いつも訪問、ありがとうございます。
今回は好きに書きますね。
ChatGPT、日本でもかなりの勢いで知名度が広まってますね。
さらに”生成AI”というものも話題になってきました。
実は先日実家に行ってきた時、兄弟たちがChatGPTのことを話していました。すでにかなり使用しており、むしろ使いこなしてるなー、という印象でした。小学生の甥までも使用しています。
断っておきますが、私は全く使用しない派です。ただ残念なことに、私以外の家族はコロナワクチン以外は完全に〇〇脳の塊(いわゆる完全な洗脳された多数派)。全てにおいて反対の考え方を持っており、会話が成り立ちません(母については健康情報に大きな良い変化がみられてます。2024年1月時点更新)。誰かに意見を言おうものなら、他の家族がそれを止めようとする程の状態。考え方の部分では完全に四面楚歌。先日も兄と揉めたくらい、本当に何も”言わせてくれない”状況です(笑)。インボイス推進派(慎重派の兄弟もいる)、マイナンバーカード推進派、体調悪くなったらすぐ医療機関か薬(危険な綿棒のPCR検査も積極的に受ける)、今の世の中はずっと続く(そう願っている)という感じですね。現代科学信仰、健康情報も無農薬については兄と一部意見が合うも、根本的な部分は正反対(過度な栄養学信仰)。
唯一、1年以内で中年太り体系や持病(肝硬変一歩手前+慢性膵炎)を完治させ、痩せ型で健康的な体型になった私。
他の家族はずっと現代人の年相応の体系(良好とは言えないです)。しかも一年中なんらかの慢性的体調不良、疾患や持病があります(兄は極端に多くの食べ物アレルギー体質)。※甥(小学生)は早くからメガネ使用、姪(高校生)は小さい頃から特定環境で恐怖症が出る‥。
健康状態だけ見ても、はっきり”答え”は出ているのですがね…。
ということで、私は今の家族に何もしてあげられないということです。
余談でしたー(笑)。
ChatGPTは様々なデジタルな仕事を非常に早くこなしてくれるようです。
一般的な見方であれば、便利だし、仕事がはかどる。絵画にとどまらず映画作成までやってしまう。
このことに対して、アナウンサーですら”もやもや”があることを吐露しているのを見かけます。
この”もやもや”はどこからくるのでしょう?
便利なんですよ?何か問題でも?
というのが一般的。
色々な一般的懸念点ももちろんあります。
学習していき成長するAIであるため、初めは間違いが多いこと。
ネット上から情報を集める部分があり、正しいかどうか不明な”情報”から回答を出すところ。
それもだんだん修正されるということで、肯定派の方々は”積極的に使いこなすべき”という意見のようです。
実は私は上記の動画でも出てきた何気ない一言で氣づいたことがあります。
電卓が登場した時、”人間が計算はやらなくてよくなるのでないか”ということです。
いやいや、間違いを監視するために人間も学ばなければいけない、という意見がありますが、それなら担当する一部専門の人間だけで十分であり、全員が計算の勉強する必要があるのだろうか?ということです。
なんか、ChatGPTを勧める立場の意見に聞こえそうですね?
単に目の前の仕事を効率化・迅速化するだけならそれは間違いではないからです。
しかし、もしもそれでいいのなら、多くの人間がやっていることはAIに任せるので、”無能な人間は要らない”、仕事もできる限りAIに任せたらミスが少なくていいのでは?ということになり、戦争を起こしたり自然破壊を起こすいちばんの癌である人間が要らない。失業どころか、粛清した方がいい、という結論になるでしょう。
なんと、”ChatGPTを信仰する”というまさに”羊”な意見まで出ています。
※3:27頃から。仏陀とChatGPTを同格にみるそうです‥。この人たちの思考、終わってますね。
もしかしたら、”ターミネーター”の世界や、”マトリックス”、”サマーウォーズ”、”AI崩壊”などの映画は、AIが進化したのちの末路を教えてくれているように思います。
”人間は愚かで、自ら殺し合いや自然破壊をする、この世界の中で最も要らない生き物”
という結論になりはしませんか?
確かに多くの過ちだらけでしょうね。少なくとも今の文明人は。
しかし、思ったことがあります。”この文明は、どこか根本的な間違いがある”
それは、”人間(魂)が元々持っていた能力を、全て外へ依存し、放棄してきた”
ということです。
ちょっと話それますが、
”サヴァン症候群”ってご存知でしょうか?
通常の人が持っている何かを持っていない代わりに、非常に優秀な能力がある人のこと。
全く目が見えない人は、耳や他の感覚が鋭くなります。
そして人間は外界と全く断絶した環境ができると、訓練されていない通常の人でさえ”確実なテレパシー能力”が使えます(過去のロシアの実験で成功事例があります)。
これは極端な例ですが、私は昔、子供の頃にテレビでものすごい暗記能力のある子供や、超人的な暗算能力の人を見ました。現実生活においても、かつて100%の記憶力を持った友人がいました(今は疎遠になり会えませんが)。
人間は、外的な情報・刺激が少なくなるほど超人的な能力を元々持っていたのではないか、と思ったのです。
仏教やヨーガの修行でも、感覚を完全に制御できる瞑想レベルになると、様々な神通力が発動する、と言われています。これは先ほどのロシアのテレパシー実験の信憑性を裏付けますね。
私も含めてですが、今の現代文明の中に一般常識の狭い意識下で生きていると、元々持っていたはずの様々な超人的能力が全部眠っているだけなのではと思えるのです。
機械に頼る、他人に任せる、面倒なことは全部”何か”に頼る。自分の内側を磨く努力はしない。
この繰り返しが今なのかもしれません。
私たちは”電卓”が登場した時に氣づくべきだったのかもしれません。”そろばん”でいいと。
”完全な無能力者”になった時、人間のいる価値はない、と判断されるでしょう。
映画を作る時のストーリーや台本を生成AIで。これを自分の想像力やインスピレーションよりも上にみて任せてしまう意識。
絵を描く時に、その人の持つ”氣”の力より、単に世界中のデジタルデータの中から集めた薄っぺらい見た目だけ綺麗な絵の方がいいと見る。
人間がデジタルの世界を最も価値のあるものとした時、人間の価値はなくなります。
人には無限の力があると思います。それを全て放棄し、その力を発動させる努力は面倒だからと放棄し、AIによって決められた最も狭い世界を受け入れようとしています。
それを、この世界中の人々は自ら望んで進んでいる、そう感じます。
その多くの人々の心が作り出したもの。
それが ChatGPT。
今後ますます市場に組み込まれ、失業も増えるでしょうが、それを使ったシステムを避けるのは難しくなるでしょう。
自らすすんで受け入れれば、最も早く価値のない奴隷として搾取された後粛清されるでしょう。
”ChatGPTは、それを使いこなせればいい”とか言ってますが、そんなのはただの”希望的観測”という負け惜しみです。もしも管理が必要でも、それはまさに一握りの人間だけでよくなります。そうしてその支配下を人間ではなく全てAIに入れ替えていけば、結局ChatGPTを管理する人間さえほぼ必要ないのです。
私は、”古い”とか”時代遅れ”とか、”アナログ”と言われることの方が心地いいです。
さすがにパソコンやスマホまですぐになくせはしませんが、外側の力に依存することをとことん離れ、内側のものを発動させたい、そう思いますし、そうでなければ、ただの役に立たない奴隷になっていく。そう感じています。
このまま、”便利だから使う”🟰”無能人間になる”に向かいますか?
それとも、”不便”を乗り越え、眠っている能力を一つでも多く使えるようになり、奴隷の世界から解放されますか?
これが、”ChatGPT”について、そして今まで”便利さ”と引き換えに無能になっていった自分に向き合う、私の考え方です。
この話を元にやっていたことではありませんが、私が目指している”進化”は、まさにChatGPTの支配世界から脱却する方向なんだな、とつくづく思いました。
”松果体”や”頭頂”の門を開き、神々に至る。
子供の時に持っていた、超自然的な力を甦らせること。
これはまさにChatGPTの世界の反対にあるものですね。
人と違うこと、多数派と違う意見や行動。
とても少数派の考え方です。
誰にも認められない。
それでいい。
他人に認められることなんて小さなことだし、いちいち氣を使うし、他人の顔色伺い疲弊するだけ。そんなことどうでもいいように思います。
自分の内側にこそ、”答え”があるように思います。
最後まで”独り言”にお付き合いいただき、ありがとうございます。