前回からの続きです。

 

 

 

新たに増えた家族のショコラと共にどのような休職生活を送っていたのかを書いていこうと思います。

 

と言っても最初の半年ほどはほぼ一日中寝てばかりでした。

 

ですが、そんな生活の中でも必ず行なっていたことがありました。

 

①3食しっかりと摂る

当時は正直なところ食事を摂ることも面倒でした。妻からしっかり食事を摂る事を厳命されたこともあり頑張って食べていました。

今にして思うと食事のおかげで生活リズムが崩れなかったのかなと思います。

 

②1日1回太陽の光を浴びる

本当は散歩などをすればよかったのでしょうが、とてもそんな気になれませんでした。ですので、とりあえず家から一歩だけ外に出て少しの間日光を浴びて家にもどるという事を繰り返していました。

のちのち、これの発展形として散歩につながっていきました。

 

日光浴には体内時計のリセットの他に、ストレス解消やメンタルの安定につながる物質ビタミンDが生成されるそうなので知らずのうちに恩恵を受けていたことになります。

インターネット検索すると日光浴のメリットを記載したページが多くあります。

 

 

今の時期は、正直外は暑いので無理かもしれませんが春や秋なんかではベランダでぼーとするのもいいかもしれません。

私はよく、下記のキャンプチェアーを使っています。

 

 

いろいろ書きましたが、うつ病でしんどい時は無理せずにしたいときにしたい事をするのがいいと思います。

 

もしご家族の方にうつ病で苦しんでおられる方がいた場合。色々、言いたい事だったり思うことがあるとは思いますが、静かに見守って頂けるといいのかもしれません。

 

以上です。

 

前回からの続きです。

 

 

前回にもある通り、私の2年間にわたる休職生活がスタートしました。

 

主治医の先生からも「とにかく、心と体を休めるように」と言われてはいたのですが

正直言って休職始めのときはただただ罪悪感でいっぱいで休むどころではありませんでした。

 

「休んでよかったのだろうか?」

「周りに迷惑をかけてしまい申し訳ない」

「自分は本当にうつ病なのか?ただの甘えじゃないのか?」

「休みたいだけで、うつ病のふりをしているのじゃないのか?」

 

というような事を延々と考えては悶々とする日々を過ごしていました。

 

そんな中、スタートした休職生活で新たな出会いがありました。

それがこの子です。ショコラといいます。

結婚をしてひと月ほど経った頃に、妻とペットショップへ行った際に買いました。

当初は「結婚してしばらく(半年ほど)したら猫を飼いたいね」と妻と言っていました。

そして、たまたま立ち寄ったペットショップでこの子に出会い、妻が一目惚れしました。

その上、この子の誕生日が妻の誕生日と同じ日だったのです。

妻からは「もうこれは運命だよ!」と言われ、押し切られる形で購入をしました。

 

そんなショコラですが、この子のおかげで休職生活の辛い時期を乗り越えることができたと思っています。

当然ですが、妻の献身的なサポートがあったことが前提ではあります。

 

日中、妻が仕事のためどうしても一人になることが多く、孤独を感じる時がありました。そんな私に寄り添ってくれたのがショコラでした。

特に何するわけでも1人と1匹で窓際で日向ぼっこするのが日課となっていました。

 

そうしていると、休職の罪悪感や不甲斐なさと言ったネガティブな感情が少し和らいだように思えました。

 

言葉が通じない、だからこそ私にとって良い休職仲間だったように思えます。

 

そんな子猫だったショコラも、もう6歳になりました。

 

ショコラがこのブログを読むことはありませんが、この場で感謝の気持ちを伝えたいとおもいます。

 

ショコラ、ありがとう。これからもよろしくね。

ほぼ猫の話になりましたが、最後に一言だけ。

 

猫はいいですよ(元、犬派より)

前回からの続きです。

 

 

 

妻との交際は順調で、交際から1年経った2017年に結婚をしました。

※妻には交際するにあたって、自分がうつ病になったこと、今も治療中であることを伝えていました。

 

両親との顔合わせや、結納に向けた話し合いなども滞りなく終わったあたりのことでした。

 

私の両親から一方的に結納をしない旨の連絡がありました。

理由を聞きましたが、とても納得できるものではありませんでしたし、

妻の両親にも申し開きのできないものでした。

 

私はなんとか両者の間を取り成そうとしましたが、結局はうまくいかず結納なども全てキャンセルとなりました。

そして私の両親、主に母からですが、「裏切り者」「おまえがいると家の空気が悪くなる」などと責め立てられ、追い出されるように家をでました。

この時のことは今でも思い出しますし、思い出すと胸が苦しくなってしまいます。

 

その時の私は、

「自分がもう少し立ち回っていれば」

「お義父さん、お義母さんに申し訳ない」

「妻にも辛い思いをさせたのは自分だ」

などと自分を責めてばかりいました。

 

そんな私に妻、妻の両親はとても優しくしてくれていました。

ですが、私にはそのやさしさを素直に受け止められずにいました。

むしろ「こんな自分は優しくされる資格はない」とすら思っていました。

 

一方仕事においても、新しくきた上司とうまく馴染むことができずにいました。

その方は仕事のできる方で、思っていることを意見・指摘してくれる方でした。

今となっては、私のことを思ってのことだったとわかるのですが、

当時の私は、「私が無能だから注意をされている」という認識でいましたし、

「なんて私はダメなやつなんだろう」と自分を責めていました。

 

私はうつ病になってから、気づかなかったうちに以下の変化が起きていました。

・周囲の目や評価に対して必要以上に過敏になった。

・全て自分の責任なんだと過剰に自罰的になった。

・自分を過剰に過小評価するようになった。

 

そんな中で、だんだん私は体調を崩しがちになっていきました。

そんな私に妻は「大丈夫?しばらく休んだら?」などと言ってくれましたが、

私は無理をして毎日仕事にいきました。

そして気づけば、家から一歩も出ることができなくなりました。

 

そうです。私はA社の時と同じことを繰り返した結果、

うつ病を悪化させてしまっていました。

 

そして、家族で話し合った結果。休職をすることに決めました。

結婚してから1月経った頃になります。

 

前回からの続きです。

 

 
具体的には、以下のようなことが起きました。
 
①上司、同僚が常に自分の陰口を言っているのではないかという懐疑心が止まらなくった。
 
②上司、同僚に話しかけることにためらいを感じるようになった。
 
③失敗するということに対して過剰に恐怖するようになった。
 
上記のことがあって、
仕事でわからないことができる
上司、同僚に相談できない
結果ミスをしてしまう
上司、同僚から指摘を受ける
萎縮し、さらに相談できなくなる。
自分を無能と責める。※最初に戻る
 
という負のループに陥っていました。
 
気がつけば、あんなに苦しくてA社から抜け出したのに、それ以上に苦しくなっていました。
 
そんな中で出会ったのは同期であり、のちに妻となる女性でした。
詳細は省きますが、いろいろな経緯があったのちに付き合い、結婚をすることになります。
 
そこで、B役場での休職を決定付ける出来事がありました。
 
 
 

前回からの続きです。

タイトルの形式を変更してみました。なにぶん、ブログ名の通りけっこー気ままに書いておりますので、構成等を考え切れていないためです。

ややこしいとは思いますがご了承ください。

 

 

2週間にわたる一人旅を終えて、いよいよ地元の役場であるB役場での業務が開始したのは、2015年4月のことでした。
 
新たな環境で、新しくスタートを切る。普通であれば期待と不安が入り混じった前向きな感情があると思うのですが、当時の私は不安はあれどそれ以外は何も感じていませんでした。
 
 
当時の私にあったのは、「やっとあの地獄からぬけられた」という一点だけでした。正直、役場の転職理由は「楽そうだから」であり、別に何かしたい仕事があったわけでも、地元に思い入れがあったわけでもありませんでした。
(よくこんな人間を採用したなと思います。)
 
 
そうです。この転職は所謂「逃げの転職」でした。
ですが、当時の私にはその道だけが自分を救う唯一の方法だと信じて疑っていませんでした。
それこそ、この転職がうまくいかなければ私は死んでしまうのだと本気で思っていました。
 
そんな中で、私が配属したのは窓口業務の部署でした。
住民票、住所異動、婚姻届など各種届出を取り扱う部署です。
当然、業務に関する知識も経験もない上に、私はこれまで接客(接遇)を行う仕事は行なってきてないこともあってただただ不安を感じていました。
 
そんなこんなで新たなスタートを切ったわけですが、幸いなことに職場環境は前職(A社)に比べて遥かに良くなっており、とても仕事がしやすい環境でした。
 
ですが、そんな中で私に異変が起きていきます。