土地の主の独り言

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愛知に来て早4か月、少しはこの何もない監獄のような生活にも慣れ、ただ働くためだけに寝て起きる社会の駒のような生き方が染み付いてきた。

最近は慣れてきた故に仕事で注意されるようなことも増え、社会の厳しさを感じているところだ。

職種柄お盆休みは無く、初盆だったが実家に帰ることはなかった。仕方ないことだが帰りたかった気もする。代わりに来週は連休を作ってまた横浜に帰ろうと思う。

この4か月、特に直近1か月は色々なことがあった。何年分もまとめて遊んでしまった。散財した挙句地元の後輩に心配されて電話で説教を受けた。一夏の思い出にしては少々高くついたが、これからは普通の人間らしく生きていこうと思えた。

こっちには友達と呼べるような人はいないし、遊ぶようなところも少ないし、寂しさを紛らすために夜の街に繰り出してしまったのかもしれない。
それでも、心配してわざわざ電話をしてくれる後輩がいたり、何度もこんな遠くまで会いにきてくれる友達がいたり、よく周りを見れば、距離は近くはないけれど、自分を慕ってくれている人はどうやらたくさんいるようだ。
いつもは散財してるのを見て笑ってネタにして来るような友達も、今回ばかりは止めに入ってきたりもして、それほどみんなの目には自分は酷い生き方をしているように見えたのだろう。
寂しさを紛らすためにお金を払って相手が喜ぶのを見て満足して、仲良くしてくれて、それでもそれも仕事の内だと言われれば何も言い返せない。実際そうなのかもしれないし、仕事をしているその人からすればそれは正解だろう。そう考え始めたら何だか悲しさがこみ上げてきた。

電話をしてくれた地元の後輩も同じような職種だが、長い付き合いだからそんな金を使わせてくるようなことは無いし、なんなら奢ってくれたりもするし、横浜に帰るときに仕事休み取ったりしてくれるし、やっぱり大事にするべきなのはそういう人なのかなとか思ったり、

それでもあの人はなんだかもっと仲良くなりなかったなと思ったりもする。

店に行かなければ出会ってなかっただろうけど、もっと別の出会い方なら良かったとか、そんな意味のないことを考えてしまう。

まあもう行くことは無いし、普通の生活をこれからまた始めるだけだ。出会いなどまだいくらでもあると信じて今日も愛知で眠りにつく。


目覚めればまた社会の駒として、会社の歯車として動き始める。ただそれをいつまでも繰り返すのみなのだ。