衆議院議員の竹下亘先生が9月17日の夜、東京都内の自宅でご逝去されました。74歳でした。竹下亘先生は実兄の竹下登先生の病気引退をうけて平成12年の総選挙で島根第2選挙区から立候補し、錦織淳さんとの激戦を制して初当選され、以後7回の当選を重ねられ、復興大臣や自民党総務会長や国会対策委員長を歴任されました。平成12年当時は島根県の選挙区は3つに分かれており、島根第2選挙区は出雲市と平田市、簸川郡、大原郡、飯石郡、八束郡の一部がエリアで、選挙中(6月19日)に登先生が逝去され、市議会議員だった小生も候補である亘先生とともに喪章をつけて街頭活動に汗したことを昨日のように覚えています。登先生の政治信条である「ふるさと創生」を引き継ぎ、「田舎が良くならなければ、日本は良くならない」と社会基盤の脆弱な島根県の振興に力を尽くされました。さして強くないお酒のコップを片手に支持者との接点を欠かさない政治スタイルが一昨年の食道がんの発病によって姿を消し、政界引退となったことは残念で、片時もhi-liteを離さない愛煙家で、そのことが必ずしも長寿とは言い難い、74歳で鬼籍に入る一因となったとすれば、もっと『ホド・ホド』を奨めるべきだったと悔やまれてなりません。一極集中から多極分散を主眼とする「ふるさと創生」の政治理念は、地域や時代を超え、いま、日本の地方振興政策の主軸となっており、島根県で政治に取り組むすべての者が引き継ぐ理念とすることを固く誓い、竹下亘先生を天上界にお送りしたいと思います。合掌。