クラウドの復帰の為のリハビリも順調に進み、今では部屋の中のトイレぐらいは一人でゆっくりとだけど歩いていけるようになっていた。
少しずつだけど、進歩がみられ私は嬉しさを隠せずにいた。
ある日、昼食の手伝いを手伝っていると、クラウドが食事の手を止め私に話しかけてきた。
「せ…せい、おれ…」
「なに?」
「も…と、ちゃ…とはな…しぇ…ようになる?」
「もちろん、何でそんな事を?」
そう優しく問えば、クラウドは口に入っている食べ物を一生懸命咀嚼して完全になくしてから、ゆっくり話し始めた。
「ひ…とこ…と、あっ…く…すに…つた…え」
「?伝えたい事があるの?」
「うん」
そう話したクラウドは疲れたのか、それっきり喋るのをやめて、食事の続きをし始めた。
クラウドが伝えたがっている事はなんとなくわかる、気がする。
しかし、このまま彼に会わせてその言葉を言わせて良いのだろうか?
とにかく、一度彼に会って現況を確認しないと。
クラウドを幸せにしたいのは、ザックス…あなただけじゃないんだよ?
私は勿論、この施設のスタッフ全てがクラウドに幸せになって欲しいと思ってる。
その事をわからせてやらないとね。
心の中でそう意気込んで、私は一生懸命口に食べ物を運んでいるクラウドを見つめていた。
***
エッジに戻り、早速ザックスと連絡をつけるべく動いた。
情報員の働きにより、元々ザックスの居所は把握していた。
机の上の携帯電話を手に取り「番号変わってなきゃいいけど。」とちょっと不安を口にしながら、Zの項目からザックス・フェアを探し出し通話ボタンを押した。
呼び出し音が何度か繰り返しなっても何の反応もないので、かけ直そうかとボタンに指をかけたとき、プッと呼び出し音が切れて相手が出た。
「はい?もしもし?」
出たのはいつもの賑やかな声ではなく、大人しそうな女性の声だった。
予測していた人物とは違ったので、少し焦りつつ我に返りその携帯の持ち主の名前を呼びかけた。
「えっと…ザックスさんの携帯電話ですよね?」
「あっ、はい。ちょっと今本人が出られないので私が代わりに…依頼希望の方ですか?また折り返しかけさせますのでお名前を…」
「あー、では、診療所のシルビアからかかってきたと…いや、明日午前中にでもこちらに顔を出して欲しいと伝えてください。あなたには悪いけど、一人で来て欲しいと。」
言いたい事だけ言って電話を切った後には、苦々しい気持ちしか残らなかった。
「案外、私もいい性格してるな」
自分の子供染みた嫌がらせ?を、喉の奥で笑い、明日ザックスが来てから知らせる内容の書類をまとめにはいった。
***
ドンドンドン!!
元々壊れかかっているようなボロいドアが外れそうな勢いで叩く音で目が覚めた。
「誰?」
「先生、悪りぃ!俺!」
確かに午前中に来いと伝えたが、こんな朝早くに来いとは言っていない。まだ朝の5時だぞ?
寝ぼけ眼を擦りながら、そばに置いてあるガウンを引っ掛けて入り口に足を向ける。
ドアを開けると、びしょ濡れ状態の大男が立っていた。
「雨、降ってるんだな?」
「さっき突然降ってきたんだよ。」
トレードマークのハリネズミヘアもぺっしゃんこになって、見る影も無い。
「せっかくセットしたのにね。」
「いや、ここ最近は立ててないんだ、少ししか」
「へぇー」
「まあ入って。」
そういって、中に迎え入れコーヒーメーカーのスイッチを押してバスルームに行き、タオルを持ってきた。
それを手渡しながら、拭くように命じ出来たてのコーヒーを差し出した。
「それのんで体温めた方がいい。」
「おお!ありがとっ!」
身体が冷えているからか、マグカップが熱く感じるのだろう、両手でまるで子どもの様に持ち温かいコーヒーをすすっているザックスの目の前に、クラウドの近況の書いたカルテ類を差し出した。
それを目を通しながら、少し驚いたような表情をしたりして、じっくり読んでいるようだ。
「もし、わからないところがあったら遠慮せずに聞いて?」
「ああ…」
コチコチと時計の秒針の音が響きわたり、いらいらを余計増す。
ある程度目を通し終わったと思う頃に、彼が口を開いた。
「クラウドが…話せる?ホ、本当に?」
涙を堪える為か、俯いたまま顔を上げようとしない。しかし、書類を持つ手は小刻みに震えている。
すると突然顔を上げて、殴りかからんぐらいの勢いで飛びかかってきた。
「先生っ!今すぐあわせてくれ!!クラウドに!」
「ちょっ、ちょっと落ち着け!」
「でも!でも!…会いたいんだ。」
「わかったからっ!」
正直言って驚いた。予想外の反応だ。彼はあのセトラの娘と新しい生活をエンジョイしているとばかり思っていたから。
まだ彼はクラウドの事思っているのだろうか?まだ思っているのならば、クラウドに会わせるべきなのだろうか?
「なぁ、ザックス。幾つか尋ねたいことがある。」
「ん?なに?」
「お前、アパート返したって本当か?」
「ああ、本当。」
「じゃあ今どこにくらしてる?」
「教会…。エアリスと一緒に。」
「そうか。」
「俺さ、クラウドと離れてから生活が荒れてさ、それを見かねたエアリスが一緒に暮らそうって声かけてくれたんだ。」
「なあ、ザックスは今幸せか?」
「幸せ?そうだなぁ、ある意味ね。」
「じゃあ、もうクラウドの事は忘れた方がいいんじゃないか?その…エアリスという女性と仲良く暮らした方が、おまえも幸せになれそうなんだがな。」
「それは違う。エアリスも俺もクラウドがいないと幸せになれない。エアリスは、俺のところにクラウドが戻って来るまでは一緒にといって暮らしてくれているんだ。」
「じゃあ、エアリスはどうするんだ?クラウドが戻ってきました、お役御免ですって追い払うのか?」
「…」
「お前が言っている事はそういうことだ。なぁ、ザックス。『二兎追うものは一兎も追えず』って言葉知ってるか?」
「…」
「そこのところよく考えろ。話はそれだけだ。」
さっきの勢いはどこへやら、図体のデカイ男がションボリと肩を落として帰って行く姿は哀れにも見えるが、私はこの数年、クラウドが良くなることだけ考えてきたのだ。そんな簡単に会わせるわけにはいかない。
あのコスタの海を望む丘での、クラウドの様子が瞼に浮かんできて、ため息をつくばかりだった。
***
クラウドが話せる…。話せるぐらい回復してきている。そう聞いた俺は、もういてもたってもいられなくなり、先生に会わせてくれと詰め寄ってしまった。
『二兎追うものは一兎も追えず』
確かにな。この数年間俺が立ち直るまでずっと側についていてくれたエアリス。一度も自分だけを見て欲しいと口にすることはなかった。
俺はどうすればいい?
先生の所を出た俺は、そのままエアリスの所に戻る事なくそのまま教会に赴いた。
「クラウド…」
俺はクラウドに会ってどうするつもりなんだろうか?
月日は流れても俺があの時、クラウドの手を離したのは紛れもない事実である。
今更どんな顔してあいつに会えばいいんだ?
ふと後ろから暖かい腕が俺の身体にまとわりついてきた。
微かに香る野の花の香りが、その腕の持ち主を表していた。
「…エアリス。」
「当たり~!ザックスってば、クリニックに行ったきりなかなか帰ってこないんだもの。多分ここじゃないかと思って…」
「…」
「先生の話…なんだったの?」
「クラウドが…少しだけど…話せるようになったって…」
「えっ?よ、よかったじゃない。」
「あ、ああ。」
「なあエアリス。俺…」
「俺…色んなことあったとはいえ、エアリスの手を取って一緒に暮らすことを選んだんだぜ?そんな俺があいつに会って何を話せばいいんだ?」
そう、俺はクラウドじゃなくエアリスを選んだ。
理由はどうであれ選んだんだ。
そして、今楽しく何でも屋を二人で営んでいる。あの時クラウドと約束した何でも屋をだ。
最初は大変だったが、今は常連客も増えて生活していける程度の収入は得ることができている。
それを全部失くして、またクラウドと生活していくことが出来るのか?
俺はいつの間にか隣に座っていたエアリスの肩を優しく抱き寄せ、額に口付けを贈った。
くすぐったそうに首を竦めたエアリスの唇をそっとなぞった。そして顎に手をかけて触れ合う程度のキスをした。
エアリスが俺の服をギュッと握りしめる。
「会わないでどうするの?その人はザックスの大切な人なんでしょ?」
「…」
「ザックス?」
「大切…?そうだな…でも俺はその大切なあいつの手を離してしまったんだ。」
「今は…会えねぇよ…」
その時、胸ポケットにしまっていた携帯が震えた。
取り出して見ると、クリニックのナンバーだった。出るべきかどうか躊躇っているうちに、鳴り響いていた音もプツリと切れた。
留守電の通知が表示され、そこをタッチすると、先程聞いていた声が聞こえてきた。
「ザックス、取り敢えず要件だけ話しておく。今日クラウドがこちらに戻ってくる。まあ完全にじゃないけどな。週末には向こうに戻る。伝えたぞ?」
そう言って録音がおわったらしくまた先ほどの静けさを取り戻した。
待ちくたびれた様子のエアリスが呟いた。
「取り敢えず行って見れば?影から見つめるだけでもいいじゃない?」
「…いいんだろうか?会いにいっても…」
「でも、会わなきゃダメ。」
「とりあえず、様子だけでも見に行ってくるよ」
辛そうな表情のエアリスの押しで、俺は重い腰をようやくあげてクリニックへ向かった。
2014/5/1