僕は彼の微笑に、冷たい汗が湧いた。

 海の意思は固い。

 彼女の何に、彼はそれほどまで固執するのか。

「俺にはあの人だけだから」

 小さくこぼれた言葉は、僕にしか聞こえなかったようだ。

 海の、彼女に対する確信めいたものは一体どこから来ているのか。

「海、」

 声が掠れた。

 彼は僕に微笑を返してくるだけ。何も語らない。

 僕はもう一度「海」と友人の名を呼ぼうと口を開きかける。

 僕の声は予鈴のチャイムにかき消される。

 けれど、僕はそのことにホッとした。僕の声が友人に届かなかったことに、ほんの少し、安堵した。

 小さく息を吐く。

 自身の気を入れ替えることと、安堵の息と、両方を含めた溜め息だった。

「予鈴が鳴ったし。じゃあ俺、自分トコ戻るな」

 海は明るく言って、立ち上がる。