さて、介護士の学校二年目もしばらくすると、いよいよ就職先を物色し始めるのですが、私はやる気を失くし始めていました。
「俺は馬鹿だ。また選択を誤った。」
としか思えなくなっていました。クラスの雰囲気も、特に女子が酷かったと思います。
この頃になると互いの好き嫌いが顕著になり、完全に分裂していました。
女性というのはつくづく自我が強いと思います。感情そのもので、それに囚われています。
感情は流れて行きます。その時々で違うものです。それ故に、女性は拘りは少なく、恋愛で別れても、大切な者を無くしても、一通り泣いて感情を吐き出すと、
ケロッとして次の拠り所を探してしまいします。
ある空手家の言葉ですが、「女にとって泣くなんて排泄行為みたいなもんでさ、
出してしまったらすっきりして後には残らないんだ。」
それは、物事を深く追求出来ない、薄っぺらいだけの、ただ、楽しければ良いとか、目先の反応ばかりしている、何か私にとっては価値の無い存在でしかないように感じました。
強さでは無く、ずうずうしいだけにしか思えない。
それに振り回される男は何だろうかとも思いました。
誰か女子と仲良くなると、別のグループから嫌われたり、警戒されたり。
彼女らが団結するのは人を苛めたり攻撃する時だけでした。
地位が上の人や大勢の前で改まると、突然豹変し、笑顔で老人や患者に、上司に接しました。
何処の施設で実習しても本質は同じで醜い争いが有りました。
今まで居た男社会では、仕事では自我を捨てて統制が取れていました。
とても疲れました。人の念のぶつけ合いや、嫉妬、そして、自分達は崇高な人間、善の世界の人間と言わんばかりの不遜な態度。
信じるもの(神や自分のアイデンティティー)も無く、社会が「善、正義」と定義している世界(福祉も医療も)に居れば自分もそうなのだと思い込んで心を安定させているだけの偽善者共。
ある老人施設での一場面、ひな祭りの行事。
職員が手伝い(ほとんどだけど)、ひな人形を飾る、小さい団子を作って食べる。
その間忙しかった。老人はほとんど何も出来ない。やってる振りだ。
喋る事も困難な人、認知症の人、形だけ参加している。
終了後、自室に返す為に車椅子を押しながら、職員が言った言葉。
「ひなさん見えて良かったなぁー。」
「団子おいしかったなぁー。」
相手が喋らないからって、お前らが気持ち押し付けてどうすんじゃ。