水面からめくりとった水びたしの月 -10ページ目

恐竜は灯されながら

大昔の微生物の

死骸の堆積したものが

今われわれの使っている

化石燃料

石油となっているのです

それが われわれの

文明を支える

電気を作っているのです


教師の話の

微生物の「び」の字を

聞きもらした少年


やがて

ゆっくりと

恐竜が 頭をもたげる


あの赤い光も

白い光も

もとは大昔の生物

三葉虫や 恐竜なんだ


恐竜は家やコンビニや学校に灯されながら

歌を歌う

夜の歌 永遠の歌

沈黙の歌

太古の歌


恐竜は 噴水を照らしながら

昔話をする

陽光に照りかえる羊歯の

永遠のような昼下がり


明日みる夢までも

雲のスクリーンに

照らしだされていた


蝶は蝶の影を追って

山を越えていった


隕石が降ってきたときはこわかったよ

星はきれいなだけじゃなく

ときに凶暴化するんだね


恐竜は

街路や塔の上で

星明りや月明かりの

代わりを務めながら

ひとりごとを言う


とてもいい風が吹いてきた

海のにおいがするよ

エイやアンコウやホタルイカの

大群が群れをなして

空をわたっていく


恐竜は水平線や稜線の

点線となってきらめきながら

木や屋根やベランダを這う

電飾になってまたたきながら

すこしずつ 蠢き

増殖してゆく


恐竜たちと踊ろう

もう 朝は来ない

高い山へ登ろう

恐竜の光で地上がいっぱいになったから

朝が 一旦闇に溶けた世界を

新しく構築することはもうない


恐竜たち

さあ 踊ろう

死んだことなんか忘れて

恐竜たち

さあ 踊ろう  

絶滅したことなんか忘れて


星リンガル

だれも


星リンガルを


発明しないで


もう 実体のない星の


瞬きが ぜんぶ


”助けて” だったら


寂しすぎる

満月

幻燈のような


満月を


見つめていたら


宇宙の向こう側が


透けて見えた

月の裏側に言語野という名の荒野があり

あの日 富士山上空の希薄な大気が

増殖し 南下し ついに祖母をとらえた

一月十三日 土曜日 気温華氏5度

青い天蓋を蹴破って

侵入した荒くれ者の宇宙が祖母を喰った

祖母は入れ子装置だった

吹く前の風と流れる前の時を内包していた

薄雲に漉された月の明かりを頼りに

祖母は猫のチョロ子を捜す

ただ生き物の気配を名残に感じたくて


かつての祖母の口癖は とぜんね

孫たちにたびたび聞かせた けれども

暗号の前で見合わせた二つの顔

部屋いっぱいの空白と 言葉を補う笑い顔

予告もなく突然来るかもしれないと

だんごを作って待った黒土の厨に

とぜんねは 増殖し 飽和した


五右衛門風呂の底に足の裏を焼かれ

裸電球に目を射られ

大きな毒々しい花模様の

堅く薄い布団のカビのにおいに鼻腔を支配される家へ

孫たちは祖母を守りに行けなかった

白木の箱の小窓から見た小さな顔

”とぜんね”は”さびしい”だと

早く孫たちに教えてやっておくれ

途中で涙に裏返った息子の送りの言葉を

祖母は恥ずかしく思い返していた

息子の点けた火に焼かれながら


突然 宇宙に記憶を吸い取られた息子と

見舞いの果物の皮を剥く孫娘

濃密な果実の香りが病室に充満する

”こんにちわ”が往来し

なんだ 話できるじゃないと

孫娘が笑ったところで 和の勢いが途切れた

ありきたりの問いかけが 次から次へ

白い磁器のブラックホールへ吸い込まれていく

薄いりんごの皮といっしょに

体調はどう?の問いかけに

静寂のつぼみがまた 一つはじける

孫娘は 自分のかけている折り畳みいすの横に

話しかけられてろくに返事もしなかった

十三歳の自分を試しに置いてみる

ステッカーの剥ぎ跡のような昼下がりの月

その中核に何か忘れ物をした

と 仮定して


簡易テーブルに差し出された封筒とペン

”みなみ”の一言

病室いっぱいの空白と 言葉を補う笑い顔

不意に回診の医師が

リハビリしてるからもうすぐですよと

空気を攪拌していく

甘酸っぱい澱がまた ゆうらりゆらぐ


月の裏側に言語野という名の荒野があり

手の甲に斜創をもつ日本兵が逃げまどう

雀を撃ったが 

肉が木っ端みじんになって喰えなかった

歩きながら眠れない者は

置き去りにされ 野たれ死にした

荷物運びの現地人を

せきたてるために銃を向けると

殺してくれと 頭を押しつけてきた

そうだ これで孫娘は

もう答えを聞かされる気遣いはない

あなたはその時 引き金を引いたか

と 訊いたと仮定して


孫娘が お大事に と病室を出る

訓練で取り戻した”よろしく”に見送られ

日本海を渡ったのは 息子の命

そして 記憶

重すぎる密輸品だった

宇宙に放たれるまで






 



できないことを数えてみる

親の愛は

見返りを求めるものじゃないから

いてくれることが

親孝行だよ

元気でいてくれることが恩返しだよと

父は言っていた

親の言うとおりにしていれば

間違いはないんだから

世話してもらったんだから

逆らわずにいうことを聞きなさいと

母は言っていた

兄は母に従い

私は父の言葉のとおりにした

病気の母が

もう できないことを数えてみる

かけっこ

あやとり

親切でハンサムな

会社の先輩の

自転車の荷台の乗せてもらって

一緒にころぶこと

母がもう

しなくていいことを

数えてみる

朝三時起きの仕込み

百枚の食器洗い

自分に強いて

笑うこと

わがままな子供たちに

ふりまわされること

母がもう一度

できるようになると

思っていることを

数えてみる

お花見

旅行

ドライブ

ピクニック

家族みんなで

テーブルを囲んで

トランプにゲーム

となりのベッドの人が

いたいいたいと言うと

いたいいたいと口真似するのよ

看護士が

ごめんね

お母さん

ほかのことなら

してあげられるけど

私はお母さんの血を

入れ替えてあげられないから

辛抱してね

母がありがとうと

丁寧に頭を下げる

造反して自分の意志を持った

裏切りロボットの私に

他人に頭をを下げるように

私 あなたの子供のままだったら

もっとよかったのに

境界線

旅の空と


普段の空は


続いている


待っている人


を 思って


見上げたところが


境界線

月と伝説

わたしは

恋するように月を見ることができる

ただ 幾世目の生でも

夜には あまり

死ななかった


わたしは

エデンに住むことができる

ただ ケルビムの種を自分で

蒔いただけ


わたしは

流れ星を湖底まで

見届けることができる

トリトンさえ

かがやいていれば


もしわたしが

ノアなら誰も見捨てない

箱舟は沈んで

みんな 滅びる





SOUND OF SILENCE

月の


欠ける


音が


聞こえた

シェ・ソワ

薔薇の香りから


十歩目の辻で


沈丁花を嗅いで左折


百メートルほど行ったら


木蓮が匂ってくる庭があって


その隣


私の家は


目を閉じていても


来られるくらい


花に溢れた


町にあります




TRUTH

どうしよう


もし 宇宙の真理が


ガンダムのガチャポンのどれかに


入っていたら