こんにちは
永遠の0 を観てきました。
久しぶりに迫力のある映画だったな。
家に帰って 永遠の0を検索してみると、
みなさん様々な見方、思いがあるようです。
その昔、
おじいさんが中国に戦争に行ったときの話を聞いていたけど、
実際戦争に行ったら、次の瞬間、どおなっているかわからないな
って想像をしながら観ていました。
何を常識にして生きているかで、
まったく人生変わってしまいますね。
戦争映画だけど、いろいろ思うところがありました。
思うところってのは、
誰かが犠牲になるということが、
現代も形を変えて起こってるってこと。
TVでも話題のブラック企業
システムエンジニアが過労死ってニュースになってたけど、
元々システムエンジニアを長年やっていたので、
他人事じゃないなって思います。
おれもヤバかったときがあったからなー
そんなに働かすの、どおなの?
戦争 も 労働 も 三途の川を渡ってしまったらどおにもならん。
言いたいことは、
命令している者は、いつの時代も安全なところに隠れていて、
犠牲になっているのはいつもこき使われているほう。
ほとんどの場合、こき使われているほうが使える人間だ。
こんなことをしているから、
いま、0歳児の子供の数は僕の年代の53%まで減少。
少子化って言っても、さすがにこの数字はなー
企業の内部留保はだいぶあるはずなのに、
所得が上がらないから、この子供の数。
大企業と所得がある一定額ある人だけが生き残っても、
生き残った者だけで、
いまと同じ生活はできないってことがわからないのかな。
大企業の下請けが倒産すれば、
大企業の人達でその仕事を兼任しなければならないんだよね。
でも、それは能力的にも物理的にも不可能だと思う。
お金があっても労働力が半分になったとき、
機械に頼らないといけないわけだけど、
機械も壊れるから、それも無理だもんな。
TVでどっかのおっさんが、
人口減ってもいいとか言ってたけど、
いろんな意味で、そいつは違うね。
世の中、
誰が先に三途の川を渡るかの勝負をしているようにしか
思えないことが多くないか?
物々交換してた原始人の時代のほうが、幸せだったのかもしれない。
何もない時代のほうが、人の気持ちに敏感だったかもな。
なにか得ると、何かを失う
欲望のバランスってのが必要な気がする。
自分だけが幸せになろうとすればするほど、
その幸せの時間が短くなるように思う。
現代は、
筆と言葉で戦争をしている
と思うのは俺だけだろうか。
歴史は、形を変えて繰り返されている
やれやれ だな
