梶谷泰三さんはJAいずもで営農生活センター長やブロック長を経たのち、施設農業を志して退職、独立し、先年、大型ハウスを建設するなど奥様と夫唱婦随で野菜づくりに精魂をかたむけた人でした。地域あっては消防防災や地域活動に積極的に関わり、「泰三さん、泰三さん」と慕われた人でした。1月10日、新年賀会で地域の人と和やかに交換した翌朝、「灘橋に凍結防止の融雪剤を撒く」と吹雪のなかを出かけ、急性心不全で急逝されました。57才。惜しみても余りある早逝で、農家経営のノウハウを知り尽くした、現下の地域農業にとって唯一無二の指導者を失った打撃は極めて大きなものがあります。小生にとっては直言して下さるかけがえのない人であり、生前のご厚情に感謝し、心から哀悼の意を表します。合掌。