当時の稲田朋美防衛相から明確な「指示」なし 電子メールで判明 | 戦車兵のブログ

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あのさ・・・「日報を探せ」って指示しなければ「隠蔽」しようがない。


でも「日報は廃棄した」と報告はしたんだよね?それは探しもせずに防衛大臣に報告したってことでは・・・ダメダメな話だと思うけれど、明確な指示ではなかったとかさ・・・・それって一番ダメな奴だろう?


確認しろよ、稲田大臣がしっかりしてないの判っていたんだから後々困ったことになることくらい予想つくだろうに・・・・。


以下産経ニュースより転載




自衛隊イラク派遣部隊の日報問題で、昨年2月22日に当時の稲田朋美防衛相が出した「日報再探索の指示」が、実際には明示的な指示ではなかったことが7日、分かった。



稲田氏から「本当にないのか」と問われた統合幕僚監部参事官室の幹部は「探索指示」と受け止めたが、参事官室は陸自などに「指摘」として伝えただけで、具体的な再探索の指示もしていなかった。



 統幕参事官室が7日、記者団の求めで開示した当時の電子メールなどで判明した。



参事官室は「伝達が適切でなかった」としている。



同室によると、稲田氏は昨年2月22日、国会答弁の打ち合わせで統幕総括官(当時)に対し「イラクの日報は本当にないのか」とただした。



これを再探索の指示と受け止めた統幕総括官の指示に基づき、参事官室の職員が陸自などの関係部署にメールを送信した。



 メールは稲田氏の発言を「ご指摘」として紹介した上で、日報について「探索いただき無いことを確認いただいた組織・部署名を(中略)ご教示いただけますでしょうか」と記していた。



この時点で各自衛隊は探索をいったん実施済みで、メール文面は対象部署名の報告を求めただけと読める。



実際、各自衛隊は同22日中に部署名を回答したが、再探索を実施する旨は返信していないという。



 この問題では、日報を昨年3月に発見したが、報告しなかった陸自研究本部(現・教育訓練研究本部)の職員が「防衛相の指示で捜索している意識はなかった」と説明しているとされる。



(産経ニュース)



稲田さんが防衛大臣を辞任るのも遅かったが、稲田さんに限らず部隊ではこういう中途半端な指示でどうしていいか判断できず、自分の都合の良い解釈をする奴とか、命じられても「忘れている」奴が本当にいるからね。


だから復命復唱して確認するんだよ。


「え!?それ探せって命じられてたの?」ってなっているのにどうしてイラクの日報が「発見」されたのかも判らないが、「廃棄した」と国会で大臣が答弁したのに「日報は存在している」のに知らん顔している体質は隠蔽じゃなくても組織的にどうかと思う。


これが部隊の下っ端が「やれ!」って上級者に言われたことをやらずにいたらかなり酷い目に遭う話だからね。



それになんか筋が通ってない「言い訳」に聞こえるんだが・・・。


稲田さんが防衛大臣をやっていたためおかしくなっていたのかな?


自衛隊もバカな指揮官敵より怖いで、つくづく思うよ。


自衛隊特有の言い訳もさ・・・・公で言っては恥かくよって教えてあげたい。