来るわけない。有り得ない。

 そう断言したのは俺なのに、気になってしまう。目がスタンドを確かめている。

 アイツの、ユキの姿を思い起こしている。

 前を見据える目。背筋を伸ばして立っている。

 負けたくない、負けられない。

(俺は、ビビってんのか?)

 ユキの姿を思い出すなんて。

 勝ちたい。勝とうって自分を奮い立たせている。

 もしユキがそこにいれば負ける姿なんて見せられない。

『行けるわけない』

 蘇る声に、奥歯を噛む。

 ユキの姿だけでなく声まで思い出すなんて。

 マウンドを見る。

 俺の立つ場所。俺の場所。

『ノーコン。わたしの方がコントロールは良いでしょ』

(お前のおかげでコントロールは良くなった)

 ユキに言われるのが悔しくて練習をした。俺が初めに野球を教えたのに。だから余計に悔しかった。

 マウンドの上。ユキの姿。

「お前になんか譲るか」

 小さく呟く。

 ユキはにやりと口の端を上げる。

『いつでも替わってあげる』

 ふざけんな。

(エースは俺だ)

 揺れる陽炎は、気温だけではない。それは俺たちの熱気のせいだ。