珊瑚海海戦 5月8日 | 戦車兵のブログ

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5月8日の珊瑚海海戦。



両軍攻撃隊発進




5月8日、第17任務部隊の上空にあった寒冷前線は北上してMO機動部隊の方向に移動し、第17任務部隊の周辺は晴れ渡った。



第17任務部隊は「レキシントン」のSBDドーントレス18機を、MO機動部隊は九七式艦上攻撃機7機(瑞鶴3、翔鶴4)を索敵に投入した。



第五戦隊・第六戦隊が現在艦載中の水上偵察機は、悪天候のため使用できないとの連絡が原忠一少将の元に寄せられた。



デボイネ基地に派遣していた第六戦隊所属機、「神川丸」「聖川丸」の水上偵察機は索敵を実施したが、神川丸所属機1機が米軍戦闘機に撃墜された。



横浜海軍航空隊からは九七式飛行艇3機が午前4時30分にツラギを発進、第17任務部隊近くでF4Fワイルドキャット戦闘機により1番機が撃墜され、2番機はP-40カーチス戦闘機に攻撃されて退避、3番機は特に発見もなく帰投した。



日本軍MO機動部隊からは午前4時20分(07:20)に九七艦攻7機(瑞鶴3、翔鶴4)が発進。



午前6時22分(08:25)、翔鶴索敵機(機長菅野兼蔵飛曹長)は米軍機動部隊を発見、正確な位置情報を発信した。




翔鶴索敵機が第17任務部隊を発見したのと同時刻、レキシントン索敵機(ジョセフ・G・スミス中尉機)がMO機動部隊を発見、第17任務部隊(米軍機動部隊位置、南緯14度23分、東経154度32分)に日本軍機動部隊の位置を報告する。




フレッチャー少将は情報の確実性を求めるため詳細な第2報を待って攻撃隊発進を命じる。




(08:48)、空母「ヨークタウン」(F4Fワイルドキャット戦闘機6、SBDドーントレス急降下爆撃機24、TBDデバステーター雷撃機9)、空母「レキシントン」(F4F 9、SBD 22、TBD 12)、合計73機の攻撃隊が発進した。



同時にフレッチャーはマッカーサー将軍にも日米双方の位置情報を打電したが、陸軍航空隊の支援は期待できなかった。



陸上基地航空隊の支援が期待できなかったのは日本軍も同様であり、第二十五航空戦隊司令官山田定義少将は第四艦隊司令長官井上成美中将の出撃要請を「天候不良にて攻撃中止」の理由で拒否した。



山田少将は第十一航空艦隊(塚原二四三中将)に所属し、指揮系統の違う第四艦隊と井上は山田に出撃を命令できなかった。




午前7時30分(09:30)、空母「瑞鶴」から嶋崎重和少佐率いる31機(九七艦攻8、九九艦爆14、零戦9)、空母「翔鶴」から高橋赫一少佐(攻撃隊隊長)率いる38機(九七艦攻10、九九艦爆19、零戦9)、両空母合計69機(零戦18、艦爆33、艦攻18)の攻撃隊が進軍を開始した。



続いて直衛隊(瑞鶴3、翔鶴7)が発進、両空母合計19機の零戦が米軍攻撃隊を待ち受けた。



レーダーのないMO機動部隊は、前日の第17任務部隊のように敵機の早期発見・迎撃機の的確な誘導は望めなかった。


空母「瑞鶴」


翔鶴炎上



米軍攻撃隊は悪天候により戦闘機3、急降下爆撃機18(ウォルドン・L・ハミルトン少佐・レキシントン隊)、雷撃機1が脱落して帰投した。



第17任務部隊攻撃隊は途中で日本軍MO機動部隊攻撃隊と遭遇、お互いを無視し、それぞれの母艦を叩くため進撃した。



8時30分(10:30)頃、ヨークタウン攻撃隊は空母「瑞鶴」と「翔鶴」を発見、第5爆撃機中隊17機(ウォーレス・C・ショート大尉)と第5哨戒機中隊7機(ビル・バーチ少佐)は魚雷を抱いて速度の出ない第5雷撃隊(ジョー・テイラー少佐)と戦闘序列を組むため、上空を旋回した。



この間に「瑞鶴」はスコールの下に入り、「翔鶴」は「瑞鶴」からの旗艦信号がないため独自行動を余儀なくされ、両空母の間は8~9kmも離れた。



MO機動部隊の陣形は混乱しており、第五戦隊重巡洋艦「妙高」「羽黒」は空母の前方8km、空母2隻にそれぞれ駆逐艦(潮、曙、時雨、白露、夕暮)が護衛につき、合流したばかりの第六戦隊重巡洋艦「衣笠」「古鷹」は『航空戦隊の後方5キロに続行せよ』の命令に従って離れていた。





ヨークタウン攻撃隊はスコールに隠れた「瑞鶴」ではなく、後方の「翔鶴」に狙いを定めた。



午前9時(11:00)バーチ隊7機は日本軍直掩戦闘機隊の妨害をふりきって「翔鶴」に急降下爆撃を行うも、命中弾はなかった。



離脱するバーチ隊は、戦闘中に「翔鶴」を発艦した安部特務少尉と川西 一飛曹の零戦に攻撃されて全機が被弾・1機が不時着、一方で防御火砲により安部機に損傷を与えて不時着に追い込んだ。



バーチ隊は零戦4機撃墜を主張した。



続いてショート隊17機は翔鶴戦闘機隊5機、岩本徹三一飛曹率いる瑞鶴戦闘機隊3機に襲われたが、チャールス・R・フェントン少佐のF4F 6機が突入して混戦となった。



乱戦を抜け出したショート隊はバーチ隊に続いて急降下爆撃を行い、SBD 2機喪失と引き換えに「翔鶴」に450kg爆弾2発命中という戦果をあげた。



それに加えて、ショート隊は零戦5機撃墜を主張した。





「翔鶴」はエレベーターの陥没や飛行甲板の破壊により、艦載機の運用が不可能となった。



特に艦首前甲板左舷に命中した1発はガソリン庫に引火し、黒煙が全艦を包み込んだ。



2分後、テイラー少佐の雷撃隊9機が接近、すると2機の零戦が妨害を行い、テイラー隊は距離2000mで魚雷9本を投下して退避した。



米軍側は、この零戦2機はF4Fによって撃墜されたと主張している。



激しく炎上する「翔鶴」だが機関は無事であり、魚雷を全て回避、だがテイラー隊は『翔鶴に魚雷3本が命中、大火災を起こして沈没確実』と報告した。



ヨークタウン攻撃隊は「翔鶴」を撃沈したと信じ、零戦合計12機撃墜を記録、SBD 3機喪失・大破9・小破6、TBD 大破1・小破2の被害を出した。



ヨークタウン攻撃隊に遅れること45分、悪天候のため前述のハミルトン少佐隊が引き返し、半数以下に減少した「レキシントン」攻撃隊21機(F4F 4、SBD 4、TBD 11)が嵐の中で「翔鶴」を発見した。



既に米空母「サラトガ(本当はレキシントン)」を撃沈したと信じていた原忠一少将と参謀達は、「翔鶴」の無事を願うしかなかった。




オールト中佐以下SBD 4機の急降下爆撃は完全に奇襲となり、「翔鶴」艦橋後方の信号マスト付近に1発が命中して格納庫で火災が発生した。



オールト隊は零戦の追撃を受け、護衛のF4F 2機は撃墜され、SBD 2機のみ帰還、オールト中佐機は零戦を振り切ったものの被弾しており、帰路途中で不時着・戦死した。



続いてジェームズ・H・ブレッドJr少佐の雷撃隊とノエル・ゲイラー大尉の戦闘機隊4機が「翔鶴」に接近、すると零戦隊の迎撃によりゲイラー機を除くF4F 3機が撃墜されたが、雷撃隊に被害はなかった。




日本側は宮沢武男一飛曹の零戦がTBDに体当たりしたと記録しているが、TBDは不時着1機をのぞいて10機が生還しており、実際にはF4Fと衝突した可能性が高い。




ブレッド隊は「翔鶴」に魚雷5本命中撃沈確実・日本軍無線傍受により沈没したと報告し、これで「翔鶴」は2回沈んだことになる。




合計3発の450kg爆弾が命中した「翔鶴」は沈没こそしなかったが、飛行甲板は完全に使用不能となり、戦死者76、行方不明33、戦傷者114を出した。




瑞鶴零戦隊は10機が発進して被弾4・被撃墜なし、米軍機24機撃墜を主張している。




翔鶴零戦隊の被害は大きく、9機が発進して2機を喪失、3機が被弾と燃料切れで不時着、米軍機21機撃墜を主張している。




第17任務部隊攻撃を終えて帰還した「翔鶴」搭載機は「瑞鶴」に降りることになった。




だが早く甲板を空けるために修理可能な損傷機をも海中投棄せざるをえなくなり、生還しながらも失われた機体が増加してしまった。




「翔鶴」は重巡洋艦「加古」「古鷹」、駆逐艦「潮」「夕暮」に護衛され、北上して戦場を離脱した。




午後12時20分、「潮」は燃料補給のため補給点に向かい、午後4時には第六戦隊が護衛を打ち切ってMO機動部隊に合流した。




井上成美中将と第四艦隊は日米機動部隊決戦の蚊帳の外に置かれており、「サラトガ撃沈」「サラトガ撃沈は取消し、待て」「サラトガ、エンタープライズ…待て待て」「味方、敵主力を攻撃しつつあり」といった電文を傍受して一喜一憂するしかなかった。




特に『サラトガ撃沈』の誤報を全海軍に打電したため、井上と第四艦隊は面目を失っている。




日本軍機動部隊の攻撃




第17任務部隊を発見した翔鶴索敵機(菅野機)は帰投中に日本軍攻撃隊69機と合流、増装タンクを装備していなかった同機は燃料切れを覚悟で誘導を行った。




午前9時15分(11:05)、日本軍攻撃隊69機は母艦を発進して約2時間後に第17任務部隊を視認した。




第17任務部隊は日本軍MO機動部隊とは対照的に、それぞれの空母を中心に2つの輪形陣を形成している。




「レキシントン」のレーダーは20分前から日本軍攻撃隊を捉えていたが、戦闘機隊との連携ミスで有効に生かせなかった。




この時、第17任務機動部隊上空にF4Fワイルドキャット8機があり、空母2隻の飛行甲板で合計9機が待機、艦隊に残されたSBDドーントレス23機のうち16機(ロジャー・ウッドハル大尉)が空中待機している。




SBDは雷撃隊阻止のために海面付近に配備されていたが、日本軍雷撃隊の速度をTBDデバステーターと同じ程度と想定しており、TBDより高速の九七艦攻が頭上を通過するのを見送るしかなかった。




雷撃隊の阻止に失敗したウッドハル隊は零戦隊と交戦、零戦4機撃墜を主張し、SBD 4機が撃墜された。





最初に瑞鶴雷撃隊8機が空母「ヨークタウン」を、翔鶴雷撃隊10機が空母「レキシントン」を狙った。



瑞鶴雷撃隊はF4F 2機に攻撃され、第二中隊から井手原機が撃墜され、第二中隊は「ヨークタウン」を攻撃できなかった。



「ヨークタウン」は嶋崎少佐以下4機の九七艦攻を迎撃、対空砲火で樋渡機を撃墜し、投下された魚雷4本も全て回避した。



樋渡機は「敵軽巡に突入」と記録されたが、実際は海面に激突している。



瑞鶴雷撃隊のうち、井出原機を失った第二中隊3機は米艦隊の位置関係が変化して「レキシントン」に目標を変更、翔鶴雷撃隊10機と合流、13機で「レキシントン」を雷撃することになった。



「レキシントン」は瑞鶴第二中隊から山田機を5インチ主砲で撃墜、翔鶴雷撃隊から3機を撃墜した。



このうち被弾炎上した矢野機は「レキシントン」一番砲塔の下部に体当たりしている。




一方、投下された魚雷は左舷に2本が命中(日本軍は魚雷9本命中と誤認)、速力25ノットに低下、左に7度傾斜し、第2・4・6ボイラー室が浸水使用不能となった。




続いて午前9時15分、翔鶴艦爆隊19機が空母「レキシントン」を、瑞鶴艦爆隊14機が「ヨークタウン」を攻撃した。




米軍第2戦闘機中隊4機(フレッド・ボリスJr大尉)と第42戦闘機中隊2機(アーサー・J・ブラスフィールド中尉)は翔鶴零戦隊に阻まれて翔鶴艦爆隊の阻止に失敗、ブラスフィールドは零戦1機・艦爆1機撃墜を主張した。




ヨークタウン所属F4F(フラットレイ機)は九九艦爆と九七艦攻2機以上を撃墜し、続いてSBD隊を掩護して零戦1機の撃墜を主張した。




クロメリン機は零戦3機撃墜を主張し、自らも被弾して不時着水した。




瑞鶴零戦隊は9機中1機が帰投中デボイネに不時着、ドーントレス14機を含む29機撃墜を主張した。




翔鶴零戦隊は9機全機が母艦に帰投し、ドーントレス6機を含む31機撃墜を記録した。





上空で激しい空中戦が繰り広げられる中、空母「レキシントン」は午前9時18分(11:18)から(11:30)まで12分間の戦闘で魚雷2本、250キロ爆弾2発命中、至近弾5発を受けた。



この時爆弾命中による5インチ砲弾誘爆を目撃した日本軍機は、午前9時25分(11:25)に『サラトガ撃沈』と発信した。



だが「レキシントン」は未だ健在であり、浸水を食い止め、火災も鎮圧した。



一方、被雷によって漏れだしたガソリンが気化して引火、大爆発を起こして消火不能となった。



「レキシントン」は駆逐艦「フェルプス」の雷撃により自沈した。



空母「ヨークタウン」は九七艦攻3機、九九艦爆14機に襲撃されて艦攻1機・艦爆2機を撃墜し『艦攻9機に襲撃され8機を撃墜、艦爆5機を撃墜した』と記録した。



日本軍の命中主張9発に対し、実際の命中弾は250kg爆弾1発だけであったが、艦首至近距離の海面に自爆1機、至近弾3発が船体の接合部を緩めてしまい、燃料が漏れ出した。



命中した250kg爆弾は飛行甲板を貫通後、1.5インチ鋼鉄装甲の第4甲板で爆発、火災による黒煙とガスで機関科ボイラー員は持ち場から脱出した。



3つの罐室が損傷するも、決死隊の応急措置により「ヨークタウン」は24ノット発揮可能となった。



応急処置で燃料漏れはおさえたものの、給油艦「ネオショー」を失っていた「ヨークタウン」は、5月10日にトンガタプ島に投錨した時点で保有燃料を使い果たしていた。



「ヨークタウン」はこの地で英国商船から燃料を補給してもらい、乾ドックで本格的修理をするために真珠湾へ向かった。




燃料切れを覚悟で誘導をおこなった菅野兼三飛曹長の九七艦攻翔鶴索敵機は未帰還となった。



米軍によれば、ヨークタウン隊のF4Fワイルドキャット2機(ウィリアム・S・ウォーレン中尉、ジョン・P・アダムス少尉)は単独でMO機動部隊へ向かう九七艦攻を発見して撃墜したが、この機が菅野機である可能性が高い。



同じように翔鶴の佐藤機・石川機もF4Fに襲われ、石川機は「瑞鶴」着艦後に投棄処分、佐藤機は不時着して搭乗員3名は海上に脱出したものの駆逐艦「白露」の捜索でも発見できず、行方不明となった。



高橋赫一少佐機は単独で帰投中、SBDドーントレス1機とウィリアム・N・レオナルド中尉のF4Fに襲われた。



米軍戦闘機が接近しても回避行動をとらず後部機銃で反撃しなかったことから、高橋少佐と野津特務少尉/後部銃座手の両者は既に重傷を負っていた可能性がある。





第17任務部隊は直衛戦闘で零戦22、爆撃機11、雷撃機31撃墜、合計66機撃墜と主張。



実際には、日本軍攻撃隊は69機が出撃し、不時着機や処分機をふくめ約半数を喪失した。



「瑞鶴」は艦爆2機、艦攻5機を戦闘で失った。



「翔鶴」は高橋少佐を含む艦爆7機、艦攻5機を戦闘で失った。



「瑞鶴」は零戦8、艦爆12(2機使用不能)、艦攻4を収容後、「翔鶴」隊の零戦9、艦爆7、艦攻6を収容した。


さらに着艦後に12機を海中投棄した。




また飛行甲板前部を大きく損傷した「翔鶴」に着艦した零戦1、艦爆1は、発艦不可能のため戦力とはならない。



他に、零戦6、艦爆7、艦攻1が不時着して救助されている。



即時使用可能兵力は8日午後6時の報告で、零戦24、艦爆9、艦攻6、修理後使用可能零戦1、艦爆8、艦攻8、9日午後には零戦24、艦爆13、艦攻8である。





戦闘詳報では以下の戦果を報じた。




(イ)サラトガ型空母撃沈、ヨークタウン撃沈確実。




(ロ)戦艦1雷撃に依り重油流出すると共に大火災を生ず。




(ハ)巡洋艦1の後部に艦攻1機魚雷を抱きたるまま衝突発火、火災、左に傾斜。



(ニ)敵機撃墜機数:味方部隊に依り敵機第一次30機(雷爆)、第二次35機(雷爆)、第三次10機中グラマン戦闘機13(内2不確実)、カーチス爆撃機及ダグラス雷撃機15(内1不確実) 。




敵上空にて空戦に依るもの:グラマン戦闘機32(内2不確実)、カーチス爆撃機17(内3不確実)。





日本軍攻撃隊は、「サラトガ(レキシントン)」に爆弾10発・魚雷9本命中、「ヨークタウン」に爆弾8発・魚雷3本以上命中撃沈確実と米軍と同じように戦果を誤認、他にも米戦艦1隻と巡洋艦に魚雷命中と報告しているが、対応する艦は存在しない。




実際の米軍損害は、MO機動部隊上空(不時着機のぞく)で「F4Fワイルドキャット戦闘機8、SBDドーントレス爆撃機3、TBDデバステーター雷撃機1」撃墜、第17任務部隊上空で「ワイルドキャット6、SBDドーントレス15」合計33機である。




日本軍機動部隊攻撃断念





空母「翔鶴」は爆弾命中により着艦不能となっていたため、翔鶴攻撃隊と瑞鶴攻撃隊の双方が「瑞鶴」1隻に群がって着艦した。




飛行甲板を常に着艦可能状態とするため、整備長は損傷の大きな機体の海中投棄を命令した。




佐藤善一大尉が「私の機が最後です」と報告するとMO機動部隊司令部は「しまった、捨てすぎたか」と狼狽した。



原忠一少将は攻撃隊の被害を見て「これじゃ、とてもできんな」と呟いており、参謀達も攻撃機の激減により追撃の意思を揺るがせており、目前で炎上する「翔鶴」と攻撃隊の惨状に、司令部は次の作戦を考慮する余裕を失っていた。




下田中佐/飛行長は搭乗員達の疲労の深さに、第二次攻撃は中止すべきと判断していた。





加えてMO機動部隊は搭乗員の救出に駆逐艦「白露」を分派、避退する空母「翔鶴」の護衛に重巡洋艦「衣笠」「古鷹」・駆逐艦「潮」「夕暮」を分派、空母「瑞鶴」に随伴する護衛艦は重巡洋艦「妙高」「羽黒」と駆逐艦「有明」「時雨」のみであり、その護衛艦も残燃料5-6割になっていた。




原は高木武雄中将に『戦線整理』を意見具申、これを受けて高木は「攻撃隊は一一〇〇頃より逐次帰着、兵力整理中なるも、本日第二次攻撃の見込なし」と連合艦隊司令部に報告したあと、「第五航空戦飛行機収容、兵力整頓並に緊急補給の上改めて攻撃を再興せんとす」として北上を決定した。





ツラギ基地からは横浜海軍航空隊の九七式飛行艇3機が魚雷を抱えて出撃したが、会敵しなかった。




MO攻略部隊輸送船団は午後3時から午後4時にかけてB-17少数機の爆撃を受け、機銃の事故で「津軽」に負傷者5名が出た。






宇垣纏連合艦隊参謀長の陣中日誌「戦藻録」には、原が宇垣に直接語った心境として『七日の日は天運に恵まれず、海軍を罷めんと考えたり。

翌八日漸く敵に損害を与え得たるも、我も亦傷つき、北上せよと云はるれば喜んで北上し、攻撃に行けと云はるれば行くと云ふ状況にて、戦果の拡大の事も頭にはありたるも、之を断行するの自信無かりし』と記述されている。





「米海軍大学校研究」では、原について「意思が弱く、苦境になると盲目的になる。(中略)全力を尽くさない軍人としての意思の欠如は、日本軍の勝利に貢献しないだろう」と酷評している。




井上中将の第四艦隊司令部は米空母2隻撃沈確実との報告を受け、MO機動部隊に対し「総追撃」を下令すべく電文の作成にかかった。




すると入れ違いでMO機動部隊より「われ北上す」の電報が届き、井上はMO機動部隊の判断を受け入れて正式に撤退を命じた。




MO作戦は7月3日まで延期となった。





山本五十六の連合艦隊司令部は井上が独断で撤退命令を出したと判断し、追撃を厳しく命令した。




午後9時、第四艦隊司令部から「此の際極力残敵の殲滅に努むべし」と追撃命令が出たため空母「瑞鶴」は再び南下したが、米軍と会敵しなかった。





米軍機動部隊の撤退



米軍攻撃隊の誤報により日本軍正規空母2隻を撃沈したと錯覚した第17任務部隊は勝利を確信した。



航空隊の報告によれば、正規空母1隻撃沈、もう1隻に1000ポンド爆弾3発・魚雷5本命中沈没確実、零戦5、爆撃機3を撃墜、第17任務部隊直衛戦闘で零戦22、爆撃機11、雷撃機31を撃墜という大戦果である。


ところがレキシントン攻撃隊が無傷の「瑞鶴」を目撃したため、計算外の正規空母1隻が存在することになり、フレッチャーは南太平洋方面部隊に偵察を依頼すると、珊瑚海から退避することを決定した。



この時点で空母「ヨークタウン」の飛行甲板修理は完了、空母「レキシントン」の火災も大部分が鎮火して傾斜復元に成功し、直衛戦闘機隊・艦爆隊の着艦・補給・発艦を開始するが、その時、「レキシントン」の艦内に充満していた気化ガソリンが発電機か電気のスパークによって引火・爆発が発生した。



配電盤が故障して通信機能が麻痺、続いて応急指揮所が全滅、5インチ砲弾弾薬庫が誘爆、(12:59)にはSBD 9機、F4F 5機を発艦させたが、(13:19)の爆発で操舵室と機械室の放棄を余儀なくされた。




断続的に爆発が発生し、「レキシントン」は航行不能となった。




(17:10)総員退去命令が出て乗組員は脱出を開始、(19:56)に駆逐艦「フェルプス」が雷撃処分した。




9日、フレッチャー少将は戦場を離脱した。日本軍水上偵察機部隊は不時着機の捜索を行い、米陸軍航空隊のB-17が各地の日本軍基地を爆撃したが、大規模な戦闘には発展しなかった。