ソゴルのブログ -95ページ目

国分町 3

国分町辺りの思い出。

仙台での研修中、クリスロードか一番町辺りの蕎麦屋で初めて”そば湯”を知り、台原のお好み焼き屋で初めてマヨネーズを掛けてみた。初めて回転寿司に入ったのも仙台市内だった。東京の地元では暖簾分けされた寿司屋が数多くあり、偶に出前を取るにも3軒から選んでいたくらいだ。そんなだから回転寿司店など見たことも興味も無かった。なお、Wikipediaによれば、東日本では仙台市内の「元禄寿司」が元祖らしい。仙台での初めては多く、研修先の同年代に連れられ、三越近くの劇場へ足を踏み入れたこともあった。恥ずかしいことではなかったが、それが営業所長の知れるところとなったのには少々困惑した。初めてディスコのVIPルームに入ったのは国分町辺りだったと、おぼろげな記憶がある。

国分町 2

国分町の思い出。

新入社員の営業研修が全国の営業所で行なわれることになり、研修地の希望がある程度受け入れられたので仙台営業所を希望したところ、他に希望する同期がいなかったこともあり仙台行きが決まった。仙台を希望した理由は特に無いが、親友が地元企業に就職するために帰仙したこと位だろうか。東京を離れることが目的だったのかもしれない。

6月のある朝、上野駅で当時付き合っていた彼女に見送られて仙台に向かった。その夜は研修でやってきた若造の歓迎会が中華料理屋で催され、仙台営業所の先輩にかなり飲まされたと記憶しているが、若かったので何とか酩酊することなくやり過ごした。緊張もあったのだろう。


研修のために仙台まで来たのだから定期的なレポートも必須で、就業時間中は真面目に働いたが、営業所から派遣された研修先では地元の同年代が多く、偶の休日には草野球にも参加したりと意識したわけではないがコミュニケーションは申し分なく、彼ら彼女らから飲みに誘われる日が続いた。当然ながら国分町に行く機会もあり、飲み歩くうちに街の様子がわかってきた。

当時流行りのディスコにも出かけたが、ある夜、踊らずにカウンターで飲んでいると左隣にカップルが座った。彼氏は二十歳以下にも見える線の細い”優男”で、彼女の方は・・・母親よりもかなり年上と思しき方だったので、一瞬?マークが頭を過ぎった。そういえば誰かから聞いていた光景で、この辺りでは有名な方に出くわしたことに気がついた。しばらくして優男がトイレに立った時、彼女と眼が合い、煙草の火を求められたのには少々驚いた。

だいぶ前の話ではある。

北風と太陽

暴風雪の明けた日曜日の朝、一面雪景色となり朝から雪掻きで汗をかいた。場所によっては30センチは積もったようである。

140209_Yuki

幸い、太陽の日差しが道路に残った残雪を溶かしてくれたが、両わきに積み上がった雪の塊が消えて無くなるには時間が掛かりそうだ。