2月15日、ソチオリンピックのスキージャンプ競技の男子ラージヒルで、史上最多となる7度目の冬季五輪に出場した41歳の葛西紀明選手が銀メダルを獲得した。日本選手団の主将を務める葛西選手は、出発前に「心技体のどれ一つ欠けても絶対に世界は取れません。精神的にも年を重ねていく中で、悔しいこと、辛いこと、たくさんの修羅場をくぐり抜けてきて、ようやく、常に安定した状態を保てるようになりました。」とコメントしていたが、試合後には必ず家族に対する感謝の思いを口にする。
致知のインタビューで、葛西選手は、「米も買えない、電話も引けないといった貧しい少年時代に、大好きなジャンプを続けさせてくれた母に金メダルを取って、家を建てると約束し、厳しい練習を乗り越えてきました。」しかし、「実家が火事に遭い、母は全身火傷で亡くなりました。入院中、手も握れないひどい状態の母が、痛みと死の恐怖に必死で闘いながら『いまこの時を頑張れ。絶対お前は世界一になれる。おまえがどん底から這いあがってくるのを楽しみに待っているよ。』と書かれた日記が残されていました。」「今でも手紙を開くとポロポロと涙がでてくるんです。大事な大会の前にはこの手紙を読み返します。見るたびにものすごく大きな力をもらえるんです。」と語っている。
葛西選手は、「なぜそこまでひたむきになれるのか。」という問いに「長野の悔しさ」をあげるが、彼が世界中から「regend(伝説)」と形容され、尊敬されるのは度重なる逆境を乗り越え、克服し、進化する根元に「愛する人のため」というヒューマニズムが読み取れるからだろう。2月18日、男子団体ラージヒルで3位となり、日本に16年ぶりの団体メダル獲得をもたらした。「自分の銀メダルを祝福してくれたチームメイトにメダルを取らせてあげたかった」と涙した葛西選手は、紛れもなく、ソチオリンピックを「葛西の伝説」の舞台にしたと言っても過言ではない。