どこに行っても治らなかった
を潜在意識と自律神経を活用してなおす
整体師の剣持樹です。
今回のブログでは
私がどうして整体師になったのか?
なぜ、整体師を育成しているのか?
なぜ、健康教室を開催しているのか?
を書き綴ってみます。
整え過ぎる整体師の剣持樹は
1984年11月12日に
治療家の剣持甲子朗
専業主婦の剣持静枝の次男として
群馬県の太田市で誕生しました。
出生時の体重は4000gを超えており
母子手帳には「巨大児」の判子がポン!
食が太く
どこからどうみても健康優良児。
大病することなく
すくすくと成長していきました。
樹と書いて「みき」と読む名前の由来は
木の幹のように太くしっかりした人間になって欲しい
といった想いから両親が名付けてくれました。
おかげさまで
太くしっかりとした成長曲線を描いていたので
小学生頃の将来の夢では
「治療師」と「力士」のどちらにするか??
で悩んでいました。
食欲がすごかったので、
当時のカロリー制限のせつなさについて
今でも鮮明に覚えています。
当時は嫌でしょうがなかったのですが、
こどもを持った今では、親の愛情にただひたすらに感謝です。
最終的にどの方向に進むのか?
は学校の成績で決める!と卒業文集には書いてあり
一応成績は悪くなかったので「治療家」を目指すことに。。。
体格に恵まれていたので
小学校から高校まで続けた柔道では
激しいスポーツですから
骨折や腰痛、ひざの痛みなど様々な不調を経験しました。
幸いにして、父親が治療家であったことから
自宅にて体のメンテナンスをしてもらっていたので
骨折以外は大事にならず試合に臨むことができました。
この経験から、
「柔道部の後輩を治療家として支援できる」
と考えて高校時代に本格的に専門学校を目指す決意につながりました。
地元の新潟県村上市に鍼灸師を養成する専門学校があり
自宅から通いながらの専門学校ライフでした。
3年生の実技中心の専門学校だったので
後半は試験対策と臨床実習の毎日。
接客、接遇、傾聴、説明、施術と
試行錯誤の連続でした。
大変な日々でしたが、
教科書通りにいかない臨床の厳しさと
不調から解放された方の笑顔のうれしさは
とても有意義な経験となりました。
専門学校の卒業研究では
「鍼灸治療による視力の改善」
をテーマに研究し
鍼灸治療の可能性と
仮説と実証の大切さを学びました。
(鍼灸治療で視力は改善します
お悩みの方はご相談くださいね♪)
おかげさまで鍼師・灸師の国家資格は現役合格。
無事に鍼灸師としての人生がスタートしました。
しかし、鍼灸の技術は身につけたものの
この段階ではまだ自分が
「どういう治療家を目指すのか?」
が全く見えていませんでした。。。
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