ゲームばかりから、おもしろい遊びで子どもが伸びる。遊び工房「遊房」 -2ページ目

ゲームばかりから、おもしろい遊びで子どもが伸びる。遊び工房「遊房」

子どもの遊びは、ほっとけばいいと思っていたら、危険。今こそ、子どもたちに本気の遊びを伝える大人の為のブログです。

● 子供の遊びを3つの要素に分けて図にするとこうなる。

こんにちは、さとさんこと高島です。

子供の遊びを考えるとき、皆ごちゃまぜに議論したりするでしょ。

だから、噛み合わないことがある。

そこで、遊びを3要素に分けて、切り口をまとめてみました。

遊びの3要素
3つの間がなくなったなんて、子供の遊びのことを言ったりする。

仲間、空間、時間なんだけどね。

3つの要素は、さらに細かく分けていくこともできる。

でも、人・環境・時間の3つからなっていて、そこからそれぞれ考えていくと遊びの世界も深く探れるよ。


● あえて怒られるようなことをする子どもに、怒るのは思う壺だってこと。

こんばんは、さとさんこと高島です。

児童クラブには、なにかと邪魔をしたり、あえて怒られるようなことをする子どもっている。

ま、学校でもそうなんだろうけどね。

つい最近も、そんな子どもを見かけた。

もうすこし、様子を見ていると、さらにわかることがある。

指導員さんが、「やめなさい!そんなことしたらダメでしょ!」と声をかけている。

腕を引いて、やめさせようとすると、子どもは引っ張り返す。

さらに、様子を見ていると、こんなこともわかる。

その子どもの周りの子が、その指導員さんと同じような口調で、その子に怒っている。

もう、皆して、その子に注意してるんだよね。

こういう光景は、ありがちだ。

大人の影響とは、本当に大きいなとつくづく思う。

さらに言うと、そういう邪魔をしたり、あえて怒られるようなことをする子には特徴がある。

ちょっと大人びたところがあることが多いね。

客観的に、今の状況をよくわかっていたりすることが多い。

そう、あえて怒られるようなことをしているところがあるんだよね。

じゃ、そういう子にどうしたらいいのか?

一番の方法は、相手にしないのが一番。

怒られるような状況を、わざわざ作ってる。

それも、とっても危険なことではなくて、進行の邪魔をしたりする感じ。

だから、全く相手にせずに、通常通り過ごしてしまうのが一番。

怒ったり、注意したりすれば、思うのつぼだ。

そして、最高な方法は遊んじゃう。

そういう大人びた子は、その状況がつまらないから、そういうことをしてかき回したくなっていることが多いように思う。

その子が楽しいことを、しちゃうといいよね。

注意する暇があったら、遊んじゃえばいいってこと。

● 今回のような親子どちらも楽しめる教室であれば、参加したいです!!

こんにちは、さとさんこと高島です。

6月28日(日)13:30~15:30、岡山県福浜公民館で、パパと子供向けの工作中心の遊房講座をしましたよ。

5組の親子さんでした。

参加くださったパパから、感想をいただいています。

どの工作も楽しめました。

風船はかなり楽しんでいました。

今回のような、親子どちらも楽しめる教室であれば、また参加したいです。

福浜公民館 工作 パパ子供

こんな感想もいただいています。

先生のトークと、娘の驚きの顔がおもしろかった。

父子でできるこなら、なんでも参加したいです。

紙ヒコーキ等、すべて参考になりました。

すごく楽しかったです。

今日のような創作活動なら、また親子で参加したいです。

紙ヒコーキ・ストローの笛・不思議な形の紙・最も簡単なアニメーションの作り方・バルーンアートと、いろいろやったんですよ。

お子さんが楽しむのはもちろん、パパも楽しんでもらうのがポイントです。

・お子さんと遊ぶ時に、知っておきたいちょっとしたコツや技術。
・大人でも悩んでしまうような遊び。


こういうのをいれて、親子で楽しんでいただきます。

遊房講座のお問い合わせは、電話番号 090-8248-4899 (高島)まで連絡くださいね。

● 子どもが興味を持ったら、前向きな言葉がけを意識する。

どうも!!さとさんこと高島です。

ゲームより、面白いことを見つければいい。

なんて、言うのは簡単。

振り幅の大きな遊び

遊びのおもしろさを表したグラフ。

このグラフを見ると、最初のはマイナスの方に進んでいく。

失敗や我慢が続く時間だ。

これは、30分くらいのスパンでも、1週間くらいのスパンでもある。

ここを乗り越えて、初めて楽しいがやって来る。

乗り越えるには、いろいろ要因があるが、親子でこれを乗り越えさせるのは、正直大変だね。

例えば、声のかけ方。

「なんで、できないの?」

「そんなことしても、無駄でしょ」

「さっき、教えたでしょ」

「嫌なら、もう、やめちゃえば」

なんて、つい声をかけてしまってたりするでしょ。

ダメーーーーーー。

ゲームより面白い遊び

「なんで、できないの?」→「おしい!もうちょっと

「そんなことしても、無駄でしょ」→「それ、おもしろいかもね!

「さっき、教えたでしょ」→「難しいところだから、もう一回教えるよ

「嫌なら、もう、やめちゃえば」→「難しいよね。誰でも難しいと思うよ。

これってね、意識してないと、なかなか出てこない言葉。

子どもが興味を持ったものがあったら、スイッチを入れ直して、前向きな言葉がけをちょっと意識してみるといいよ。






● 学校の授業時間と児童クラブの在所時間を比べると…

どうもー!!さとさんこと高島です。

学校の授業時間と、学童保育(児童クラブ)の在所時間を比べてことありますか?

ちなみに、2年生の年間の授業時間数がおよそ630時間。

年間の児童クラブの開設時間は、およそ1300時間。

そのうち、子どもたちが児童クラブに来て帰るまでの時間は、1000時間くらいかな。

・1年間の学校での授業時間数=630時間
・1年間の児童クラブ生活時間=1000時間


どうです?児童クラブが子どもに与える影響って、すごいことになると思いませんか?



ま、児童クラブに限らず、子どもにとって放課後というのは、大きなウェイトを占めている。
ということは、わかってもらえたかな。

【放課後の時間とは?】

2006年11月25日に開催した第1回島根県放課後児童クラブ研究集会で、第5分科会講師に来ていただいた山本博美さん(当時:全国学童保育連絡協議会会長)は、こうおっしゃっています。

「放課後とは、子どもの好きに過ごすことのできる時間」

こうも、おっしゃっています。

学童期に自分で自由に、自分で選んでたっぷり遊ぶことは成長・発達に大切。

学童保育の子どもへは、放課後のなので、学校的なことをできるだけ排除させてあげ、自分でやりたいことを取捨選択させることが重要。

しかし、好き勝手・やりたい放題とは違う。ここが難しい。

放課後をどう過ごすか?

これは、本来子ども自身が選んでいくことだ。

しかし、現在の社会の中で、子どもだけに任せてしまうことの難しさがある。

おそらく、昔は地域社会の機能が今よりも充実していて、地域の中で放牧することが可能だった。

実際に、私が小さいころは、塾にも、児童クラブ的なものにも行かずにすごしている子どもだらけだった。

昔はよかった…と嘆いていても話にならない。

ここでは、あえて児童クラブの中での生活について、考えよう。

ここからは、真っ二つに意見が分かれるかも。

「健全育成をする」 OR 「教育をする」

健全育成にたいしても、いかがなものか?という意見もあるけどね…

ここでは、この2つにする。

「教育とは」も、1人1人教育観があって、違うと思う。

教育は、教え育てることであり、ある人間を望ましい状態にさせるために、こころとからだの両面に、意図的に働きかけることである。 教育を受ける人の知識を増やしたり、技能を身につけさせたり、人間性を養ったりしつつ、その人が持つ能力を引き出そうとすることである。(ウィキペディアより)

健全育成とは、定義がある。

1.身体の健康増進をはかる
2.心の健康増進をはかる
3.知的な適応能力を高める
4.社会的適応能力を高める
5.情操を豊かにする

皆さんは、どう?

放課後って、どんな時間だったらいいと思う?

【遊房の立場・考え】

子どもたちは、どこに行っても教育を受けている。

学校、地域、家庭…国を挙げての取り組みで、これは非常に大切。

(質をどうするかは…議論があると思うけどね)

教育と平行して、教育から離れた時間を子どもに保障すること。

教育と両輪となる時間が必要だと15年現場に立って、感じている。



受けた教育を、大人として社会に出る前に、子どもなりの小さな、そして無限の社会の中で、その成果を試す時間が必要なんだ。

そのときに大人にできることの基本は、「見守る」。

支援や手助けはもちろん必要。でも、基本は「見守る」。

「見守る」というのも、大人それぞれで、レベルが違う。

中には、稚拙な見守るもあるから…困ったもんだが。

・子どもの中に入り込みながら、見守ることのできる人。
・横にいて、見守る人。
・見ていないようで、見守る人。
・見ないようにする人。

ここは、文字だけでは伝わりづらい部分。

私が一番重要に思っていることは、子ども自身が「気づく瞬間」。

そこを見守るのが、歯がゆいし、面白いところなんですよ。

もうひとつ大切なポイントは、「用意するべき環境」。

これは、大人の課題だ。

この部分が、全国学童保育連絡協議会の山本さんが言う、好き勝手やりたい放題との区別の難しさにつながる。

わかりやすい例で言うと、「ゲーム」。

ゲームの捉え方も、色々と考えがあるけどね。

教育と両輪の「必要な時間」としての放課後。

放課後って、どんなだといいなって、思う?
● 忍者になりたい子どもと、学校の宝を探す。そして、校長先生が・・・

こんにちは、さとさんこと高島です。

忍者になりたいと、日々訓練をしていた小2女子(当時)の2人。

あまりに真剣だから、巻物を作って、渡した。



その流れで、宝物を探す!となった。

女子 「なにさがす?」

さと 「なにがいいの?」

女子 「えー、さとさんきめてよ」

さと 「わし!?」

女子 「うん」

さと 「わしがきめていいの?」

女子 「うん!!」

さんざん何度も、聞いたけど、私が決めることになってしまった。

そこで出した御題。

さと 「じゃ、学校の宝を探すか!」

小2女子2人には、想定外の宝だった。

2人に、聞いた。

「どうやって探す?」

この2人は、悩み悩んで、先生に聞くことを思いつく。

早速、3人で職員室へ。

でも、その日は職員会議の日で、先生がいない。

事務の職員さんがいて、女子2人は聞いてみた。

「すいません、小学校の宝って、何か知りませんか?」

突然の質問に、戸惑いながらも、答えてくれた。

職員 「校長先生だったら、知ってるかな(笑)」

女子 「ありがとうございます!!」

その日は、先生がいなかったので、次の日に聞くことにした。

次の日。

2人は、私はほったらかしで、先に校長先生に聞きに言っていた。

あわてて、追いかけると、聞くところだった。

女子 「校長先生!小学校の宝って、何か知っていますか?」



校長 「うーん、そうだねー。知ってますよ。でも、それは、自分たちでさがしてごらん」

この答えを聞いて、なんていい校長先生なんだ!と思った。

女子 「ほんとうにあるんですか!!」

校長 「ありますよ!」

女子2人は、学校にあるものを、次から次へと言った。

でも、全部違った。

…どうやって、さがしたらいいか分からない女子2人。

女子 「なにか、ヒントください」

校長 「それは、たくさんありますよ。学校の宝です。」

校長先生にお礼を言い、3人で学校の宝について、あーだーこーだー話した。

でも、ちんぷんかんぷんな女子2人。

さと 「家に帰って、ゆっくり考えてごらん」

次の日。

女子2人は、思いついたようで、私を見ると、駆け寄ってきた。

女子 「わかったよ」

さと 「なに?」

女子 「わたしたち、みんなだとおもう」

さと 「そうかもしれんね。校長先生に聞いてみるか!!」

その後、3人で、答えを確かめに行った。

全部終わった後、校長先生にはお礼を言いました。

子どもの発想に、付き合ってくださった職員さんと校長先生。

思いのほか、すばらしい展開になったので、感動しまくってたから、とても印象に残っている。

満足そうな女子2人は、その後も修行を、しまくってました。
● 子どもと遊ぶというのは、横で見ていることではありません。

こんにちは、さとさんこと高島です。

あなたは、子どもと遊んでますか?

実は、子どもと一緒に遊べる人って、少ない気がしています。

それは、子どもの感覚に、どうしても拒否反応が出てしまうから。



たとえば、こんな感じ。

「子どもの乱暴な言葉が、気になるんです」

そんな子に、その言葉の事を注意すると、すげー勢いで反発。

そりゃーそうだ。

子どもからしてみれば、遊びもしないのに、注意だけしてくる大人は、邪魔以外の何ものでもない。

あなたの都合のいいように遊んでくれる子ども。

その横について、ニコニコして話しかけていることを、子どもと一緒に遊ぶとは言わない。

以前に記事でも書いたが、子どもと遊ぶのは面倒くさい。

そこをふまえてこそ、遊びの専門家といえるのだ。

いろんな子どもがいる。

やんちゃな子もいれば、1人おとなしく遊ぶ子もいる。

どんな子どもに対しても、遊びこむことができる。

遊ぶというのは、「楽しい」という感情を原動力にした、主体的な体験的な行動である。

あなたは、子どもと一緒に、心のそこから楽しいだろうか?
● 大人が子どもと遊ぶと、遊びが台無しになるのはなぜか?

こんにちは、さとさんこと高島です。

このブログは、本気の遊びを子どもたちに伝える大人の為に書いています。

大人が、子どもと遊ぶとき、一番まずいのは、なんだと思います?

もし、あなたが子どもと遊ぶ仕事やボランティアをしているなら、しっかり考えて理解するべきだ。

それは、このグラフに答えがある。

振り幅の大きい遊びとは

ふり幅の大きい遊びというのは、マイナスな感情が含まれていてこそなのだ。

しかし、大人が入ると、マイナスの感情が発生しない場合がある。

たとえば、こんなパターン。

放課後子ども教室のようなところで、ボランティアさんと一緒に、凧を作る。

とっても、優しいボランティアは、すべての道具を机の上にキレイに並べて待っている。

作り方を、手取り足取り教え、子どもが自由にやっていいのは、凧の絵を描くだけ。

そして、全員が決まって飛ぶ。

出来上がるから、みんな喜ぶ。



何がまずいか、わかるだろうか?

実際にあった事例として、セロハンテープの長さもそろえて切ってあったりする。

それの何が、いけないのだろうか?

子どもは完全に受身で、失敗をしない。

体験活動に見えて、何一つ体験をしていない。

あなたは、そんな活動をしていないだろうか?

ふり幅の大きい遊びは、子どもを伸ばす。

しかし、ふり幅のちいさい遊びは、大人の自己満足にすぎない。
● できない理由を探すのではなく、できる理由を探す

こんにちは、高島です。

子供の頃に遊びこむと、大人になってから強い武器になる。

遊びこんだ経験は、必ず、大人になって追い込まれた時にいきる。

なぜか?

その前に、「子供の遊び」とは、なんだろうか?

「楽しい」という感情を原動力にした、主体的な体験的な行動

振り幅の大きい遊びとは

子供の遊びを、時間とテンションで軸を取っている。

子供の感情は、様々に変化する。

そこには、“楽しい”がある。

だからこそ、我慢や努力ができる。

そして、遊び全体が、ずっと楽しい時間ではない。

楽しい時間は、全体のほんの一部なのだ。

楽しいとつまらないが、波のように流れる。

自分で考えて、自分でやることで、失敗や成功をいろいろ経験する。

そして、“楽しい”を掴み取っていく。

様々な失敗を重ねて、成功を掴み取るプロセスを、多様に経験できるのが、遊びである。

そして、遊びこむ経験とは、掴み取った“楽しい”の回数が、爆発的に増えていく状況まで、やること。

いわゆる遊び上手な子供だ。

この経験は、その子供の体に、染み付く。

その染み付いた経験は、大人になった時にいかされる。

困難な状況下におかれた時、つぶされてしまいそうな時。

そこで、何とかしようとする力が備わっている。

「もうダメだ…」と思う前に、「どうすれば出来る?」と考えられるようになる。

できない理由を探すのではなく、できる理由を探す。

この考えを、身につけているから。
● 子どもと遊ぶことは、面倒くさいということをふまえて遊ぶ。

こんばんは、さとさんこと高島です。

子どもと遊ぶのは…ちょっと、苦手。

そんな人も多いんじゃないかな。

そもそも、子どもと遊ぶというのは、面倒くさい。

なぜなら、相手の立場になって、物事を進めていくことが、基本無いからだ。



小学生の高学年になると、少しは出来るようになる。

それまでは、ぶつかり合ったり、集団の大半が我慢したりして、進んでいく。

大人と決定的に違うのは、子どもはその瞬間を楽しむ。

しかし、大人は目的を達成させることを優先させてしまう。

秘密基地を作る!といって、遊びながら、結局完成しないまま、遊んで楽しんでいる小学低学年。

秘密基地を必死で完成させようとして、つい注意してしまう大人。

こんなことに、なりがち。

高学年と秘密基地を作ると、おもしろいんだろうけど、その中に入っていける大人は、子どもたちに選ばれた数少ない大人。

その楽しみを経験できる大人は少ないだろうね。

子どもと遊ぶというのは、大人から見ると面倒なことだらけだ。

しかし、その面倒に付き合ってこそ、遊びの専門家といえることを心しておくべきだ。