は結局半年くらいで終わるんですよ、佐野さんがSWSに行くので。なので結果的にライガーVS佐野は、太く短いからこそ人々の心に残った平成初期の名勝負数え歌ですよね。


──ありがとうございます。では2試合目をお願いします。


山茶花さん 1993年12月9日、全日本女子プロレス・両国国技館で行われたアジャコングVS工藤めぐみのWWWA世界シングル選手権試合です。


──これはいいセレクトですね。


山茶花さん 1986年同期対決でしかも両国国技館という大舞台で名勝負を繰り広げたんですよ。しかも技術で魅せるプロレスで、工藤さんの徹底した裏拳潰しの腕攻めをアジャさんが受け止めた上での本当に良い試合でした。工藤さんの雪崩式フランケンシュタイナーでの「幻の3カウント」があったり、アジャさんが工藤さんを裏拳7発でKO状態に追い込むも、マイクで「立て!!」と活を入れて。工藤さんも最後の力をふり絞って立ち上がって闘いをまだ諦めなかった。そして最後はまるで互いに抱きしめるような体勢で3カウントが決まって、アジャさんが勝利した時は感動しましたね。この試合は「女忠臣蔵」と銘打たれていて退団した工藤さんが赤穂浪士なら、残ったアジャさんひいては全女を吉良方と見れば結果として討ち入りは果たせなかったとしても、それ以上の感動を見せたのではないでしょうか。



──ありがとうございます。では3試合目を教えてください。


山茶花さん 2001年4月18日ゼロワン・日本武道館で行われた三沢光晴&力皇猛VS小川直也&村上一成です。三沢さんが小川さんをグラウンドでコントロールしたのがとても印象的な試合で、最初はジャイアント馬場さんとアントニオ猪木さんの代理戦争のイメージが強かったんですけど、時間が経ってから何か違うなと思いまして。


──それはどういうことですか?


山茶花さん これは競馬の話になるんですけど、海外で競馬はブラッド(血筋)ゲームとも呼ばれているんです。なのでこの試合は色々な格闘技のベース、いわば血筋が垣間見えるんです。三沢さんはレスリングと全日本プロレス、力皇さんは大相撲、小川さんは柔道、村上さんは総合格闘技という四者四様の血筋がリングで衝突した言わばブラッドゲームだったんだろうなと。当時深夜のノア中継でも試合を怖いもの見たさで見た記憶がありますし、今でも年一位で見返しますよ。最後の三沢さんが村上さんに見舞ったスープレックス3連発がプロレスでは見たことがない投げ方だったのが印象的でした。





今後について



──ありがとうございます。では山茶花さんの今後についてお聞かせください。



山茶花さん  田舎の片隅で、Xで情報集めて知らない人にプロレスの魅力をもっと広めたいですね。動画茶屋でプロレスの企画もやってみたいんですが、昭和の試合はマウント取りたがる人がたくさん来そうで正直ビビってます。AmazonPRIMEで配信されているアントニオ猪木さんの10番勝負のアントニオ猪木VSビル・ロビンソン戦とかやりたいなと思いましたけど、やってきた猪木さんファンに「お前に猪木さんの何がわかる!」とか「お前にプロレスの何がわかる!」なんて言われそうで結局引っ込めました(笑)。


──ハハハ(笑)。


山茶花さん 例えばストーンコールドのスタナー受け祭りとか、ルチャの飛び技と技術集みたいなテーマでYouTubeで動画を集めてみんなでワイワイ見るのは絶対楽しいと思うんですよね。今後も「動画茶屋 山茶花」でみんなで楽しめる動画を共有していきたいです。それが僕や来て下さる方にとって、ちょっとした”心のオアシス”になれば…。





あなたにとってプロレスとは?



──ありがとうございます。では最後の質問です。山茶花さんにとってプロレスとは何でしょうか?


山茶花さん  僕にとってプロレスは…離れたところにいても常に連絡を取り合っている友人みたいなものですね。


──それは素晴らしい表現ですね!


山茶花さん  Xで情報集めて、記事読んで、「ああ、プロレスまだ熱いな!」って再確認するたび、なんか心が繋がってる感じがするんです。離れてても、いつでもリングで会えるみたいな。プロレス見てると、人生のいろんな感情が蘇ってくるんですよね。プロレスがあるから、毎日ワクワクできるんですよ!



──これでインタビューは以上です。山茶花さん、今回のインタビューにご協力していただきありがとうございました。山茶花さんの今後のご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。


 


山茶花さん こちらこそ本当にありがとうございました。



【編集後記】

このインタビューを通じて、山茶花究太郎さんのプロレス人生が鮮やかに浮かび上がりました。ゲームをきっかけにした少年時代の出会いから、国内外の団体やレスラーの分析、Xでの活動まで、プロレスへの愛が全編に溢れたものでした。彼のファン心理は、プロレスの奥深さと普遍性を改めて示しています。プロレスは単なる競技ではなく、人生を豊かにする伴侶のような存在だと感じさせる内容でした。山茶花さんの今後の活動にも期待が高まります。