国内ではコロナの新規感染者が大きく減少し、目に見えて人の往来が増加していますが、欧米の感染状況を伝える外電は、感染収束がまだ遠いところにあると感じさせています。もうじき義母の1周忌を迎えますが、コロナ禍でありながら曽祖母の自宅で臨終を看取った小学5年生の男の子(小生の孫)は作文に、「この前、大きいおばあちゃんが亡くなりました。僕にとって身内の人が亡くなるのは初めてでした。僕は大きいおばあちゃんといつも一緒に住んでいるわけではありませんが、お正月やお盆には、子や孫やひ孫などたくさんの人が大きいおばあちゃんの大きな家に集まって、いろんな話をして過ごします。大きいおばあちゃんのシワシワの顔いっぱいのうれしそうな笑顔を見ると、いつも世代を超えた家族の強い絆が感じられました。大きいおばあちゃんが亡くなったときも、いつものように大きいおばあちゃんの家にみんなが集まりました。目を閉じた大きいおばあちゃんの手はびっくりするほど冷たく、僕は悲しくて涙が止まりませんでした。でも、みんなで大きいおばあちゃんを天国に送ることができたので、きっと大きいおばあちゃんはシワシワの顔の目を細めて喜んでいると思います。」と綴り、近親縁者のみならず隣人・知己が誕生や臨終をわがことのように喜び、悲しむという『人の行き来(往来)』がコミュニティの基本になることを子どもながらに感じたようです。依然として、病院や介護施設では、感染拡大防止の観点から、家族を含めて面会の制限が実施されてますが、一日も早く『かつての日常』が戻ってくることを願うばかりです。