あっという間に、夏が過ぎ去ろうとしてる。

毎年、仕事に終われて、それをうめるかのように、バタバタで、夏休みを過ごす。

今年は、台風で花火もなくなったし。

いつから、夏への準備をしなくなったんだろう。

青春っていつ終わったのだろう。

久しぶりにみた夕日がきれいで、そんなことを考えていた。

20代前半。
完全に青春だった。
週末はクラブへ繰り出し、朝までどっぷりと爆音に漬かった。

常に恋をして、ガールズトークの話題はつきることがなかった。

20代半ば。
いろんな恋が終わって、みんな少しずつ結婚していって、いろんな事が変化していった。
孤独の意味も変化していって。
残りの女友達と肩を寄せあった。


それからいま。穏やかだけどあっという間の恋愛から、結婚して。家庭を築いた。
仕事ももっと複雑になった。

いま思えば、人生の定義みたいなのが変わったとき、青春が終わったと思う。

あの頃はどこまでいっても、「自分のため」だった。

それに、「家族のため」が加わったとき、私の青春が幕を閉じた。

悲観的な意味ではなく。

これからの人生、どう描いていこう。

それがすごく楽しみ。
親は関係ないと思ってた。

私は私の決めた人生を歩くと。

そうしてきたし、結婚しても変わらないと思ってた。


住民票を取りに行ったとき、
戸籍には旦那を筆頭者とした、私の名前しかなかった。

それを見た時に、私は育ててもらった家族から、本当に「家」を出たんだと思った。


ずーっと、守られてたんだと。

私は関係ないと、なにも変わらないから、と、母に悲しがるチャンスさえあげなかった。

何てことをしたんだろう。


別にけんか別れでも何でもなくて、円満な結婚だったけど、ほんとはすごく寂しかったんだって。

作り上げた家族のなかに一人ずつ増えていって、一人ずつ出ていく。

結婚して初めて、母を思って泣いた。

ジェンダーとか兄弟の順番とかくだらない。ってずっと思ってたけど、もしかしたら、長男が生まれたら、戸籍がずっと一緒ってやっぱり嬉しいのかもしれない。
差別的な意味ではなく。


早くに母を亡くした旦那に、
義父さん、戸籍上一人になっちゃったね。


そう言ったら、

戸籍には、母さんの名前も残ってるんだよ。
だから、親父は一人じゃないよ。

夫婦はずっと一緒。

それを聞いて、また涙が溢れた。

こうやって、家族を築いていくんだ。

たった書類上のことだけど、今度母にあったら、ごめんねとありがとうを伝えよう。
都議会でのヤジ問題が話題になってる。

私は職種的に超がつくほどの男社会。

入社して、五年目にしてやっと部門に女子社員がきた。

それまでは会議にでても男の人しかいなくて、女性が少ないという感覚さえ麻痺してた。

大学院も女子一人だったし。

でもこの五年でぐっと女性が増えた気がする。

客先にいってもめずらしがられることも減ったし。


でも社風か知らないが、女性と言うことで、不利益を感じることは全くといっていいほどない。

体力面以外は。

今後のキャリア形成に影響があるとも思えない。

マイノリティだからこそ有利に働いたことが多いくらい。

LEAN INも読んでみて、彼女の書く内容はもっともだし、読んでて納得させられることも多い。

私が働けてるのは教養を与えてくれた父と母のお陰だ。
それには心底感謝してる。

子供がいないから、子供がいる女性の働くことの大変さはわからないかもしれない。

だけど。

声だけの大きいフェミニストには?だ。

就職活動もとても苦労したし。社員になるのだって大変だった。

だけど、子供が出来たときに戻ってこれる椅子を作るのは、わたしが私に課したノルマ。

それをしてから、男女平等に職をと声をあげるべきではないか?

時代はだいぶ変わった。とおもう。

一昔前はそれが許されないから、女性に職をと言えたかもしれない。


でも今の時代、それを選ぶ自由が女性にあると思う。主婦になりたい。
それはとても立派で素晴らしいことだと思う。


悩むことの多さは女性の方が多いとも思う。

でも、仕事で家庭を犠牲にして、それでも家族のために必死に働いてる男性だってたくさんいる。

うまく言えないけど、ジェンダーだけでのdiss自体が時代遅れでナンセンスだ。

女性と言うだけでタイミングよくキャリアアップした人もたくさんいる。

要はどのテーブルに自分が着きたいかだと思うんだけどな。