令和3年度の始まりはかけがえのない友人との別れで幕開けました。”ないものはない”を宣言し、情報発信と徹底した交流人口の拡大で高齢化と人口減少の難局に立ち向かう隠岐の海士町にあって、隠岐国商工会の会長として山内道雄前町長を支え、島民の雇用の場を守り続けた、隠岐潮風ファーム㈱の田仲壽夫社長が病気のため3月30日夕に逝去されたと連絡がありました。平成初年から建設業(飯古建設㈲)の社長を務めていた田仲さんは、バブルの崩壊や地財ショックで減少する公共事業の受注を定置網漁業や和牛肥育などの異業種参入によって克服し、「1人の解雇者も出さない」とする経営方針で、従事者の雇用継続を図り、潮風ファーム㈱を和牛の生産・肥育を一体化させることで”島生まれ・島育ちの隠岐牛”というブランドを確立するまでに育て上げました。小生は旧平田市議時代に田仲さんと知り合い、つねに海士町や仲間のことを思い、一途に島の行く末を語る姿に胸打たれ、まぼろしとなった河下-隠岐の新航路開設やCAS事業、島前高校魅力化などで往来を重ね、一緒に汗をかきました。波浪警報発令中の海で高速船の試験運航に参加したり、潮風ファーム㈱で育てた雌牛の初セリに同行したことなど、つい昨日のことのように感じますが、コロナ禍で、病床の見舞いもままならなかったことが悔やまれます。昨春からの闘病生活が復帰を期しての厳しいものだったと想起すると言葉が見つかりませんが、いまは、天上で安らぎを得てくださいと祈るばかりです。合掌。