【第一空挺団】自由降下訓練<後半> 習志野の第一空挺団が自由降下に挑む | 戦車兵のブログ

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あだちビデオの日の丸自衛隊。

 

今回は精鋭無比で知られる第一空挺団の自由降下課程教育。

 

空挺隊員を教育する空挺教育隊には自由降下課程というのがある。

 

『自由降下』は空挺団においても誰もが取得できるわけではないため、空挺隊員の憧れであり、空挺団の花形とも言われている。

 

『自由降下』の降下高度は一般的に10,000ft以上で、数十キロに及ぶ滑空飛行が可能です。

 

そのため、敵から離隔した地域や高高度から降下をして、敵に見つかることなく隠密に降下し潜入できる

 

この特技取得のための教育は、空挺団の空挺教育隊という空挺教育を専門とする機関で行っている。

 

『自由降下特技』を取得できるのは、空挺団では基本的に偵察部隊、普通科の偵察小隊、通信科の無線・信務(暗号)の隊員のように任務上自由降下が必要な隊員たちである。

 

その他、特殊作戦を行う特殊作戦群の隊員もこの特技を取得する

 

 

 

陸上自衛隊空挺教育隊は、習志野駐屯地に駐屯する陸上自衛隊第1空挺団に隷属する陸上自衛隊の教育隊である。

 

習志野駐屯地(千葉県船橋市)に所在し、陸上自衛隊における空挺に関する必要な知識及び技能を修得させるための教育訓練を行うことを主任務とするほか、空挺部隊の運用や落下傘及び空挺用特殊装具等に関する教育・研究・調査を主要任務としている。

 

 

1955年(昭和30年)1月10日、福岡県香椎において編成された臨時空挺練習隊が前身であり、同年4月5日に現在地に移駐、同年8月31日に空挺教育隊と改称し編成完結。

 

翌1956年(昭和31年)1月25日には隷下に第101空挺大隊を編成した。

 

1958年(昭和33年)6月25日、第1空挺団が編成完結となり、同団隷下に編入され現在に至る。

 

また、1970年代にはダッカ日航機ハイジャック事件後に、団内において臨時の特別レンジャー隊が編組されたこともあった。

 

これは、空挺レンジャー課程修了者の中から選抜され、各種ハイジャック事件に対応できるようにするための応急的な部隊であった。

 

その後、似たような部隊が現れては消え、現れては消えて(数ヶ月単位で訓練隊や演習編成部隊として細々と存在していた。)、後の特殊作戦群の下地となった。

 

 

高さ80mの降下訓練塔を有するため、操縦訓練生の落下傘降下訓練や航空自衛隊の救難員の基本降下課程と空挺レンジャー課程の教育を受託しており、近年は海上自衛隊の特別警備隊に対する、基本降下課程の受託も併せて行われている。

 

 

長らく、女性自衛官の配置制限が敷かれていたが、2017年(平成29年)に空挺分野の女性自衛官の配置制限が廃止され、2020年(令和2年)の第319期基本降下課程において、初めての女性空挺隊員(橋場麗奈)が誕生した。