第1問 次の【文章Ⅰ】【文章Ⅱ】を読んで、後の問い(問1~6)に答えよ。
【文章Ⅰ】は こちら からご覧ください。
【文章Ⅱ】 次の文章は、人間に食べられた豚肉(あなた)の視点から「食べる」ことについて考察した文章である。
長い旅のすえに、あなたは、いよいよ、人間の口のなかに入る準備を整えます。箸で挟まれたあなたは、まったく抵抗できぬままに口に運ばれ、アミラーゼの入った唾液をたっぷりかけられ、舌になぶられ、硬い歯によって嚙(か)み切られ、すり潰されます。そのあと、歯の隙間に残ったわずかな分身に別れを告げ、食道を通って胃袋に入り、酸の海のなかでドロドロになります。十二指腸でも膵液(すいえき)と胆汁が流れ込み消化をアシストし、小腸にたどり着きます。ここでは、小腸の運動によってあなたは前後左右にもまれながら、六メートルに及ぶチューブをくねくね旅します。そのあいだ、小腸に出される消化酵素によって、炭水化物がブドウ糖や麦芽糖に、脂肪を脂肪酸とグリセリンに分解され、それらが腸に吸収されていきます。ほとんどの栄養を吸い取られたあなたは、すっかりかたちを変えて大腸にたどり着きます。
大腸は面白いところです。大腸に消化酵素はありません。そのかわりに無数の微生物が棲(す)んでいるのです。人間は、微生物の集合住宅でもあります。その微生物たちがあなたを襲い、あなたのなかにある繊維を発酵させます。繊維があればあるほど、大腸の微生物は活性化するので、小さい頃から繊維をたっぷり含むニンジンやレンコンなどの根菜を食べるように言われているのです。そうして、いよいよあなたは便になって肛門(こうもん)からトイレの中へとダイビングします。こうして、下水の旅をあなたは始めるのです。
こう考えると、食べものは、人間のからだのなかで、急に変身を遂げるのではなく、ゆっくり、じっくりと時間をかけ、徐々に変わっていくのであり、どこまでが食べものであり、どこからが食べものでないのかについて決めるのはとても難しいことがわかります。
答えはみなさんで考えていただくとして、二つの極端な見方を示して、終わりたいと思います。
一つ目は、人間は「食べて」などいないという見方です。食べものは、口に入るまえは、塩や人口調味料など一部の例外を除いてすべて生きものであり、その死骸であって、それが人間を通過しているにすぎない、と考えることもけっして言いすぎではありません。人間は、生命の循環の通過点にすぎないのであって、地球全体の生命活動がうまく回転するように食べさせられている、と考えていることです。
二つ目は、肛門から出て、トイレに流され、下水管を通って、下水処理場で微生物の力を借りて分解され、海と土に戻っていき、そこからまた微生物が発生して、それを魚や虫が食べ、その栄養素を用いて植物が成長し、その植物や魚をまた動物や人間が食べる、という循環のプロセスと捉えることです。つまり、ずっと食べものである、ということ。世の中は食べもので満たされていて、食べものは、生きものの死によって、つぎの生きものに生を与えるバトンリレーである。しかも、バトンも走者も無数に増えるバトンリレー。誰の口に入るかは別として、人間を通過しているにすぎないのです。
どちらも極端で、どちらも間違いではありません。しかも、C二つとも似ているところさえあります。死ぬのがわかっているのに生き続けるのはなぜか、という質問にもどこかで関わってきそうな気配もありますね。
(藤原(ふじはら)辰史(たつし)『食べるとはどういうことか』による)
これが、宮沢賢治に対する作問者(この問題を作った人)のアンサーです。
なんという陳腐さでしょう!
手垢(てあか)にまみれまくっています。
命は循環し、互いに支え合って生きている。
他の生き物の命を奪って食べているように見えても、実はそれは命の受け渡しであって、この世界に無駄なものなど一つもない。
だから、あなたは生きていることに罪悪感などいだかなくていいんだよ。
生きていていいんだよ。
それで納得して生きていける人は、それでいいでしょう。
『よだかの星』は、そしておしなべて文学というものは、それでは納得のいかない人のために書かれ、また読まれるものではないでしょうか?
全くのピント外れです。
細かいところもいろいろと引っかかります。
豚肉の消化・吸収の話をしているのに、「アミラーゼの入った唾液」「炭水化物がブドウ糖や麦芽糖に…分解され」「あなたのなかにある繊維を発酵させます」といったようなありえない説明が散見されます。
この【文章Ⅱ】の筆者は、人体の仕組みについては余り詳しくないようです。
観念的な生態系礼賛者なのです。
問いに行きましょう。
問4 傍線部C「二つとも似ているところさえあります」とあるが、どういう点で似ているのか。その説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
① 人間の消化過程を中心とする見方ではなく、微生物の活動と生物の排泄行為から生命の再生産を捉えている点。
② 人間の生命維持を中心とする見方ではなく、別の生きものへの命の受け渡しとして食べる行為を捉えている点。
③ 人間の食べる行為を中心とする見方ではなく、食べられる側の視点から消化と排泄の重要性を捉えている点。
④ 人間の生と死を中心とする見方ではなく、地球環境の保護という観点から食べることの価値を捉えている点。
⑤ 人間の栄養摂取と中心とする見方ではなく、多様な微生物の働きから消化のメカニズムを捉えている点。
さて、正解はどれでしょうか?
『ニューステージ新生物図表』
2012年版(浜島書店)より。
豚肉には炭水化物(糖質や食物
繊維)は含まれていません。
(つづく)