今日は仕事場の愛知から実家の横浜に帰って来ている。月末は帰ろうと思っていたのだが、数日早く急遽帰ってくることになった。
おじいちゃんが亡くなった
親から連絡を受けたのは火曜日だった。定休日で仕事はなかったので連絡にはすぐ気づいた。
すぐに店長に電話をして、数日休みをもらって横浜に帰ってきた。
先月帰った時に入院したということは聞いていたが、容体については特に聞かされなかった。あえて言うほどでもないのだろうと思っていた。2日しか休みがないので、病院には顔を出さずに休みを終えて愛知に帰った。
それから1ヶ月もせずにこの連絡を聞いて、やはり最初は実感が湧かなかった。前に会った時はまだ元気にしていた。入社前に話をしたのが最後になってしまった。
仕事を始めて、色々な経験をして、自分なりに成長していると思っている。そんな話も聞かせることができなかった。
おばあちゃんと話をした。
入社してから今まで、おじいちゃんは自分のことを気にかけてくれていたらしい。兄の事があっておじいちゃんも随分と参っていたのだが、兄のように車やバイクに乗る自分を思っていた以上に心配していてくれたようだ。就職してからの話もしていなかったので、いつも自分のことを話していたらしい。涙が止まらなかった。
なぜ先月時間を作って病院に行かなかったのか、なぜあと1週間早く帰ってこなかったのか、そうすれば最後にいろんな話を、うまくやってるんだってことを報告することもできた。後悔しか残ってない。
兄が去年に亡くなって、今回おじいちゃんが亡くなって、立て続けに家族がいなくなっていった。悲しいのはもちろん自分だけではない。今日の通夜で、おばあちゃんの背中はいつになく小さく見えた。式を通して、溢れ出る思いを堪えるのが精一杯だった。
こうやっていつか、家族はまた1人といなくなっていく。人はいつかは死んでしまうものだから、それは間違いなくいつか訪れる。それでも、分かっていても、この悲しみは勘弁してほしい。人の前では普通に装うしかないし、それもまた心に負荷がかかる。
おじいちゃんが来て、兄も少しは気が楽になったかもしれない。自分はまだしばらくそっちには行く気はないから、忘れた頃にでも会いに行こう。
そしたらまたいつか、家族みんなで会える日が来るのだろうから。