中国六朝時代の「宋書倭国伝」などに讃・珍・済・興・武と表される五人の倭国王は、日本古代の天皇を示したものとされています。讃は応神・仁徳・履中のいずれか、珍は仁徳か反正、済は允恭、興は安康、武は雄略の各天皇に比定されますが、巨大な前方後円墳を築造するなど、巨大な権力基盤を有する勢力であったと考えられます。7月25日、出雲市の古代出雲歴史博物館で「倭の五王と出雲の豪族」と題する企画展が始まりました。五世紀を中心とする古墳時代中期、緊張関係にあったと考えられてきたヤマトと出雲の関係は、最近の調査研究で、出雲がヤマト王権に列する「直参」的なものであったとされており、今回は大阪府の誉田八幡宮蔵の国宝「金銅製鞍金具」をはじめ重要文化財七件を含む120件が展示されています。午前9時から行われたオープニングセレモニーで花園大学の高橋克壽教授は「全国から古代史研究を志す者が出雲に集まり、考古学見地から出雲とヤマトの関わりを解明することは快感に等しい」と挨拶し、仁木学芸員が企画展示の内容について解説しました。