大変ご無沙汰しております。こうして記事を書くのは一年以上ぶりになります。忙しくてなかなか記事を書く暇がないのですが、実はちょっとした出来事があり、久しぶりに書いてみようと思った次第です。
その出来事というのは、近くの居酒屋に行った時の事です。たまたま隣に座ったお客さまが、実は「ガンダム」好きであることを知り、さらにその居酒屋の中で「ガンダム会」というものを作っていると言うのです。
僕も「ファーストガンダム」から見ており、今でも新作が作られると、血湧き肉躍ります。
そんな話を聞いたら入会したいに決まっているじゃないですか!
しかし、そんなに甘いわけはなく、現在はその「来るべき時」を待っている感じです。
だからと言って、何もしないのも、ガンダム好きとしては我慢なりません。そこで、僕が「機動戦士ガンダム」という作品について感じている事の一つを記事にしてみようと思いました。(あくまでも個人的な意見としてご理解下さい)
本当に最近なのですが、ファーストガンダムは、まさにガンダムという作品にとっての「バイブル」と呼べるのではないかと思いました。
ガンダム好きなら当然ご存知かと思いますが、原作は「富野 由悠季」氏です。その後、これもご存知の通り、ガンダムはおびただしい数の作品が作られています。そして、現在も作られ続けていますが、当然の如く、全ての作品を富野氏が作っているわけではありません。
ガンダムを見て育った新しい世代のスタッフなど、多くの人が関わっているはずです。
そうなると、ガンダムの新作を作るたびに、関わったスタッフは「ガンダムとは?」という問いをしてきたのではないでしょうか。
「これがなければガンダムじゃない」「その設定や考え方は絶対譲れない」など、多くの議論をしたのではないかと思います。
それは、ガンダム好きなら新作と聞けば注目するし、もしもその期待を裏切る事になれば、ガンダムというコンテンツを傷つけてしまう可能があるからです。なにより、作っている本人もガンダムが好きだと思うので、本気で考えるのではないかと思います。
そんな時に参考にするのは、最初の作品である「機動戦士ガンダム」なのではないかと考えました。ファーストガンダムをお手本にして、そこから読み取り解釈した内容を、自分たちのガンダムとして、形にしてきたのではないかと思うのです。
それはまるで、バイブルそのもののような気がします。
キリスト教にしても仏教にしても、現在はいろいろな宗派に別れていると思いますが、源流を辿ってみれば、一つになるのではないでしょうか。(もちろん、その宗教内において、という前提ですが)
教祖と呼ばれる方がいなくなり、その下で学んだお弟子さんたちが、自分の考えや解釈に信念を持ち、別れていったのではないかと想像するのです。
まさに、教えを解読する作業を、それこそ数え切れないほど繰り返し、現在に至ったのではないでしょうか。
そう考えるとガンダムに限らず色々な事が当てはまるのかもしれませんが、僕は現在「ガンダム会」の事で頭が一杯なので、それ以外の事は語らないでおこうと思います。
さて、今年の夏には新作の「閃光のハサウェイ」が上映されるようですが、それまでには「ガンダム会」に入会出来たら良いなぁと、この記事を書きながら思う今日この頃です。