40年ぐらい前になりますが、青年会議所に在籍しているころにLD研修(Leadership Development Program)に参加した折、「厳よりして寛なるべし」という言葉をいただきました。
出典は、中国明代に著された「菜根譚」で、「恩宜自淡而濃。先濃後淡者、人忘其恵。威宜自厳而寛。先寛後厳者、人怨其酷。」とするくだりがから発したもので、書き下しは、「恩は宜しく淡自りして濃なるべし。濃を先にし淡を後にするは、人其の恵を忘る。威は宜しく厳自りして寛なるべし。寛を先にして厳を後にするは、人其の酷を怨む。」であり、その意味するところは、「人に恩恵を施すには、初めはあっさりとしてから、後に手厚くすべきである。先に手厚くして、後であっさりとすると、人はその恩恵を忘れてしまうものである。人に威厳を示すには、初めは厳しくしてから、後にゆるやかにすべきである。先にゆるやかにして後で厳しくすると、人はその厳しさを恨むようになるものである。」となっています。
小生は長らく、人との接し方や研修プログラムの作成に欠かせない視点としてきましたので、そうした姿勢に「厳しい」「強面」との評価をいただいてきたと思います。近年は9人の孫の前で「好々爺」を演じてはいますが、やはり、「厳よりして寛なるべし」の姿勢は不変です。
しかし、この頃の社会は逆のパターンが多く、人当たりが良い、寛容な態度を示す人に評価が集まる傾向や厳しい上司を部下が敬遠、拒否する例が少なくないようです。政治の場で物事の本質に迫ることをせず、表面的な大衆迎合の意見が抜港するいわゆるポピュリズムの台頭は課題の解決どころか大きな禍根を残す結果を招きかねず、何としても避けなければなりません。
明けて、小生は『古稀』。数え年70才となりました。昨年6月に県議会議長を退任し、言わば議会の『長老グループの一員』となったわけであり、後進を育てるという意識が必要となりました。昨年は、島根県の自民党にとって春の補選に続いて秋の総選挙でも県都松江で後塵を拝するなど不本意な事象もありましたが、孟子の離婁章に「子曰、人有恒言。 皆曰、天下國家。 天下之本在國、國之本在家、家之本在身。」とあり、その意味するところは、「天下国家を論ずる前に、まずは自らを鍛え足許を固めなさい」と言うことで、難しいことに顔を背け、敢えて艱難にチャレンジをしようとしない世代を鼓舞し、島根創生が前に進むよう努力する1年にしたいと思います。