「鰥寡孤独」という熟語は孟子の「王曰、『王政可得聞與。』對曰、『昔者文王之治岐也、耕者九一、仕者世祿、關市譏而不征、澤梁無禁、罪人不孥。老而無妻曰鰥、老而無夫曰寡、老而無子曰獨、幼而無父曰孤。此四者、天下之窮民而無告者。』文王發政施仁、『必先斯四者。詩云、哿矣富人、哀此煢獨。』」が出典です。その意は、斉の宣王が孟子に「王者の政治についてお聞かせ頂けないか」。と問うと、孟子は、「昔、文王がを治めていた頃、農民には収穫の九分の一しか課税せず、官吏には俸禄を世襲させ、関所や市場では取り調べはしても通行税や物品税を徴収したりはせず、沢地や、を仕掛けた川で漁をすることを禁止することもなく、罪人を処罰するに際しては妻子まで連座させるようなことはしませんでした。老いて妻のいない者を鰥と言い、老いて夫のいない者を寡と言い、老いて子のいない者を独と言い、幼くして父のいない者を孤と言います。これら四種類の人々は、世の中でも特に困窮している民であって、苦しみを訴える相手もない人々です。」と答え、文王は政令を発して、「詩経には富裕な人は幸福で、哀れなのは身寄りのない人々だとある。仁政を行うに際しては、これら四種類の人々先に救うべき。」とするものです。日本では1400年ほど前の「令義解」に同様の記述があり、以後、鰥寡孤独の境涯にある者に対しては3親等以内の親族が、そうでない場合は地域で支援することが法で義務付けられてきました。鰥は「やもお」、寡は「やもめ」と読みますが、今日まで「寡婦」「孤児」「独身」という言葉が残り、「やもお」は死語となったものの、現在は「おとこやもめ」と称されるようになっています。教育や保育の拡充などによって若い世代への給付を拡大することや多様な働き方を可能にする改革に異論はありませんが、財源の裏付けのない給付によって後世へのツケ回しを増大させることは避けるべきです。