天井川である斐伊川は、度重なる大洪水によって流域住民を苦しめてきました。斐伊川放水路は、昭和47年7月の大洪水を契機に、斐伊川の抜本的な治水計画として策定され、昭和57年に出雲市が同意し、昭和60年12月から用地交渉が始まりました。平成3年には大社湾の漁業補償が決着、平成6年5月、本体工事が起工しました。平成25年6月16日、出雲市上塩冶町のグリーンステップと称される放水路掘削残土処分場で竣工式典、また、出雲市立古志体育館で祝賀会が開催され、国、県、市の行政、議会をはじめ地権者、工事関係者など関係者約500人が出席しました。計画発表から38年、着手から32年が経過した事業は、本体で約322haの用地と437戸の家屋移転を必要とする総事業費約2500億円の巨大プロジェクトであり、上流 ・ 中流 ・ 下流がお互い治水機能を分担する斐伊川治水計画は、上流部の志津見ダム、尾原ダムの完成に続く中流部対策の終了によって、いよいよ下流部対策となる松江市の大橋川拡幅、宍道湖・中海の護岸改修事業が進捗すれば、「平成のオロチ退治」と称される事業が完成に向かいます。