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KARTE 2

意識不明の間、いろいろな夢を見ました。音楽の夢ばかりでした。

キッスの初来日公演からイアン・ギラン・バンド、レインボウ・ストラングラーズといったいわゆる外タレから、新宿ロフトや渋谷屋根裏で観たクロスウインドや東京ロッカーズ等の国内アーティストのライブの断片でした。

その中でもボブ・マーレイとフリクションの夢は壮絶でした。体が痙攣していました。事故を聞きつけた私の

母や妹は私の手や足をさすっていたそうです。妻は毎日病院に通って手を握っていたそうです。

最終的に見た夢は、日本のサックスプレイヤーである阿部薫の一周忌を偲ぶ夕べに新宿へ行った事でした。

すべて経験したことなので、リアリティーがあり、しかも意味は解りませんでした。この時、多量の向精神薬を

投与されていたとは解りませんでした。

KARTE 1

ここからは私の記憶が無い為、妻の後日談を基に書きます。

2時間30分ほどして手術室から出た私は、頭の3分の1(右側)の頭がい骨を外され冷蔵保存。

体中クダだらけで、ICUに入れられました。医師から「元どうりに戻る保証はできません。」という

ありがたいお言葉を頂いた妻は、その夜帰宅して浴槽に顔をつけ、結婚以来初めて声を殺して泣いたそうです。

外れない呼吸器と共に意識不明の1週間が始まりました。



事故発生 その2

階段から落ちた事すら解らなかった私が、最初に言った言葉は「トイレにいかせてくれ。」でした。すでに病院に到着した救急車の中で救急隊員に言った言葉です。それはできないとの回答で、我慢できず脱糞しました。再び意識が無くなり、後は部分的な記憶しかありません。複雑な経緯を経て病院に到着した妻が見た私の姿は、頭に包帯を巻かれ(すでに髪は剃られていた)体中クダだらけで、顔はブンブンに腫れてまるで虫のようだったと後日語っています。どうなっても文句は言いません書類にサインをした妻は、「イベントだよ。」の医師の一言を聞き、手術室へ行く私を送ったそうです。