国分町
3月に仙台の友を訪ねる予定である。何とかホテルは押さえた。前回の仙台訪問は2006年初春で、8年振りになるわけだが、震災の影響は映像でしか知らない。
8年前、青森からの移動途中の乗り換え駅で国分町の寿司屋「S」へ電話したところ運良く夜8時の予約が取れた。そこは初めての店で、クラブや飲み屋がひしめく一画にあり、スマホも無い時代だったので少々店を探すのに苦労したが、実はわかりやすい場所にあったと記憶している。暖簾をくぐると履物を脱ぎスリッパに履き替えた。小上がりはあるが、カウンターで客に寿司と料理を出すのだろう。私以外は常連さんのようで、店主との会話が弾んでいた。寿司は美味く、また凝ったもので、酒は控えめにしたつもりだったが何故か酔いが回り、10時頃には店を後にした。(当時の)若い衆の挨拶が気持ち良く、さてもう一軒くらいとネオンに向かったが足がおぼつかない。昨夕の函館着から移動距離がかさみ疲弊していたようである。翌朝は早くから仙山線で山形へ移動する強行軍ではあったので、おとなしくホテルへ戻ったのは正解だったと思うことにした。
古くは新卒の年に飲み歩いた街、久しぶりの国分町を楽しみにしている。
8年前、青森からの移動途中の乗り換え駅で国分町の寿司屋「S」へ電話したところ運良く夜8時の予約が取れた。そこは初めての店で、クラブや飲み屋がひしめく一画にあり、スマホも無い時代だったので少々店を探すのに苦労したが、実はわかりやすい場所にあったと記憶している。暖簾をくぐると履物を脱ぎスリッパに履き替えた。小上がりはあるが、カウンターで客に寿司と料理を出すのだろう。私以外は常連さんのようで、店主との会話が弾んでいた。寿司は美味く、また凝ったもので、酒は控えめにしたつもりだったが何故か酔いが回り、10時頃には店を後にした。(当時の)若い衆の挨拶が気持ち良く、さてもう一軒くらいとネオンに向かったが足がおぼつかない。昨夕の函館着から移動距離がかさみ疲弊していたようである。翌朝は早くから仙山線で山形へ移動する強行軍ではあったので、おとなしくホテルへ戻ったのは正解だったと思うことにした。
古くは新卒の年に飲み歩いた街、久しぶりの国分町を楽しみにしている。

