頭の中が整い、「心の散らかり」が減っていくとき、その代金は必ず物理空間の帳簿で決済されます。
ですが、私の中にはひとつの疑問がありました。
「頭の中が整って情報エントロピーが減るとき、なぜ物理空間で1000もの大きな変化(物理エントロピ一の増大)が起きているのに、
最終的に残る全体の散逸(一般化総エントロピーの時間変化率)は、わずか『+1』にしかならないのだろうか?」と。
この疑問の霧が鮮やかに晴れ渡ったのは、先日の講義で示された定理15の数式
の真意に触れ、そして永森コーチの配信やブログで提示された『1=1000+(-999)』という鮮烈な解釈に出会った瞬間でした。
一見すると「足し算」に見えるこの定義式は、
マイナスの情報エントロピーの変化率を足し合わせる
「実質的な引き算(相殺)」を意味していたのです。
一般化総エントロピーの時間変化率(=正味の散逸)とは、
情報空間で頭が整った(-999)ことと引き換えに物理空間が大きく動き(+1000)、
それらが帳簿上で相殺された結果として残る「正味の差分(+1のズレ)」に過ぎませんでした。
1=1000+(-999)
永森コーチの解説によってこの「+1」の意味が腹落ちした瞬間、世界の見え方が一変しました。
整えられた情報とは、物理空間で消費するための「電池(ガソリン)」ではなく、物理空間での無駄な走行ロスを抑え、効率よく現実を動かすための「制御器(地図)」だったのです。
苫米地博士は論文『認知潜在ポテンシャル・エクセルギー理論』の要旨で「整えられた情報は電池ではなく制御器である」と示されています。
まといのば先生が先日の配信で「ガソリン(物理
資源)は配ると減ってしまうが、地図(情報)はいくら多くの車に配っても手元の情報は減らない」と解説されたように、情報とは物理的に消費される燃料ではなく、物理空間の進路を最適にコントロールする設計図に他なりません。
目的地へ向かう際、
地図を持たない状態では手探りのランダムウォークを繰り返し、無駄な走行ロスや摩擦熱(無秩序な散逸)を物理空間で発生させてしまいます。
しかし、
精緻な地図(制御器)を手にしていれば、情報空間で頭を整えた秩序(-999)によって物理空間を効率よく動かす (+1000)ことができ、
無駄な摩擦や走行ロスを発生させずに、正味の散逸(時間変化率)を「最小限の+1」に抑え込んで目的地へ到達できます。
この「+1」とは、単なる計算の余りではありません。
「精緻な制御器を持った者が、無駄なエネルギーを散逸させずに現実を動かした、最小限の美しき痕跡」だったのです。
ただし、ここでひとつ心に留めておきたい大切な点があります。
それは、「ゴールへ至る一本道のルートや道順(How to)があらかじめ印刷された地図として与えられるわけではない」ということです。
手に入るのはあくまで、世界の構造を見渡す「情報空間の地図」です。その地図の上で具体的な足取りを選び取り、どのように歩みを進めていくのかは、他ならぬ「自分自身のゴール」によって見出され、切り拓かれていくのです。
どれほど精緻な地図(制御器)であっても、それを起動させ、現実を書き換えるコンパスとなるのは自分のゴールに他なりません。
情報空間の地図を手に抱き、己のゴールを羅針盤として、力強く未来へ向かって歩んでいきましょう。
今回も読んでいただきありがとうございました。
またお会いしましょう!
