陸自が輸送艦導入へ 南西諸島防衛で海上輸送を強化 | 戦車兵のブログ

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うーーん、統合作戦の重要性が叫ばれる中、海自と陸自の連携に問題があって旧軍のように輸送船を陸軍で作り、輸送のために潜水艦まで作るような事態になるのか?


島嶼防衛が重要になってきた日本は様々な島嶼防衛のための部隊を創設したり訓練をするようになった。


海から上陸部隊を輸送するには海自の輸送艦に頼ることが大きい。


しかし、陸自と海自は同じ自衛隊でも別組織で、考え方も運用も違う。


旧陸海軍も主導権争いや、輸送船を護衛して輸送して欲しいのに海軍の考えが違えば陸軍の作戦も成り立たず、島嶼で飢えて斃れる陸軍将兵を考えれば陸軍が輸送船を運用して自由に使えるのも魅力なのだが・・・・、そういうことが無いような陸海共同作戦が困難なのなら問題は大きいね・・・・。


戦史に学ぶと言っても権力争いや違うところでの問題じゃ・・・。



以下産経ニュースより転載





防衛省が南西諸島防衛強化の一環で、陸上自衛隊に輸送艦を導入する方向で検討していることが1日、分かった。


陸自駐屯地を置く南西諸島の離島間輸送を円滑にすることが目的で、政府が年末に決定する防衛計画の大綱に反映させたい考えだ。


有事やグレーゾーン事態の際に必要な装備・物資を輸送する前進集積に活用することも想定されている。複数の政府関係者が明らかにした。



 省内では陸自の海上輸送手段として、機動力や小回りを重視した小型輸送艦のほか、海兵隊機能の強化に向けた戦車揚陸艦(LST)の導入を求める声もある。



平成31年度からの次期大綱はおおむね10年間が対象で、この期間内に運用構想や艦種を検討する。



陸自幹部は「教育や予算確保などハードルは低くないが必要な能力だ」と述べる。



 防衛省は離島防衛や災害対処のため、民間フェリー2隻を活用する契約を結んでいるが、民間フェリーによる危険な海域の航行には不安もあり、陸自独自で海上輸送手段を確保する必要があると判断した。


陸自には操艦技術の蓄積がないため、退役した海上自衛官などから人材を募り、教官や乗員として採用する案も検討されている。




 中国は東シナ海での活動を活発化させ、米軍を排除するための海空軍力強化を急いでいる。


これに対抗するため、陸自は28年3月に沖縄県与那国島に約160人の沿岸監視隊を新設したほか、沖縄県の宮古島、石垣島、鹿児島県の奄美大島に警備部隊を新編し、地対艦ミサイルなどを配備する。



今年3月には離島奪還の専門部隊「水陸機動団」も創設した。




南西諸島を効果的に防衛するには、離島間での連携が不可欠となる。


また、陸自は南西諸島にあらかじめ装備や物資を配備する事前集積の強化を図っているが、有事などでは追加的に輸送する前進集積が必要となる。



 陸自は離島間で人員や物資を輸送するため、CH47輸送ヘリコプターを保有するほか、垂直離着陸輸送機オスプレイを導入するが、空輸では十分な輸送力を確保できない。


海自の艦艇も中国海軍の警戒・監視などに追われており、陸自支援の輸送力は限界がある。



(産経ニュース)



旧陸軍の話をしよう。


特種船というのが旧陸軍にあった。


大日本帝国陸軍が建造・運用した揚陸艦(上陸用舟艇母船)の総称で、俗称は特殊船と呼ばれた


陸軍船舶部隊には狭義の特種船であるドック型揚陸艦や強襲揚陸艦相当の大型船のほか、戦車揚陸艦相当の小型船も存在した。



島国である日本の地理的条件、第一次世界大戦の戦訓(ガリポリ上陸作戦)、在フィリピンのアメリカ(極東陸軍)を仮想敵国とする大正12年帝国国防方針によって、1920年代より上陸戦に関心のあった帝国陸軍は、同年代中頃には専用の上陸用舟艇として大発動艇(大発)・小発動艇(小発)を開発。


1932年(昭和7年)の第一次上海事変では、それらを用いて上海派遣軍の第11師団を中国国民革命軍第19路軍の背後に上陸させる七了口上陸作戦を成功させた(この結果、第19路軍は撤退し日中停戦の決定打となった)。


戦間期当時の上陸用舟艇母船は「宇品丸」の様に一般の貨物船(軍隊輸送船)と大差無いもので、上甲板に舟艇を搭載し、デリック・ガントリークレーン・ボートダビット・ホイスト等で泛水(へんすい・海面に降ろすこと)させる方式をとっていた。


泛水時には基本的に舟艇は空船で、将兵は泛水後に母船の舷側に垂らされた縄ばしごを伝って舟艇に乗り込み、火砲や車輛、馬匹等はクレーンで舟艇内に吊り降ろしていた。


この方式は舟艇が多数の場合に時間がかかるほか、波浪の状態によっては泛水・乗船・積載が難しく、また将兵等が移乗時に落下する危険性もあるため迅速な上陸戦を行うのに不向きであった。



これらの経緯・戦訓から、上陸用舟艇を大量に積載可能で人員や装備を乗せたまま連続的に泛水できる新鋭の舟艇母船(揚陸艦)こと特種船の開発を開始、当初は軍隊や物資の輸送を担当する官衙たる陸軍運輸部の独力で着手された。



なお、陸軍が本格的な揚陸艦を開発・保有した背景について、当時の海軍は戦闘艦の整備に傾注し、揚陸艦といった支援・補助艦艇の開発には極めて消極的で、近代戦において進化する上陸戦のみならず遠隔地への軍隊輸送・海上護衛(船団護衛)に対して理解が無く、揚陸艦のみならず上陸用舟艇・上陸支援艇の開発・保有は必然的に陸軍が行う必要があった事に留意しなければならない。



かつ、陸軍が海軍とは別に(揚陸や輸送を目的とする)独自の船舶部隊(陸軍船舶部隊)を保有する事は、日本だけでなく同時期のアメリカ陸軍でも大々的に行われていた行為である。


しかし、現代では如何なものか・・・・。