心の関わり子供の将来は15才までの親のかかわりで決まることを子供を持つ全ての親に知って欲しい。10代後半から20代前半でありながら日本や世界のトップレベルで活躍するスポーツ選手がそれを証明している。それらは子供の頃から子供が自らの意志で厳しい試練に取り組む環境や精神を親が作った結果なのだ。多くの親が持ちがちな「まだ子供だから」という考えは子供の能力を限りなく抑えてしまっているにすぎない。強制ではなく子供が自ら頑張ろうという気持ちを持てることがとても重要だ。心が何か感じたら
心の独立世界的な不況だと言われているが、実際に海外を見ているとその中でも日本は特に恵まれている方だと感じる。ただ、残念ながら日本だけにいるとそれがわからない。だから海外に行ったら旅行者ではない視点で海外を見て欲しいと願う。海外には日本では気付けない経営や運営のヒントが沢山あり僕自身、それを日本総合カウンセリングの経営に活かしている。円高で年末年始に海外に行く人も多いと思うが今後、独立を考えている方にはそんな視点で海外を見ることをお勧めする。心が何か感じたら
心の旅路誰かを愛することは自分次第でできても誰かから愛されることは自分の力ではどうにもできない。その上、自分の愛が愛した人の望む愛かどうかはわからず誰かから愛されても、それが自分の欲しい愛とは限らない。生まれた場所や環境が違う2人が愛し合うことは実はとても難しい事なのかもしれないと思う時がある。それでも人は愛を求め今日を生きる。時には自分を励まし、時には自分を勇気づけながら。全ての人が自分の求める愛に辿り着くことを心から願うばかりだ。心が何か感じたら
心の喜び僕は若いころ「特別」にこだわっていた。共依存だったので自分が「特別」でなければ自己肯定すらできなかった。でも共依存から回復し46才の今は「普通」にこだわっている。何気ない「普通」が人生では素晴らしいと気付いたからだ。いずれ訪れるであろうこの世との別れまで愛する人と「普通」の時間を共に過ごしたい。朝の「おはよう」から夜の「おやすみ」まで愛する人を常に感じられるのは本当に素晴らしい。心が何か感じたら
心の近道心理学の理論は生活の中で活かせてこそ価値がある。自分の行動や心の動きはその全てを心理学の理論にあてはめることができるのだ。実はこのあてはめが心理学の有効な勉強方法であり心理学を心に浸透させる近道でもある。心理学の勉強で苦戦している方はぜひ、お試しを。心が何か感じたら
心の都合自分の信念を貫こうとする時手放さなければならないものもそこにある。例えば日頃仲たがいしている相手に自分が助けて欲しい時だけ助けを求めるのは都合がよすぎる。つまり状況に応じて、自分の信念に目をつむってしまうのだ。こうした状況を僕はしばしば見かける。でも多くの場合、そういった行為は人間関係を泥沼化させ自分で自分自身を苦しめる結果となってしまう。潔く生きるのは難しい。心が何か感じたら
心の恐怖人生で哀しいこと…それは自分の心に嘘をつくこと。人生で辛いこと…それは自分の心を誰かに偽ること。誰もがそれを知っているはずなのに、自分を守る為自分でも気付かないうちにそれをしてしまう時がある。でも自分を守る為だったのに結局、自分自身を苦しめることにしかならない。こんな風に人は自分を追い詰め、生き辛さを抱え泥沼にはまっていってしまうのだ。幼少期の親による擦り込みは恐ろしい。心が何か感じたら
心の別れ人生には出会いと別れが必ずある。こればかりは誰にもどうすることもできない。でも出会いと別れがあるからこそその間の時間を大切にしようという想いも生まれるのだ。そして大切にしたい時間は人生を幸福へと導き人生が実りあるものと感じさせてくれる。あなたは誰と大切な時間を過ごし自分をどんな幸福へと導きたいだろうか。答えはあなたの中にしかない。心が何か感じたら
心の先祖生きていると多くの人に助けられる時もあれば自分が誰かを助ける時もある。そんな時、僕はこう考えたりする。誰かに助けられた時は第一に、助けてくれた人へ感謝し同時に、きっと自分の先祖の誰かが自分を助けてくれた人のご先祖様を助けたのだろうと。だから心の中で誰かわからない自分の先祖に感謝する。そして自分が誰かを助けた時は、今自分が助けた人のご先祖様が過去、自分の先祖を助けてくれたのだろうと。だから自分はその恩返しをしたに過ぎず心の中で誰かわからない自分の先祖にその報告をする。人は時に自分は何の為に生まれてきたのかを考えたりするがそれは誰もが同じはずなので、そうやって先祖を敬うことは自分の先祖達の生まれてきた意味へも繋がると僕は信じる。つまりお墓参りはとても大切であるけれど、それ以上に普段故人を想い感謝することはもっと大切であるといえる。心が何か感じたら
心の変容僕は子供の頃から母のかかわりが好きではなかったが、つい最近自分が母と同じようなかかわりを自分の大切な人にしていることに気付いた。心理学的にいえば僕はその母のかかわりで共依存症になり、約10年間心療内科に通うことになったのだが、心理学を学んで共依存症から回復しいろいろな事に気を付けていただけにちょっとショックだった。でもそれは母が悪いわけではなく母自身、養女で育った幼少期の環境の中で身に付いてしまったものだと理解できているので母を恨む気持ちは全くない。そして今回の気付きを通し、自分自身の中に新たな価値観の変容が起こりまたひとつ成長できたという意識もあるのでありがたいとすら思える。願わくば、僕から見ると生き辛さを抱えているように見えてしまう母を何とか楽にしてあげることができたらと思うと同時に、大切な人と心の交流をさらに深めたいと感じた一瞬であった。心が何か感じたら