壺屋やちむん通り
タクシーに乗り込み「壺屋通り」へと言うと、運転手さんが的外れな質問を返してきたので「焼き物の」と言うと、ようやく「やちむん通りね」と理解してくれた。こちらは仕事の打ち合わせで多少イライラしていたせいか、”壺屋通りで分かるだろう”と心の中でつぶやいたものの、声にするのは控えた。
タクシーを降りたところの店の名は”高江洲”さんで、社会人1年生の時の沖縄出身の同期と同姓だったのでお薦めの”カラカラ”を買い求めた。包を開いて作者が高江洲(康次)さんと分かった。
その後、やちむん通りを歩くと清正陶器の看板が目に入ったので店のドアを開けようとしたが、張り紙で外しているとのこと。再び歩を進めると前に見たことがある清正陶器の店がまた現れた。小橋川清正さんは壺屋焼きの名陶で、長男が卓史(たかし)さん、次男が明史(あきふみ)さんだそうだ。入れなかったのが卓史さんの店で、清正さん・明史さんの店に入ると窯出ししたばかりとのことで作品が処せましと並んでいた。この日も暑い日で、お店の女性にさんぴん茶を薦めていただいたので言葉に甘えて喉を潤した。話を伺うと女性は明史さんの奥様で、初めての客の質問に丁寧に答えて下さった。荷物になるのが気掛かりだったが、伝統的な赤絵ではない器を一つ買い求め店を後にした。
これで清正さんの”ぐい飲み”、卓史さんの”フリーカップ”、明史さんの”フリーカップ”と小橋川一族の作品を持つことになった。ちなみに前の二つは頂き物である。

タクシーを降りたところの店の名は”高江洲”さんで、社会人1年生の時の沖縄出身の同期と同姓だったのでお薦めの”カラカラ”を買い求めた。包を開いて作者が高江洲(康次)さんと分かった。
その後、やちむん通りを歩くと清正陶器の看板が目に入ったので店のドアを開けようとしたが、張り紙で外しているとのこと。再び歩を進めると前に見たことがある清正陶器の店がまた現れた。小橋川清正さんは壺屋焼きの名陶で、長男が卓史(たかし)さん、次男が明史(あきふみ)さんだそうだ。入れなかったのが卓史さんの店で、清正さん・明史さんの店に入ると窯出ししたばかりとのことで作品が処せましと並んでいた。この日も暑い日で、お店の女性にさんぴん茶を薦めていただいたので言葉に甘えて喉を潤した。話を伺うと女性は明史さんの奥様で、初めての客の質問に丁寧に答えて下さった。荷物になるのが気掛かりだったが、伝統的な赤絵ではない器を一つ買い求め店を後にした。
これで清正さんの”ぐい飲み”、卓史さんの”フリーカップ”、明史さんの”フリーカップ”と小橋川一族の作品を持つことになった。ちなみに前の二つは頂き物である。





