母の寝顔 | ジュビリンち

ジュビリンち

犬と暮らす自営業。
晴れの日も雨の日も、
自分も周りもよい加減で
元気でいられることが
大切と思うこのごろ。

施設から連絡があった。

母が眠っている時間が増え、食事がなかなかとれずに栄養不足になるので、点滴を開始するとのこと。

 

私は昨日から実家に来ている。

母の部屋に行くと、母はぴくりとも動かない。声をかけても手や髪をさわっても目をあけない。

 

友達のお母様が同じような状態になったとき、友達は、歌が大好きだった母親を前にして何曲か歌ったそうだ。そうしたら、目を開けて、嬉しそうに笑ったとのこと。翌日、食事もとれたそうで、施設の職員さんたちがびっくりしたそうだ。

 

 

そこで、私は。

母は美空ひばりが大好きだったので、実家にあった美空ひばりのDVDとプレイヤーを持ち込んで、曲を流した。

私が小学生の頃の曲が多く、その頃は、美空ひばりにはまったく興味がなく、じっくり歌を聴いたことなどなかった。

 

ふと歌詞に耳を傾けた。

一度決めたら 二度とは変えぬこれが自分の 生きる道♬」

1989年「人生行路」という曲の最初の歌詞だ。

 

この歌詞を聞いたら、なぜか思い出したことがある。

 

母は地元から出ることなく結婚して、2人の子供を育てた専業主婦である。穏やかで優しく、人と戦うことを好まず、頑固とベクトルは逆。ある意味、私とは対照的な性格である。

 

そんな母に、小学生の頃、聞いたことがある。

「お母さんは何になりたかったの?」

すると、「お母さんは、時代がどんなに変わろうと、家にいて、子どもが帰ってきたときに『おかえりなさい』という人になりたかった」と言った。

何もわかっていない小学生の私は、母親と同じ人生は送らないなあと思った。

そして私は地元を出て、外の世界を見てみたいと思い、家を出た。

その頃、一度決めたことはあったけれど、二度と変えない人生は送っていない。立ち位置を修正してみたり、流れに身を任せてみたり。

けれど、母は、家にいて、子どもが帰ってきたときに『おかえりなさい』という人生をまっとうしている。

 

お母さん、実は頑固だったのかなあ。

いやいや、自分に正直に生きているのかなあ。

 

そんな話をしてみたいけれど、眠ったまま。

 

明日も行くからねと部屋のドアを閉める私。