今回はこの馬を。
ブラックコンドル
父 エルコンドルパサー
母 オレンジピール (母の父 サンデーサイレンス)
社台RHの所有馬でしたね。
血統を見ていくと・・・。
母オレンジピールは現役時代4勝を挙げ、勝ち鞍の中には、プロモーション(アドマイヤメインの母、アドマイヤジュピタの叔母)を破って優勝したクイーンCや、メジロドーベル、スカーレットメール(母スカーレットブーケ)を破って優勝したチューリップ賞などがあります。
姉にはメローフルーツがいる他、一族にはヤマニンシュクルやヤマニンメルベイユ、ヤマニンキングリーなどがいますね。
良血馬です。
このブラックコンドルのデビューは2003年7月20日。
函館での新馬戦でした。
2番人気に推されるも5着。
初勝利は2戦目の未勝利でした。
その後は、黄菊賞を3着、京都2歳Sを3着します。
ちなみに、この京都2歳Sではポップロックに先着していますね。
2歳時最後のレースは中京での中京2歳S。
この時は、雪の影響でダート変更となりました。
このレースでは鞍上に武幸四郎騎手を迎え、1番人気に推されると、またもやポップロックに先着するだけでなく堂々の1着ゴール。
これでOP入りを果たします。
年が明けて3歳。
初戦の共同通信杯では2番人気で8着。
その後は故障のために休養し、復帰したのはその年の朝日チャレンジカップ。
ここから約半年は赤木騎手が騎乗しました。
朝日CCを5着、菊花賞はデルタブルースの12着。
ここで条件戦に戻ると、主戦場も芝からダートに移し、1600万下の花園Sで3着した後に、暮れの中京・春待月Sに格上挑戦し、1番人気に推されて優勝。
再びOP入りします。
年が明けて4歳。
平安Sを2着、佐賀記念を3着した後にスランプに陥りました。
そこからが苦難の日々で、障害入りするまで16連敗を喫します。
そして2007年7月に障害入りすることとなりました。
障害デビュー戦は2007年7月7日の阪神競馬場。
鞍上に小坂騎手を配して障害デビューを果たしましたが、ゴール地点ではこの馬の遥か前に1頭の競走馬が。
なんと、ウインクリューガー。
以降は未勝利戦、障害OPと小坂騎手で連勝し、4戦目の障害OPではマチカネビシャモンの2着。
障害成績を4戦2勝2着2回として、重賞戦線へと向かいました。
障害での初重賞挑戦は中山大障害・・・。
いくらなんでもムリだって・・・。
だってこのレース、16頭立てだったんですが、この競走に出走していた5歳馬が5頭。
この5頭で掲示版を独占したとんでもない世代の全盛期だったレースでしたからね。
あ、ここでちょっと脱線です。
ここでいう5歳世代というのがとんでもない馬ばかりで、平地でもディープインパクトがいた世代なんですよ。
障害でもレベルの高さがはっきりとわかり、この2007年の中山大障害では、
1着 メルシーエイタイム
2着 キングジョイ
3着 マルカラスカル
4着 テイエムドラゴン
5着 メジロベイシンガー
と、全て5歳。
これらの馬たちは代わる代わる中山大障害を制し、なんと3歳時~7歳時まで同世代で中山大障害5連勝を達成しました。
3歳時 : テイエムドラゴン
4歳時 : マルカラスカル
5歳時 : メルシーエイタイム
6歳時 : キングジョイ
7歳時 : キングジョイ
と。
さらに加えて、メルシーエイタイムについては3歳、4歳、6歳、7歳で2着。5歳時には優勝していますから、中山大障害5年連続連対というとんでもない記録を持っていますね。
さて話を本題に・・・。
このとんでもないメンバーの中山大障害ではさすがに歯が立たず、4番人気ではありましたが14着に負けてしまいます。
年が明けって7歳となってからも、牛若丸JS(6着)、障害OP(5着)、障害OP(3着)、安達太良S(平地:12着)、小倉サマーJ(3着)、三木ホースランドパークJS(5着)と走って現役を引退しました。
引退後は2010年まで乗馬クラブクレイン竜ヶ崎にいたようですが、今、ここのHPを見てみるとブラックコンドルの名前はなく、オースミステイヤー、ハレルヤサンデー、ヘイアンウインザーの名前があります。
まだここにいるのかな???
それとも別のところに移動しているのか・・・。
ご存知の方がいたら教えて頂ければと思います。
さぁて、次は何を書こうかな~
【投稿者】 ぼやっきー