主人がとても面白く良い新聞だね。読んでご覧と、言って病室に届けてくれました。

高校同期の「やはた村通信」です。
明さん、おめでとうございます。貴方ご自身の感動が素直に届きました。
医者になるという、高い志しを貫きましたね。
九州生まれの人が、極寒の北海道で地域医療善く頑張られました。
私は、貴方を支えた家族のことを思いだし、どれ程喜ばれたことか。私は思わず言葉にならない声を出し、涙が溢れました。
庭へだてて、隣通しに同じ年に生まれ、育ちましたが、元気ものの私が、いつまでも、お姉さん風を吹かせてごめんなさいね、
心から、貴方を誇りに思います。
安部さん、なんと嬉しい、50年以上ぶりの再会です。私は貴女と時々、立ち話を廊下でしましたよ。
当時、貴女は背筋をキチンと伸ばし、制服をシワなく美しく着こなして、
深い瞳の中に、品格を感じました。印象的な人でした。
私は、高校にかなりの期待をして入学しました。一年生の始め、木原先生に朝の登校時、「おい、かたおか、お前は入学時、あんなに成績良かったのに、なんで
落ちるばかりだな、どうした?」と言われました。私は事実すっかり興味を失くしていました。心の中で、「はい、貴方のせいであります」と、言いたいけど、ニッコリとごまかしました。授業中、友人の質問に「舛添もそう言っていた」と答えた木原氏には憤慨したものです。答えになっていません。
私は、無理やり勉強せず、低空飛行を続けましたが、何か私に出来ることを高校の間に見つけようとは考えていました。出来るからではなく、チャレンジすることを。けっこうまともだったと思います。
のんきな私は、友人達に愛称を付けるのを趣味としていました。ミラーちゃん、トンちゃん、ひろこしゃん、うじいいいいあ、おはよー🎵という具合。みやはらあの瞳の輝きは昔から同じ、子供の時のあの着物姿の写真。私の記憶と全く同じ。靴ではなく、いつも、小さな下駄をはいていました。
前に、これは、寿命がないかと言う苦しい中、何年も連絡せずに会わない仲間に頼まれていたことを思いだし、けっこう、必死で連絡しました。彼女は、「かたおかくみこ」は知ってるけど池田は知らんと言いつつ、病室に現れました。問題は解決しており、ホットしました。愛する仲間、うじいいいいあ🎵です。
短い時間で別れました。家から二時間もかかるとか。
帰る彼女に、「足を高く、手を振って元気でね」と言うと、昔のように、「よっしゃ」とポーズしてくれました。私は幸せでした。
安部さんの品格に、私はあまり、近寄れませんでしたが、秘かに憧れていた仲間がいたことを50年ぶりにお話します。
せっちゃん🎵でかした。
貴女の暖かな、気持ちが仲間を連れてきましたね。
むっちゃん、かーこう達、皆さん、編集を支えてくださり、ありがとう。
こんなにも、生き生きと仲間が生きているこの世に、早々と失礼するのは、もったいないと、新聞を読んでかじたものです。
美穂さん、写真を見ました。嬉しかった。お出かけして、沢山の人にであってね。元気でいてくれてありがとう。
私はまだ、歩けません。数秒立てただけ。これでも奇跡と思っています。
リハビリの先生の来週の目標は、私が、車椅子に乗れるようになること。ホールでおこなわれいる音楽演奏に行ってみようか?と言われています。奇跡を重ねられるでしょうか。


