プロ野球界のスーパースターであった清原和博選手の逮捕が報道され、全身に昇り龍の入れ墨云々のコメントを聞いて、小生が幼少の頃に「生傷の絶え間がない」と母が悲嘆し、仏壇の前で「身体髪膚 之を父母に受く・・・」と説諭されたことを思い出しました。現代はファッション感覚で自分の体に刺青やタトゥーを入れたり、リストカットしたりすることが珍しいことではなくなり、海外のプロサッカーやプロバスケットポールの選手にもそうしたケースをたくさん見かけます。泉下にある父母の声は聞こえませんが、「自由」「多様性」「時代の流れ」「社会の変化」などの言葉によって倫理や常識がいとも簡単に変わってしまうことには違和感があり、今更ですが、孔孟の教えに味わいを感じます。
「身體髮膚、受之父母。不敢毀傷、孝之始也。立身行道、揚名於後世、以顯父母、孝之終也。夫孝、始於事親、中於事君、終於立身。」(孝経)
(書き下し文)
「身体髪膚、これを父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり。身を立て道を行ひ、名を後世に揚げ、以て父母を顕はすは、孝の終りなり。それ孝は親に事(つか)ふるに始まり、君に事(つか)ふるに中し、身を立つるに終る。」
(現代語訳)
わが身体は両手・両足から毛髪・皮膚の末々に至るまで、すべて父母から頂戴したものである。それを大切にし、いわれもなくいたみ傷つけないようにすることが孝行の始めである。立派な人物になり、正しい道を実践し、名を後の世までも高く掲げて、『あれは誰々の子だ』と、父母の名を世に広く輝かせることが孝行の終わりである。孝行ということは、家にあって親に仕えることが始まりで、家を出て君に仕えることがその中間、孝と忠とを全うして立派な人間になることが終わりである。