私は走って帰宅した。帰宅の挨拶もそこそこに、部屋に駆け込む。
 窓を開け、カーテンを引く。汗だくになった制服から、乾いたTシャツへ着替えた。カーテンを開けてから、ベッドに倒れこむ。

「疲れた、」

 大きなため息を吐く。鞄を手探りで捜し、飲みかけのペットボトルを求める。

―見て、自己新!

 肩で息をしながら、満面の笑みを浮かべていた。上気して頬を紅く染めた丸顔。その場にいた、友人たちで「よくやった」と唯の頭を撫でた。

―もう、やめてよぉ

 じゃれ合って、唯は膨れて見せた。そして何がおかしいのか、みんなで大笑いしていた。

(唯、)

 思い出す唯は笑顔ばかりで。他の表情だって、もっと知っているのに。

 幼さを残した丸顔。ショートカットが幼さを強調させていた。黒目がちの大きな瞳。良く通る、高い声。

―里緒、

 耳に蘇る声。私の名を呼ぶ。私に向けられた笑顔。

 けれど。

 声は聞こえない。顔も見えない。私の顔も見ない。
 もう二度と。

 唯の声も耳に残っているのに。唯の笑顔も見飽きるほど見ていたのに。

 それは全て過去の中。唯が私を呼ぶことも、笑顔を向けることも、もう無い。
 解っては、いるのに。

(嘘みたいだ)

―里緒、

 唯が呼んでいる。いや。この調子は、話しかけている。

―里緒、離れても友達だからね

 卒業式に唯が言った、言葉だ。涙で目を赤くしながら、それでも笑っていた。

―高校だけじゃあなくて、

 唯が微笑む。

―一生、友達でいられたら、素敵だね

 風が吹く。

 甘い、花の香りが静かに全てを包み込む。

 ふわりと舞って、唯の姿が霞む。香りの向こう側へ霞んでゆく。
 花弁など見えないのに、桜吹雪のように唯が花吹雪の向こう側へ消えてしまう。

(ゆい、)

 私は名を呼ぼうとするが、口唇が動かない。それでも唯は微笑んだまま。そのまま花吹雪の中に埋没してしまう。

(ゆい、)

「待…て、」

 手を伸ばすけれど届かない。唯が花に埋もれてしまう。

 私の視界は、真っ白に覆われてしまった。