水面からめくりとった水びたしの月 -8ページ目

今まで読んでいただきありがとうございました

すばらしい人たちと知り合えてコメントもいただいたので、全てを消すのはしのびなく、残骸を散らかしたまま去ることをお許しください。

ヨクサ モドイヤシタ(おかえりなさい)

ヨクサ モドイヤシタ

ヨクサ モドイヤシタ

と くりかえす

白黒写真でしか知らない

親戚たちが 帰ってくるから


靴はどこかで 片方脱げてしまった

荷物は重すぎて 汽車に持ち込めなかった

食料も持ち出せなかった

そもそも どこへ行っても

みつけられなかった

服も帽子も 置いてくるしかなかった

自分の体も シベリアの凍土の中に

置いてこなければならなかった

そう言いながら 親戚たちが

蒸気機関車で 帰ってくるから


仏壇に叔父たちの名を呼びかけていた

祖母の代わりに

一番年下の

俺だけが帰ってきたと

つらそうだった

父の代わりに くりかえす


ばんざい

ばんざい と みんなして

日の丸の旗を振ってにぎやかに

見送ったのに


出迎えの誰もいない駅

駅員さえいなくなってしまった駅に

帰ってくるのは 寂しかろうから


ヨクサ モドイヤシタ

ヨクサ モドイヤシタ

と くりかえす


親戚たちが

蒸気機関車で 帰ってくるから










ちび猫になりたかったなー

ちび猫になりたかったなー

ちび猫は人間になりたがっていたけど

私は ちび猫になりたかった


横向きに丸くなって眠れば

なれるような気がした

ふりふりのエプロンドレスを着れば

なれるような気がした


いっぱい夢があったなー

どこで見失ったんだろ

それとも 夢が私を

見失ったのかなー


それにしても

みつからないなー

雪崩に埋まった雪だるま

春になったら

はいほーって

出てくるかなー


いつまで一人ぼっちなのかなー

もういいよ

もういいよ

もういいよ

もういいよ


誰か来るまで

呼んでみようか



無言歌

地面は焦茶色で堅く

落ちている乾いた小枝を踏むと

ぱきぱきと日の爆ぜるような音がする

堆積している木の葉もあいまって

踏まれるごとに地面は大騒ぎをし

音に驚く鳥の羽ばたきと

反動でゆれる小枝の立てる

さざ波のような音がそれに加わる

潅木の林を抜けると

連鎖はふいに途切れ

世界の初めから聞こえていたと思える

ひくくかすかな一本調子の音だけが残される

それはやがて 静寂の芯になる

体内に宿る太古の深海に記憶のように


日本最古の集落跡では

現地説明会が行われている

通路からはみ出んばかりの人だかり

埋蔵文化財センターの職員の話に聞き入り

土嚢越しの田の字の窪みや石くれの山に

夢みるような目で太古の人々の面影をさぐる

誰も問いかけない

われわれの祖先がどこで心の進化を誤ったのか

なぜ めくらめっぽうに系統樹の枝をはらい

なぜ 同族にまでその鉈を向けたのかと

老婦人の日傘を避けてバランスを崩したときに

時の迷路からはじき出されて独りになった


切り立った崖に残る横穴

入り口を蜘蛛の巣が護る

うず高く積まれた 百を超える竹槍

沈黙を破って

周囲の森からいっせいに野鳥の鳴き声が起こる

まるでここの大気が

その響きに振動するために

半世紀に間 静寂を蓄えていたように

くるしいほど懐かしいその歌声は

時代という獣の胃の腑に落ち

忘却の胃液でその面影を溶かされた

祖父たちの 無言歌



★長い間、読んでいただきありがとうございました。



レノン忌

永遠のいちご畑が生き死にの

別なく魂のせて空飛ぶ


生きること生かしきること難しく

殺すことのみ易しき世紀


地球儀のドーバー海峡食い破り

新種の黄金甲虫出でよ


泣き声の漏れいるとわが身を探る

ニュース映像セントラルパーク


ここを経て美しい星へ急げよと

鎮魂歌ではなく子守唄

探し物

いもしないもう一人の我想像す

 我を笑うはもう一人の我


                  引力の強すぎる日は一歩ごと

                       地面に残す足跡化石


             

                  ドイツ語で何かを思うかもしれず

           意味解くために学ぶドイツ語


          


       盆栽菩提樹ミニチュア仏陀いらんかね

            悟らなかったら返金するよ


冬空にちょうちょうの羽根きり混ざり

             当たるも八卦前世のトランプ


夢先案内猫

足遅き我を置き去り案内人

しっぽ一振りわが夢に消ゆ



      胸痛くなるほど熱き郷愁を

      知らざるならば寂しきは神



中空を五十億年転がって

ほどけて無に還る毛色玉


      全人類滅ぶ日は肩に舞い降りる

      木の葉のような言葉聞きたい




羊歯に照る陽は羊歯の葉に成り代わり

宙に焼きつく骨格化石





ゆびきりしておけばよかった

献体してるjから

お父さん

お葬式しなかった

と 誰に言っても

ほんとにしてもらえなかった


お葬式しないなんて

犯罪者じゃあるまいし


葬式もしなかったくせに

三日も休んで 


ほんとに死んだの?


大学病院の

合同慰霊祭で

喪服を着なかったのは

お父さんを供養しに

行ったんじゃなく

お父さんに

会いに行ったから


医学の進歩のために

医師を志す

学生のために

故人は

尊いお体を 

捧げてくださいました


深々と一礼する偉い人


オトウサンデ

ベンキョウシナイデ

オトウサンヲ

キリキザマナイデ


講義の時間に子供が騒ぐと

差し棒を振り上げて

教室から出てきた


汽車と競争するといって

お父さんの車が

スピードを上げると

私たち兄妹は狂喜した


あとからあとから

散る桜に

埋もれそうになりながら

家族の写真を撮る

お父さん


オトウサンデ

ベンキョウシナイデ

オトウサンヲ

キリキザマナイデ


個人の尊い遺志なんか

どうでもいい


ナカニオトウサンガ

イナイカラダヲ

ヤクダテナイデ


お葬式はしないけど

丁寧に荼毘にふして

きれいなお骨にして

返してくれるんだよ


お母さん

きれいなお骨より

わたしは

お父さんのままがいい


ミイラが怖くて

走って逃げた

博物館の中


お父さんが

怖くないよと

なだめてくれた


ミイラにならないでねと

ゆびきりをした

化石にならないでねと

ゆびきりをした

泣きべそをかきながら


なぜ しなかったのかなあ

あの時

おこつにならないでねと

 

ゆびきりしておけばよかった










拝啓 アインシュタイン様

拝啓 アインシュタイン様

あなたが みつけた数式

E=mc二乗


あなたは平和利用を

望んでいました


今 それは

誰の手からも等しくはなれ

国家という名の怪物が

世界を人質にとる

道具に使っています


科学は相変わらず

気まぐれに

人を救ったり

殺したりしています


熱が高いほうから

低いほうへ流れるのは

誰でも知っています


けれども

暖房でほてった体の体温を 

遠い貧しい国の

マンホールで寝泊りする

子供の体に

移し変える技術は

まだ 誰も開発していません


小学校の制服に 新開発の

カッターで切れにくい素材が

採用されました


そんなものを

小学生に着せなければならない

社会を

修復する技術を

持つ代わりに


みんな思ってる

一人でもオーバー・キルだよ。もし、それが自分ならね