いつも訪問、ありがとうございます。

今回お話しする内容は、”全く受け入れ難い人””快く受け入れる人”2分化すると思います。おそらく、今の環境がそれを左右するので、”受け入れたくない方”は読み進めずにそっとこのページを閉じてくださいね。

 

2024年に入り、私が肌で感じたことは、”日々の生活に必死になっている人”が増えたな、ということです。

 

マスコミの情報は、初めから中立的でもなく誠意なんてかけらもありません。意図的に世論を扇動して、スポンサーの利益になることしか報道しませんから、あまりまともに信じてはいませんが、増税実質賃金の減少などは私も実際に体験していることなので、まあ、真実かなとは思います。

 

今の日本について、わかりやすく説明している動画を見つけました。

今回も”本要約チャンネル”さんです。

特に後半(33:30頃〜)の部分は、私自身も前から心がけているもので、激しく同意しますね。

 

 

よく節約系動画でいわれることですが、

”生活レベル”(生活水準)を上げるのは簡単だけど、一度あげてしまった生活レベルを下げることは大変難しい”

 

と言われます。簡単にいうと、お金を使ってより快適な生活をしてしまうと、それを止めることができなくなる、という意味のようです。

 

あまり信用できない人ですが(笑)、”ひろゆき氏”もこんなこと言ってますね。彼の節約に対する見解、平均ではなく中央値で現実を見る説明はとてもわかりやすいですよ。こういった姿勢はしっかり見習うべきでしょうね。

 

 

で、ひろゆき氏も使っている、”生活レベル”という言葉の裏には、

”贅沢な生活ができることは、幸福で価値あること”

という思想が元になるでしょう。これは殆どの日本人がそう考えているという事実もあるので、ひろゆき氏に限ったことではありませんが。

 

少し理屈っぽいと感じるかもしれませんが、言葉の使い方には、使う人の心が乗っかってしまうので、私は間違った使い方と感じる一般人の用語は使いません。例えば、

”免疫”

”努力義務”

とかですね。

ウィルス感染など存在しない(過去に一度もまともに証明されていない)のに、その学説の上に成り立つ”免疫”という言葉すらおかしいし、本来は全く強制力がなく”任意”なのに、政府の独断で”強制的な印象”を持たせるために使い出した、日本語してもおかしな言葉である、”努力義務”とか。

 

 

私自身は、特にお金を使って贅沢な生活をすることに価値を見出さないので、

”生活レベル”(生活水準)という言葉は使わないですね。この言葉の裏には

”レベル(水準)が高いほど豊かで幸福である”

という先入観というか、”価値観”がありますから。

 

どうせなら、”生活レベル”ではなく、”贅沢レベル(水準)”という言葉に置き換えるべきで、対義語として”清貧レベル(水準)”という言葉を使う方がわかりやすいです。

 

”贅沢”は、欲しいものを何でも手に入れることこそが幸福と信じている9割強の人々にとっては良いことでしょう。しかし”モノが増えるほど心が貧しくなり、幸福感がなくなることに気づいた”私や一部の人々にとっては価値を見出すことではないですからね。

 

清貧贅沢の違いについて少し補足します。

例えばですが。

 

健康のためにジムに通う。これが多くの消費者の行動かもしれません。しかし毎朝外を30分以上歩いたり早起きして部屋の掃除をすることで、ジム通いよりもはるかに高い健康効果をもたらし、1円も使う必要がありません(靴が擦り減ることはありますが💧)。これが贅沢清貧の違いです。

 

病気がちな体を強くするために、日焼けサロンに通う。そんなことしなくても、早起きして朝日を30分も浴びれば本当に必要な太陽のエネルギーが体に充電され、夏の日焼けで起きる”火傷”さえ軽減あるいは完全に防止できます。日焼けサロンなど殆ど役に立たないどころか、体(皮膚)に負担をかけて健康を損ねているだけの贅沢。一番良いのは朝日を浴びる1円もかからない”清貧”生活です。

 

気分転換に旅行に何度も行く。それは自宅が憩いの場所ではないから、長くいられないことの裏返し。自宅を断捨離して部屋を綺麗にし、まるで旅館のようにすっきりした空間にすれば、わざわざ贅沢して交通費・食費・宿泊代などかけずに、まさに1円もかけずに自宅でくつろぐことができますよね?これが清貧贅沢の違いです。

 

子供が欲しがっているキャラクターのおもちゃを何度も買って与える。そうすることで子供の頃に育つはずの想像力・一から作る発想力は失われ、大人になったら”与えられたものでしか行動できない、思考停止のペット”のようになります(マスク民などがその典型!)。そのやってはいけない”贅沢”をさせず、子供の頃から自分自身の力で物を作ったり、遊ぶ方法を自分で創意工夫する想像力を阻害しない、”清貧”な生き方こそ大切なのでは?

 

この対照的な生き方でもわかる通り、贅沢な生活は、お金ばかりかかるけど殆ど私たちを不幸にするものばかりで、ろくなことがありません。しかしお金を贅沢に使う(大企業の仕掛ける贅沢思考の洗脳)から離れ、”清貧レベル”を上げることこそ、本当に豊かで幸福感の増す生き方ではないかと考えます。

 

冒頭で紹介した、本要約チャンネルさんの内容にもありますが、

エンゲル係数なんて高くなってもいいと思います。もちろん100%なんて賃貸生活している日本人では無理(家賃・最低限の光熱費と国保代)ですが、それを除けば余計な娯楽費なんてなくなったっていい。私もそう思います。

 

 

 

清貧レベルを上げ贅沢レベルを下げるために、”ひろゆきさんも言ってますが”、料理技術を上げましょう。料理技術が高い人ほど、贅沢しなくても安いコストでとても健康的な食生活ができます。

 

最近も紹介しましたが、白米は”粕”(かす)。ほぼ栄養がありません。玄米の”糠”こそ、で健になる源です。お菓子同然の白米ではなく、玄米を摂りましょう。

 

 

今だに外食が週5回以上(仕事の日の昼食も含む)の方は、前日に夕食と一緒にお弁当を作れば、一度に二食分作れます。玄米食にすれば、自然に朝食をやめられます。

ご飯は必ず自炊で。

 

フッ素コーティングがない、体に優しいセラミックコートの内釜です。

 

 

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。